第4話 初めての戦い
木漏れ日が街道に光の斑を作る、のどかな午前中。俺は順調に北へと歩を進めていた。
「ガルスの話じゃ、あと二時間もすれば街が見えてくるはずだけど……」
ぶつぶつと独り言を言いながら歩いていると、突然、木々の向こうから物音が聞こえた。
「ん?」
立ち止まって耳を澄ませる。カサカサという音は、明らかに動物のものとは違う。そして、その正体はすぐに分かった。
「ギギギッ!」
低い唸り声とともに、灌木の陰から姿を現したのは――ゴブリン。
「う、うそだろ……」
ガルスから聞いていたとはいえ、実際に目の前に現れると、その姿に思わず言葉を失う。身長は俺の腰ほど。緑色の皮膚に尖った耳、赤く光る目。手には粗末な木の棍棒を握っている。
「ギィッ!」
考える暇もなく、ゴブリンが襲いかかってきた!
「うわっ!」
咄嗟に後ろに跳びのくが、足が絡まって尻もちをついてしまう。
「いってぇ……って、やばっ!」
転んだ姿勢のまま、必死で棍棒を避ける。かすめた風を感じて、背筋が凍る。
(これが異世界の戦いか……全然心の準備できてなかった!)
ゴブリンは容赦なく次の攻撃を仕掛けてくる。その目には残虐な光が宿っていた。
「くそっ、このままじゃ……あ!」
そうだ、ガルスがくれた魔法陣!懐から紙を取り出す手が震える。
「お、落ち着け俺……プログラムだ。バグ修正の時だって、こんなに慌てなかっただろ」
自分に言い聞かせるように呟く。それと同時に、目の前にウィンドウが現れた。
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魔法:ファイアボール
属性:火
効果:炎の球体を放出し、対象に炎属性ダメージを与える
構成:炎生成(50%)、凝縮(30%)、放出(20%)
消費魔力:5
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「よし、これで……!」
魔法陣に意識を集中する。すると、体の中から何かが湧き上がってくるような感覚。それは、まるでプログラムをコンパイルする時のような、不思議な高揚感だった。
「ファイアボール!」
叫ぶと同時に、魔法陣が淡く光り、拳大の炎の玉が生成された。
「ギィ!?」
ゴブリンが驚いた声を上げる。が、もう遅い。炎の玉は正確にゴブリンの胸を撃ち抜いた。
「ギギ……」
最後の断末魔とともに、ゴブリンの体が地面に崩れ落ちる。
「はぁ……はぁ……」
荒い息を整えながら、立ち上がる。膝が微かに震えているのが分かった。
「なんとか……って、これ……」
戦いの疲労とは明らかに違う感覚が体を包んでいた。少し目眩がするような、でも不快ではない空虚感。
(これが、魔力を使った後の感覚なのか……)
ガルスは魔力について、体内にある特殊なエネルギーだと説明していた。プログラムで言えば、CPUの使用率みたいなものか。使いすぎると動作が重くなる――そんなイメージが近いかもしれない。
「よし、記録しておこう」
懐から小さなメモ帳を取り出す。プログラマー時代の習慣だ。
『初めての戦闘記録
・ゴブリンとの戦闘:ファイアボール使用
・消費魔力:5
・効果:即死
・使用後の状態:軽い目眩、疲労感
・改善点:先制を取られた。戦闘態勢を常に意識する必要あり』
「ふぅ……」
メモを終えると、あらためて先ほどまでの戦いが信じられなくなる。本当に俺は、たった今、異世界のモンスターと戦って、魔法で倒したのか?
「まだ街まで道のりがあるし、次は気を付けないと」
立ち上がって服の埃を払い、俺は再び歩き始めた。街道の先には図書館が、そして新たな発見が待っている。
(次は、もっと冷静に戦えるはずだ)
木漏れ日の中、俺の影が少し長く伸びていた。