ユーステッド、暴食す
メイドの女の子の名前はリリー・ヴィラ。僕より3つ下で、ここの料理長の娘なんだそうだ。
とても気が利いて、親孝行で、人にも動物にも分け隔てなく優しい、最高の娘……と、出来立てのスープを運んで来た時に挨拶をした料理長ベンジャミン・ヴィラこと、ベンが熱弁していた。
やはりこの国の男は基本的に、暑苦しい。
そんな父親を無視しながらサラダを取り分け、スープを注いでくれているリリー。
ロベリアもそうだけど、この屋敷で顔を合わせた女性の使用人はとても冷静で口数が少なく感じる。性格なのか、そう躾られているのかはわからないが。
……ただ、リリーのこの態度はベンのことがうっとおしいとか、うんざりしてる……様に見て取れる。ベンのいないところだったらもっと話をしてくれるだろうか?
「……朝採れ野菜のサラダとトマトのポタージュです。……あまり重たいものは控えるようにとのことでしたのですが…足りないようでしたら、こちらにサンドウィッチも用意しておりますので。」
「ここへ来て初めての食事なんだって?ぜひゆっくり、味わってくれ!」
ベンは厨房に戻り、リリーは壁まで下がって控え……静かになる。
待ちに待った……食事の始まりだ。
スープの器にスプーンを入れると、とろりと濃厚なポタージュが絡みつく。ゆっくりと口に運び……ふぁわ!トマトの深いうまみと甘み……鳥のうまみもあるのだろうか?絶妙に合わさった胃に優しくしみるやわらかい味付け。これを求めていたと言わんばかりに、僕の手は止まらない。
次はサラダだ。食べやすい大きさに千切られたレタスに……この白い半透明のものはなんだろうか?キャロットと一緒に千切りになっているが……食べればわかるっ!
「……ふぁぁなにこれ……シャキシャキする食感がすごくいい!それにこの味付けも絶妙だ!」
酸味が強いのに濃厚で不思議とさっぱりとしてて……おもしろい食感の野菜と合う!これならいくらでも食べられそうだ!
「おかわりっ!そのサンドウィッチも!」
「は、はい……」
大きな皿に用意された、色々な具材がはさまっているサンドウィッチ。
王城で出されていたものアフタヌーンティーで出される、小さくひとくちサイズにカットされていて、具材もハムかチーズくらい。
だが、これはどうだ!?三角形の形で両手でつかんで食べる……なかなかの大きさだ。
荒くつぶされ味付けされたたまごとハム、トマトとレタスと塩味の強いベーコン、香ばしいソースに和えられた根菜のサラダとチキン、キャロットと紫キャベツのサラダにサーモンのマリネが……まるでこの街並みのような色とりどりのサンドウィッチたち。
夢中で食べた……食事のマナーなんてどうでもいいほどに。
「……んはぁ~」
「……大丈夫です……?」
一瞬リリーが食堂からいなくなっていて、その後、ティーセットを用意して戻ってきたのだ。
「このハーブティーはリリーが?」
リリーは心配そうに……というか若干引き気味に、ふくれたお腹をさすって満足している僕に声をかけ、食後のお茶を用意してカップに注いでくれた。なにかのハーブティーだろうか?さわやかで清涼感のある香りが鼻を抜けていき、胃も落ち着いていくのがわかる。
「……たくさんお召し上がりになっていたので、胃に優しい食後のお茶のほうがよろしいかと……すぐに庭で採れるあり合わせですが……」
「すぐに気が付いて、そんな風にすぐ行動ができるなんてすごいなリリーは!ありがとう!お腹が破裂しそうだったけどすっきりした気分だよ」
「いえ……そんな……光栄です……」
よかった、少し笑顔になった。女の子は笑った顔が一番だからな。
「そうだ、ベンにもお礼をいわなければ……こんなすばらしい食事を用意してくれたんだ」
「あ、それは大丈夫です。いつものことですし……あまり調子に乗らせると後が大変ですので」
あれ、また真顔に戻っちゃった?嫌がってる感じはしないみたいだけど……それでもリリーの前でベンの話は避けた方がよさそうだ。
ハーブティを楽しむ僕に、リリーは食器を片付けながら食事の時間の説明をしてくれた。
海の男たちに合わせて、基本的な朝食の時間は日が昇る前なんだそうだ。
まだ2日目というのもあってるわからなかったけど、今僕が食べたのは朝食ではなく、デルフィヌスでは軽食に当たるようだ。その後は、日が沈む前に夕食。大きな食事は朝と夕で、その間の時間は、好きな時間に軽食を取るスタイルらしい。
「……なるほど。慣れるまでは僕は朝食は食べれそうにないか……」
「いつでもおっしゃっていただければご用意いたしますのでお声がけくださいね」
「あぁ、わかった。楽しみだなあ……次は何たべれるかなぁ……」
「あの……」
片づけを終えたリリーが遠慮がちに、庭の案内を申し出てきた。
「いかがでしょう……?」
「食後の運動にいいかもな……うん、いこうリリー」
無表情だったけどパァッと目を輝かせたリリー。重たいお腹を抱えながら、僕はリリーの後について行く。食堂から出てすぐ、仕事場として使われているという本邸側に設けられた扉を開けて中庭へ。
外から見た時は、風除けの植木で見えなかったが、内側には色とりどりの花と色々なハーブが並んでいて、きれいに手入れをされているのがわかる。水やりを終えた後なのだろう、水滴がキラキラと光っていた。
「先ほどのハーブティもこちらから摘んできたんです。こっちがミントで、こっちがローズマリー……そしてこちらがレモンバームというもので……」
「……レモンの香りがする……面白いね。こっちはなんだろう?」
「こっちのハーブはですね――」
植えられたハーブの説明をするリリーは生き生きしていた。この庭の管理を任されていて、もともと持っていたハーブの知識を生かし、さっき僕にも調合してくれたように、主人の体調に合わせてハーブティを提供してくれているんだ。それと……
「こっちがフェンネル、これはディルと言って魚料理にすごく合うんです。他にも料理に合うハーブはたくさんあって……」
無意識なのかわからないけれど……なんだかんだ、ベンの為のハーブも育てているみたい。
メイドのリリーと料理長のベン。
元気いっぱいのお父さんにうんざりするのは思春期の女の子ではよくあることです。
でも、父親の料理の腕や人当たりのよい性格はしっかり自慢に思っていて…それを見て育ってきたからこそ気遣いのできるいい子に育った。
だからベンは娘のことを本人目の前にしても気にすることなくほめまくっちゃうんですね。とても仲のいい親子です。




