ユーステッド、告白す
どうしてこんなにギリギリになるまで気付かなかったんだろうか。浮かれ過ぎていたにしても、心で通じ合えていたとしても、言葉にしなければならないことがあるだろう。
ティアはいつも通りに過ごしている。僕もいつも通りに過ごしてしまっている。
「昼を過ぎても起きてこないから様子を見に来てみれば……なんでいつもボクをベッドに引きずり込むんですか」
「カイがあったかいから」
「……この間から思っていましたけど急に人格変わっていませんか?ティアと仲直りできたのはよかったですけどこれじゃ先が思いやられます」
「変わったことは自覚してるよ……だから僕のバカっぷりに嘆いているんだ……」
時は流れて『大漁祭』前日。
今日は前夜祭で、港の広場で宴会が行われる。
『大漁祭』の当日は今年最後の漁を終えた船が入港したら始まり、新鮮な魚の最後の売買と、『収穫祭』の時の屋根を焚き木にし、大きな鍋に色々な食材を魚と一緒に煮込んで領民に振る舞い、最後に船上で祈りの舞をして終わる。
今年は僕とティアの婚礼も一緒に行うから、盛り上がり方が違うらしく大変なことになってるらしい。
のに……僕は……
「本当にちょいちょいやらかしてますねユース」
「ごもっともです……」
「まぁティアもちょっと変ですからね……あまり気にしていないんじゃないでしょうか?」
「そういう問題じゃない……婿入りする前提ではあるけどさすがに……プロポーズはした方がいいだろう?」
「そうですか?なら……今日の前夜祭のうちに済ます方がいいでしょうね。明日は婚礼当日でそんな余裕もないでしょうし……夜の港の雰囲気は中々ロマンチックですからね」
頼れるのはやはりカイだ。ありがたいお言葉をいただけた。さすがティアの育てた子だ。僕はカイを抱きしめてから屋敷を出て港へ行くことにした。
「まったく……子供のボクに言われて行動するなんて……頼みますよ?ボクの義父になる自覚はあるんですかね……」
港に向かう途中、マスターとホセの事も気になったのでカフェを覗いていくことにした。窓から見たふたりは……カウンターでお喋り中だった。あれから毎日通っているであろうホセに大分心を許しているのだろうか?マスターも恥じらいながら笑い、とても楽しそうだった……余計な心配はしなくても良さそうで……安心する。
港へ着くと何百人前作れるのかわからないほどの大きな鍋がすでに準備されていた。
入港する船は少なくって寂しいような気もしたけど……祭りの準備をする領民の活気の方が勝っていて、そんなことを感じさせない騒がしさだった。
「にいちゃん!」
「カーター!元気そうでなによりだ!仕事はもう終わったのかな?」
「おう!久しぶりにシーナさんところに行くんだ!にいちゃんもいこう!」
「お、押さなくてもいくから!あははは!」
領民との関係は良好、カーターに連れられてシーナさんの店に行く。
「……っし!グッといこうや!ちゃんとブドウジュースにしてもらってるから安心しな!ハハハハハ!」
「明日の主役が二日酔いじゃ様にならないからねぇ!」
バシンッとシーナさんに背中を叩かれ、カーターと乾杯をして、日が落ちるまで語らいながら食事を楽しんだ。僕の前夜祭はもう始まってしまっているらしい……時間を忘れるほど楽しんだ。
少しずつ、店から人が広場へと移動していく。僕はティアを迎えに行くと告げ、先に店を出て、続々と集まる人の流れを見ながら、広場の入口でティアが来るのを待つ。
「あ……ユース!」
「ティア!屋敷に迎えに行こうと思ったのだけど……すっかり話し込んでしまって……ごめんね?」
「ふふふ……大丈夫よ。私にはとびきり素敵にエスコートしてくれる王子様がいるもの。ね?カイ?」
「ですってよ?」
「そ、そんなぁ……本当にごめんって……」
なんて……ふざけ合いながらティアを挟んで、カイと一緒にエスコートしながら広場の中央へ。
荷車に積まれたワイン樽が、男たちの手で次々と飾り屋根の下に積み上げられていく。去年仕込んであった新酒で、『収穫祭』に行われた品評会と商談の時に振る舞われたものと同じものになる。年明け一発目の交易品として出される前に……前夜祭で領民たちも味見ができるというわけだ。
女たちがワイン樽の口から、並んでいる領民たちが持っているグラスやコップに順番に注いでいく。全員に行き渡ったら、ティアが前に出て……乾杯の挨拶をする。
「皆さん!お寒い中今年もお集まりいただいてありがとうございます。皆さんのおかげで仕上がったワインは最高の出来になりました。そして、明日の『大漁祭』も素晴らしいものになるように――」
「ティア様~!おれたちゃ婚礼の方が楽しみだだよー!!」
「だどー!自分の事もわすれないでくだせぇ~~!!」
思わぬヤジが飛んで、ティアは顔を赤くする。次の言葉が中々出てこないようだった。
「……そうだったね。では……『大漁祭』と僕たちの婚礼が良きものになるように!さ……ティア!せ~の……!!」
「「乾杯ー!!」」
広場のそこら中からグラスやコップが触れ合う高らかな音が響き、ひとくち喉を通してため息を漏らす者や豪快に飲み干す者……様々な人々の楽しい話声や、笑い声が包み込んだ。
僕は……残念ながらお酒は飲めないので、子供たちのブドウジュースを分けてもらい、ティアとカイとグラスを鳴らして嗜んだ。
談笑しながら前夜祭を楽しむ領民を眺めていたけど……カイが僕の脇腹を肘でつついてくる……さっさと行ってこいって意味だよね……よっし。
「ティア……ちょっと港まで行かない?一緒に海を見よう?」
「ん……ちょうど涼みたいところだったの!行きましょうユース」
カイに見送られ、少しほろ酔いになっているティアの手を引いて、広場から抜け出した。
夜の港に吹く風は……屋敷で感じる風よりも潮の香りも強く冷たさも違う。ただ、気温が低い分空気は冴え、星の輝きと月の光は社交界のシャンデリアの明かりのように降り注いでいるように感じる。
「寒くない?ティア」
「ううん平気。少し火照っていたから気持ちがいいくらい」
風を気持ちよさそうに受けるティアの横顔を見つめ、ティアに問う。
「ティアは僕が夫になることに……後悔はない?」
「なんでそんなことを聞くの……?そうね……色々悩んで変なことしちゃってたりしたけど……貴方が私の夫になる事に後悔なんてないわ。今も……これからも……」
僕の方に向き直って、笑顔で答えるティア……よかった。なら、僕もしっかり伝えなきゃいけない。
「よかった。あのね……ティア。僕……ひとつだけ不本意に思っていることがあるんだ」
「……え?」
しまった、悲しい顔をさせてしまった。違うんだティア!最後まで聞いてくれ!




