ユーステッド、安眠す
トン、トン、トン、と……一定のペースで体が揺れるのを感じる。僕はいつの間にか寝てしまっていた?
うっすら……意識が戻ってきて気が付いたのは、柔らかくて、いい匂いがすることと、久しぶりに感じるあたたかい温かさ。しばらく、感じていなかった感覚だった……思わずギュッウっと。
「……少し苦しいです、ユーステッド様」
「ふえっ……ロ、ロベリア……?」
「寒かったですか?」
「いぁ……らいじょうぶ…………」
なぜだ?意識は割とはっきりとしているのに、舌が回らない。
心なしか体も熱いし……まさか、僕は毒でも盛られたのか?……迂闊……優しさに騙された?城下町に降りても構わないけど知らない人に勝手について行っては行けない、と、亡き母からも言われていたのに……調子が戻ったら文句を言いに行くぞう。
「もう少しで着きますよ」
「……ん」
あの坂を僕を背負って上るなんて、ロベリアは力持ちだな……。
アリーズの女たちはみんな着飾っていて、ただただおしゃべりとお茶が好きで、力仕事なんてことは一切しない、知らないというような者ばかりだった。僕の周りにいたのが貴族の令嬢ばかりというのもあったけれど、町歩きをしてもほとんど変わらない。
それだけ国が平和で豊かで、潤っていたといえば聞こえはいい。でも、そんなマンネリな環境であったから…他の令嬢と違う、天真爛漫だったエリカに心奪われてしまった。
デルフィヌスも、同じ。
あぁ、同じというのは少し語弊があるか……屋敷から見た景色もそうだけど、豊かで潤っているということと、心奪われていく感覚が、かな。
ひとりで港まで下ってくる途中で見かけたデルフィヌスの女たちは、みな元気で、勝気な感じではあるけど、そこには芯のある優しさがあって、これがいい女たちなのだと……働く男たちの表情や接し方からも感じた。島国という特殊な環境だし、貴族はあれだ、平民はこれだと関係なく、みな協力して生きているんだ。
だからロベリアも……明るく元気って感じじゃないけど、芯のある優しい女性で………
「……ふぅ」
ロベリアの吐息に気付いて、全く開こうとしない目をなんとか開いて、頭を起こして……目に入ったのはしっとりと汗で濡れた、うなじ。
………これはだめだ。
「ろぇいあ、じうんであるく、よ」
「いえ……その状態では転倒の危険がありますし……お部屋まで直ぐですから」
少し冷めてきたはずの体の熱がもどったせいなのか……歩こうという気持ちはあるのだけど、体がいうことを聞かず、動かせない。
扉を開く音がして……階段を上って……もう一回………
ポスンっ
と、優しく、ふかふかのやわらかい物に体が落ちていく……久しぶりに感じる、上質な素材でできたベットの感触だ……結局、ベットまで運ばれてしまった。
「お召し物は……」
「このままでだいじょぬ」
「そうですか」
体の上に薄手の毛布を掛けてくれ
「ありがとう、ぼべりあ」
「……ロベリアです」
肩が冷えないようにしっかりと毛布をかけて……ロベリアの手が離れようとした。
僕は、思わず手を伸ばして、裾をつかんでいた。
「ねぇろえりあ……僕はひとりで……ここまでこれたよ」
「……はい」
「ぼくは、ちゃんとこれたんだ……だから……これかあは……」
「はい」
「ぼくの……おくさんになるひとには……ぼくをみとめてもあえうように、がんばぁる……から」
そっと、ロベリアの手が僕の額に触れて、髪をそっとかきあげて、優しく撫でてくれて。
「こんどは……ずっとそばに……いてくれるかな……?」
横になって緊張が解けたせいなのだろうか?頭がクラクラしている。なにを言っているのだろう……わからなくなってきた。少し、ひんやりとしたロベリアの手が額に触れるたび、すごく安心してきて……
「大丈夫、離れたりはしませんから……」
「そう……だといいな……僕は、こうみえてさみしがりだから……」
「そばにいますよ……」
少しだけ、ロベリアが笑ったような気がして……髪を撫でてくれた手に頬ずりをして……安心して、目を閉じた。
「お水を用意しておくわねユーステッド。おやすみなさい……」
額に、先ほどとは違う、温かいなにかが触れた気がした。
夢をみた。
清潔に保たれた部屋とベッド。手を叩けば使用人が駆け付け、食事やお茶を持ってきてくれる。己は動くことはなく、ただテーブルに並べられた豪華な食事と、飲み物を口にするだけ。欲しいものがあればなんでも買えた。学友が、街の流行り物の装飾品があるといえばすぐに取り寄せて片っ端から買って分け与え、衣服もオーダーメイドで自分の好みで際限なく手に入れた。
ほんとうに、夢のような生活をしていたんだと、夢の中の僕を、客観的に見下ろす今の自分がいた。
振り向くと、城を出ていく僕がいた。
父から最後にもらったのは金貨2枚と銀貨20枚。
あんな生活をしていて、計画的に路銀を使えるわけはない。これは僕の知識不足でもあるけど……だから旅の後半は、空腹とたたかって、薄い板のようなベットとも呼べない物の上で眠り、最後に乗った旅客船も、大部屋の安いチケットだった。
本当は、泣きそうだったよ。
そう、夢の中で思ったら、大部屋で薄い布に包まっている僕を連れ出してくれたキレイな女性が現れたんだ。
顔はなんだかよく見えなかったけど、温かい部屋で、やわらかいベットで眠る僕に優しく声をかけてくれてて、ロベリアと同じように優しく撫でてくれて……まさか……アリアンナ…?
僕はまだ彼女に未練があるってことなのか?いやいや……あんな辱めを受けているのに未練なんて…国外追放されたことに憤りを感じてはいるが、想いなんて残っているはずは……ない。
エリカ……は無いな、こんなに背も高くないし、髪色も全く違う……なら、この女性は誰なんだろう……。
「―――。」
よく聞こえなかった……もう一度……もういちどだけ……
「――おそばに、いますから。」
あぁ……母上……僕は、ようやくここで――。




