第1話 異世界での目覚め
目を開けた瞬間、俺は見知らぬ天井を見つめていた。木製の梁が走る簡素な作りだが、どこか温もりを感じる。ここはどこだ?最後の記憶を辿るが、曖昧なイメージしか浮かばない。確か、夜中まで仕事をしていて、そのあとは――。
「目が覚めたか?」
低い声に反応して顔を向けると、そこには無精ひげを生やした男がいた。年齢は三十代半ばくらいだろうか。粗末な服装だが、整った顔立ちにはどこか気品がある。彼は椅子に腰掛けながら、俺を見下ろしている。
「ここは……?」
「俺の家だ。森の端で倒れていたあんたを見つけたんで、仕方なく連れてきた。それで、何であんなところで倒れてたんだ?」
男にそう聞かれたが、すぐには答えられなかった。そもそも自分がどこで倒れていたのかも分からないのだ。俺がどう答えようか迷っていると男の方が先に動いた。
「まだ混乱してるみたいだな。とりあえず、そこに座ってな。お茶くらいは淹れてやるからよ」
そう言うと彼はやかんのような物に水を注ぐと、その下に何かの紙のようなものを敷いた。
「ファイア」
「!?」
彼がそう言った瞬間に、その紙から炎が立ち上った。
信じられない光景だったが、俺が驚いたのはそれだけが理由ではなかった。
炎が立ち上るのと同時に俺の目の前にウィンドウのようなものが現れたのだ。
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魔法:ファイア
属性:火
効果:直上に炎を発生させる。
構成:炎生成(80%)、維持(20%)
消費魔力:2
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「な、なんだこれ……」
驚く俺に気づいた男がこちらを向いた。
「ん?どうした?」
「え?あ、いや、その…その炎どうやって出したんだ?」
俺は咄嗟にウィンドウのことは言わず、もう一つの疑問について聞いてみた。
「どうって、ただの魔法陣を使っただけだが…まさか魔法陣を知らないのか?」
怪訝そうに聞いてくる男に対して、俺はまた返答に詰まった。
知らないと正直に答えて大丈夫なのか?判断に迷っていると男にはそれで気づかれてしまったらしい。
「その様子だと本当に知らないみたいだな。あんた、もしかして異界人なのか?」
「異界人?」
「あぁ、俺も良くは知らねぇが、稀に別の世界から来た人間が見つかることがあるんだよ。この世界じゃそういう人間は異界人って呼ばれてる」
別の世界…正直、目が覚めてからこの家の中しかみていないため、外のことは分からないが、さっきのファイア?を当たり前のように使っていたことからして、明らかに俺の世界とは違う気がする。あまりこの男に不信感を抱かせるのもまずいと思い始めた俺は正直に話すことにした。話からすると倒れていたところを助けてくれたようだし、悪い人間ではないだろう。
「たぶん、そうなんだと思う。俺の居た世界では、魔法なんて漫画やアニメの話で、実在はしなかった」
「魔法が?あぁ、だからファイアに驚いていたのか。だが、魔法自体が実在しないとはなぁ。ところでその漫画やアニメってのは何だ?」
俺が話し始めたのとその内容に興味を持ったのか、男は俺の方に向き直ってそう聞いてきた。
「え~っと…娯楽のための本や映像っていえば分かるか?」
「本はともかく、映像って幻影機みたいなもんか?そんなの貴族でも持っているか怪しいくらいの希少品だぞ?」
怪訝そうに男はそう返してきた。どうやらこの世界では電子機器はあまり発達していないらしい。話を聞くと本も割と高級品という話だった。
「おまえ…っと、そう言えばまだ名前も聞いてなかったな。俺はガルスだ」
「俺は椎名隼人だ」
「名前まで家名持ちの貴族みてえだな。呼びにくいから隼人でいいか?」
俺の名前を聞いたガルスは、言いにくそうに口の中で俺の名前を転がしてからそう聞いてきた。この世界では一般市民は家名などないらしい。変に目立ちたくないし、今度からはフルネームで名乗らないほうが良さそうだ。
「あぁ、よろしく頼む」
「おう、よろしくな」
こうして、俺はしばらくの間ガルスの世話になりながら、この世界のことを知っていくことになった。