第5話 異世界の街と新たな出会い
午後の陽射しが石畳を照らす中、俺はガルスから聞いていた街『ファーレン』の入り口に立っていた。レンガ造りの家々が立ち並び、その佇まいは中世ヨーロッパを思わせる。現代の日本からやってきた身としては、まるで映画の舞台にでも迷い込んだような感覚だ。
道行く人々の服装は実に様々で、上質な布地の服を着た貴族らしき人々から、質素な服装の一般市民まで、はっきりとした階級の違いが見て取れた。ガルスに聞いた話では、この世界では服装や言葉遣いで身分が判断されるという。
「でも、意外と賑やかだな」
行商人の威勢の良い掛け声が通りに響き、市場からは焼き立てのパンや香辛料の香りが漂ってくる。子供たちが石畳の上を駆け回り、その笑い声が街全体に活気を与えていた。露店では魔法の道具らしきものも売られており、現代日本の商店街とはまた違った趣がある。
(よし、まずは図書館を……って、そういえば場所を聞いてなかった)
街の中心らしき広場に佇んで、途方に暮れていると――
「あの、どうかされましたか?」
柔らかな声に振り返ると、そこには一人の少女が立っていた。
淡い青色のローブを身にまとい、細身の杖を手にしている。輝くような金髪は腰まで伸び、碧眼の瞳は好奇心に満ちた光を宿していた。年齢は俺と同じくらいだろうか。装飾の施された杖や上質な布地のローブから、並の身分ではないことが窺える。
「街の真ん中で、何か悩んでいるような顔をされていたので」
「あ、ああ、実は図書館を探してるんだけど……」
少女の表情が明るくなる。その仕草には、良家で育った者特有の優雅さがあった。
「図書館でしたら、私も今からそちらに向かうところです。案内しましょうか?」
「え、本当に?助かる」
「では、こちらです」
少女は軽やかな足取りで歩き出した。俺は慌ててその後を追う。
「初めて見る顔ですね。この街に来たばかりですか?」
「うん、今日到着したばかりなんだ」
街並みを眺めながら歩を進める。通りには様々な店が立ち並び、魔法道具を扱う店も見受けられた。空中に浮かぶ看板や、自動で動く人形など、不思議なものばかりだ。
「私はリリア・フローレンス。王立魔法学院で学んでいる魔導士見習いです」
その名前の響きに、俺は思わず聞き返した。
「フローレンス?もしかして貴族の……?」
リリアは少し困ったような表情を浮かべる。
「ええ、父は辺境伯爵家の当主なんです。でも、そんなに堅苦しく構えないでください。学院では皆、平等に扱われますから」
「そ、そうなんだ」
(やっぱり貴族か。気を付けないと)
「あなたは?」
「俺は隼人です」
ガルスの忠告を思い出し、苗字は明かさないことにした。異界人であることも、魔法陣解析のスキルについても安易に話すべきではないだろう。
「隼人さん、ですか。珍しいお名前ですね」
「ああ、まあ……俺も、魔導士になるために勉強しに来たんです」
完全な嘘というわけではない。確かに魔法を学ぶために来たのだから。
「まあ、そうだったんですか!」
リリアの目が輝く。
「私と同じ志を持つ方なんですね。どんな魔法に興味があるんですか?」
「魔法陣の仕組みについて、基礎から学びたいと思っていて」
「なるほど、理論派なんですね」
リリアは理解したように頷く。その仕草には、どこか上品な雰囲気が漂っていた。
途中、馬車が通り過ぎるのを待つ間、リリアは街の様子を説明してくれた。この街は王国最大の商業都市で、魔法学院があることから魔導士の往来も多いという。
「あ、着きましたよ」
視線の先には、重厚な石造りの建物が佇んでいた。大きな木製の扉の上には「王立図書館」という文字が刻まれている。入り口には魔法の結界らしき光が薄く揺らめいていた。
「魔法関連の書籍は、三階の東側にありますよ。基礎理論なら、青い背表紙の本から始めるといいと思います」
「ありがとう、助かった」
「私は学院での授業があるので、ここで失礼します」
リリアは申し訳なさそうな表情を浮かべる。しかし、すぐに何か思いついたように顔を輝かせた。
「そうだ、本格的に魔法を学ぶおつもりでしたら、魔法学院への入学をお勧めします。基礎から体系的に学べますし、実践的な指導も受けられますよ」
「魔法学院……」
「入学試験は来月にありますから、ご検討されてはいかがでしょう?」
「ありがとう、考えてみる」
「では、また会えたら、魔法の話でもしませんか?」
「ああ、もちろん」
リリアは優雅に会釈すると、来た道を戻っていった。その姿は、周囲の雑踏の中でひときわ目立っていた。
(魔法学院か……確かにシステマチックに学べそうだけど、スキルがバレる危険性も高そうだな)
夕暮れが近づく空を見上げながら、俺は考えを巡らせる。図書館で基礎を学んでから決めても遅くはないだろう。
「よし、まずは基礎から勉強するか」
図書館の扉に手をかける。ここでなら、魔法陣についての新たな知識を得られるはずだ。
(なんだか、プログラミングの勉強を始めた時みたいにワクワクしてきた)
重い扉が、ゆっくりと開いていく。その音は、新たな冒険の始まりを告げているようだった。