第7話 改変魔法と意外な提案
オーガの咆哮が森に響き渡る。リリアも氷の矢を放ち応戦しているが、オーガの頑丈な体にはあまり聞いている様には見えなかった。
「くっ、このままじゃ……!」
リリアの額には汗が滴り、その手に握られた杖が僅かに震えている。それでも、彼女の眼差しは強い意志を秘めていた。
俺は魔法陣を見つめ深く息を吐くと、ウィンドウに表示された数値を素早く変更していく。
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構成:炎生成(50%)、凝縮(30%)、放出(20%)
追加効果:
・爆発範囲:最小
・軌道制御:有効
・持続時間:3秒
消費魔力:22
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どれだけ威力を上げれば有効打になるのかも分からず、現時点で使えるギリギリまで消費魔力を上げた。心臓が高鳴る。この改変が成功するかどうかは分からない。だが、今はこれしかない。
「いけるはずだ……!」
俺は改変した魔法陣を展開する。魔力が一気に奪われていく感覚に歯を食いしばる。体の芯から力が抜けていくような感覚と必死に戦いながら、声を振り絞った。
「リリア、左に避けて!」
「え!? 隼人さん!?」
驚きの声を上げながらも、リリアは咄嗟に左側に跳ぶ。その直後、俺は魔法を発動させた。
「ファイアボール!」
放たれた炎の球は、通常のファイアボールとは明らかに違った。より小さく、より輝きを増した炎の塊が、螺旋を描きながらオーガに向かって突進する。
「グォォォォ!」
オーガが両腕で守ろうとするが、間に合わない。炎の球は、オーガの胸に直撃したが、炎の球はそこで爆発することなく、まるでドリルのように回転しながら一点を焼き続けた。
「すごい……こんな魔法、見たことが……!」
リリアが目を見開いて叫ぶ。オーガの胸部には大きな焦げ跡が残り、巨体がゆっくりと倒れていく。地面が震えるような音を立てて、オーガの体が地面に沈み込んだ。
「はぁ……はぁ……」
魔力を使い切った疲労感で、膝をつく。視界が少しぼやける。
「隼人さん!」
駆け寄ってくるリリアの足音が聞こえる。彼女は俺の肩を支えながら、心配そうな表情を浮かべていた。
「大丈夫ですか?」
「あぁ、これくらい少し休めば……」
言葉が途切れる。本当は立ち上がることすら困難なほど、体が重い。
「もう、強がらないでください。ここに座って……」
リリアは俺を近くの倒木に座らせると、ポーションを取り出した。綺麗な青色の液体が入ったガラス瓶を差し出してくる。
「これを飲んでください。魔力回復用のポーションです」
「ありがとう……」
一気に飲み干すと、体の中に清涼感が広がっていく。少しずつ、視界もクリアになってきた。
「それにしても……」
リリアは言葉を切り、何かを言いたげな表情を浮かべる。その紫紺の瞳には、好奇心と疑問が渦巻いていた。
「さっきの魔法、すごかったです。普通のファイアボールとは全然違いました!」
予想はできた反応だった。俺は何とか誤魔化そうと嘘を吐こうとした。
「いや、これは……ある魔導士からもらった特別な魔法陣で……」
「嘘」
しかし、リリアの断定的な一言に、言葉が詰まる。
「私の家は代々、魔法陣の研究と販売を生業としているんです。父上は王立魔法院の顧問も務めていて、私自身もその研究に関わっています。それでも、あんな魔法陣は見たことがありません」
「それは……」
「しかも、魔法陣を改変できる人間なんて、王宮付きの魔導士でも片手で数えるほどしかいないんですよ?貴方は、本当は一体何者なんですか?」
言葉を濁す俺に、リリアは更に詰め寄ってきた。
観察眼が鋭いのは困ったものだ。しかし、ここまで追及されては……。
その鋭い眼差しに、言い逃れは通用しないと悟る。
「……約束してくれるか? この話は、絶対に他言しないと」
リリアは静かに頷いた。俺は深いため息をつきながら、異世界から来たことと、スキル「魔法陣解析」のことを話した。予想以上に長い説明になってしまったが、リリアは最後まで真剣な表情で聞いていた。
「……信じがたい話ではありますけど、異界人ということなら納得できる部分もあります。噂で聞いた程度ですが、異界人は特別な力を持っているという話でしたから。それに目の前で改変された魔法陣を見せられたばかりですしね」
驚きながらも、冷静に受け止めているリリアの態度に少し安心する。
納得して貰えたところで、今度は彼女から思わぬ話が出てきた。
「それで、ですね……実は、貴方にお願いしたいことがあるんです」
「お願い?」
「私、冒険者になりたいの。でも父上は、『商家の令嬢が』って反対していて……。だから、実績を作って認めてもらいたいんです」
リリアの瞳に強い決意の色が宿る。
「そこで提案なのですが、私が冒険者として活躍するための魔法陣を作ってくれませんか?その代わり、私は貴方の改変した魔法陣を買い取ります。必要なものがあればサポートもできると思います。私が使わないような魔法陣でも、家業の方で販売できますし……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
俺は頭の中で素早く計算を始めた。確かに、今の状況では魔法陣の研究に使える資金が圧倒的に足りない。かといって、一人で戦うのも危険だ。リリアが魔法陣のテスターになってくれれば、実戦データも得られる。自分の素性がバレるリスクはあるが、リリアには既にバラしてしまっているし、現時点ではメリットの方が大きいか?
「……魔法陣の買い取りって、いくらで?」
「そうですね……内容にもよりますが、一定の基準を満たせば最低銀貨10枚。あとはこちらの要望した通りのものや画期的なものであれば、都度交渉して報酬を上乗せでどうでしょうか?」
「っ!」
思わず息を飲む。まだこの世界の魔法陣の相場はあまり把握できていないが、今の俺には願ってもない額だった。何より改変した魔法陣の販売ルートは魅力的だ。俺が直接取引するのはリスクが高い。
「契約成立、だな」
握手を交わした時、リリアの顔に満面の笑みが広がった。
「はい!よろしくお願いします、隼人さん!」
夕暮れの森に、彼女の明るい声が響く。
「そうだ、さっそくだけどリリアはどんな魔法陣を使いたいんだ?」
「えっと、氷属性は基本として……あとは……」
二人は森を抜けながら、これからの計画を語り合った。新しい冒険の第一歩が、今始まろうとしていた。