ユーステッド、不撓す
ひどい寝不足の状態でシエル辺境伯の命日の日を迎えた。
予想通りではあったけど、ティアもロベリアも僕に会いに来ることはなく。でも……包帯を替えに来てくれたリリーが言っていた。「この薬はティア様が医院に通って持ってきてくれているんですよ~うらやましいですねぇ~!」だって。
単純に考えたら、領民のみんなに認められて、『収穫祭』をカイも一緒に楽しんでいたんだ。まさか僕の失態でティアとの関係が悪くなってるなんて思わないもんな。僕のことを心配しているのはわかる。けど、ティアが薬を取りに行くのは自分のせいだと思っている後ろめたさからなんだよ、リリー。
「……いこう」
足の腫れは大分引いていて、少し歩いても問題ないくらいには治っているようでよかった。
本邸の隣にある林から花畑の島まで下りることができる。坂と階段を下りながら遠くに見えるのは……青いドレスを着た女性の姿。ティアなのは間違いない。
そんな大事な時間に割って入るのは少し気が引けるけど……それでも、行かなくちゃ。
さわさわと、秋の終わりの少し冷たい風に煽られ、花畑に咲き乱れている花を少しずつ散らし、宙に舞わせている。花の季節ももう終わるのだろう……どこか寂しさを感じる。その寂しさは……ティアの後ろ姿を見てしまっているせいもあるんだろうな。墓の前で座って海を眺めているようだった。
少しずつ近づいていくと……ティアがなにかつぶやいている?
「……でね?私怒っちゃったの。だって仕方ないでしょ?痛いのを我慢なんかして……本当に馬鹿なんだから……」
ぐっ……!多分……いや確実に僕のことだ。馬鹿……か。自分でもそう思ってはいるけど……。
「でもね……みんなのことを考えていてくれていた事もわかるの。でもでも……怖くなっちゃうの。私の為って言って……自分を犠牲にするような考えはしないでほしい……大丈夫だって……いなくならないって言ってくれても……私は怖いの……ねぇアザレア……私はどうしたらいいと思う?私はユーステッドに幸せを与えられる?」
僕に気付くことなくティアは話続けている。
「こんな気持ち初めてなの。あの朝……私を救ってくれたあの人に私は――…………んぅー……私よりロベリアが好きなのかな……」
行けばわかる、ね。カイの言っていたことが分かったかもしれない。
ティアは自分の幸せよりもまわりの人の幸せを願って過ごしてきていたんだ。
シエル辺境伯と前妻がいつまでも幸せであるようにとカイを育て、カイが寂しくならないようにと行動して……いやな思いをしても、それでも自分以外の幸せを願って僕を受け入れた。
でも……嬉しい事に……僕がここへ来たことで僕同様、ティアの心にも変化が起きたんだね。
まったく……僕は本当に馬鹿だな。
「うん」
ストンっと、ティアの横に座った。さすがに気付いて、びっくりしたティアが慌てている。
「馬鹿な僕がきましたよっと……」
「あ、あの……ええぇ……聞かれてたんですか……?」
「うん、聞いた」
笑ってティアの顔をみたんだけど、やっぱり俯いちゃった。でもそれは仕方ない。わかってる。
「デルフィヌスに来れて僕は幸せだと思ってる。カイに会えて色々教えてもらって……自分が本当はどう生きたかったかを教えてもらえて幸せだと思ってる。ティアに一目惚れができたことを幸せだと思ってる。」
「ひ、とめ惚れ……」
「バルコニーで会ったあの時じゃないよ?……港で会ったあの時からだって今ならわかる。まぁちょっと……出会いは最悪だったかもしれないけど……あのアレは忘れてほしいくらいだけど……あはは……」
ティアも思い出したのか少しだけ笑ったけど、すぐにハッとして、
「い、いつから私が……ロベリアだって気づいてたんですか?!」
「つい最近だよ。似てるなぁって思ってたら自然とね?でもティアは自分を守るためにそうしていたんだよね?だからその……言わなかったんだ」
「……そう……ですか」
「ふはっ!それそれ!ロベリアの口癖だ?」
そう指摘されてティアは口を手で押さえて恥ずかしそうにしている。うっかりしてたのかな?そんなところもやっぱり――。
「この間の夜は本当に……申し訳なかった。ごめん。ティアとロベリアが重なって見えて……愛おしくなってしまって……怖かったよね?誤解させてしまった……よね」
「それはその……はい……」
「うん。正直に言ってくれて嬉しい。あ、あともうひとつ。足の怪我は僕の不注意で木箱を落としてしまったせいなんだ。ティアのせいじゃない。隠していたことは謝るけど……君のせいじゃない。だから……そんなに思いつめないでほしい。」
なんだろう……すらすらと言葉が出てくる……不思議だ。
「ねぇティア。君は今変わっていく自分が怖いんじゃないかな?」
「私が……変わる……?」
「うん。もちろんシエル辺境伯の死もあの日の出来事のも怖い事だったと思う。けど今のその気持ちはその時とは違うんじゃないかな?」
「わからないの……」
「うん……僕も言われるまで自分の変化に気付かなかった。ねぇティア……僕たち理由は違うけれど……なんだか似ていると思わない?」
そう言って僕はティアの手を取る。
「ね?怖くない。前向きな変化なんだよ、ティア」
「あ……」
その手はもう震えてはいなかった。
「全部が変わるわけじゃない。ティアがみんなの幸せを願うことを変える必要はないよ。だけど……僕のティアを想う気持ちとティアが僕を想う気持ちを怖い事だと思わないで?」
「ユーステッド様……私は……私も……変わってもいいの……?」
「うん……大丈夫。僕はぜんぶうけとめ……って、わっ?!」
思わぬ反撃……になるのかな?ティアが抱きついてきた。嬉しい反面、極端な反応に驚きを隠せない。
「あ、あの……てぃ、ティアさん???」
「貴方がここへ来てくれて……よかったと思っています」
「ティアさん……ちょっとくるし……」
体勢が悪いせいで若干……首の締め付けが強い……が、そんなことなんて気にならないくらい、嬉しい言葉がティアの口から紡がれた。
「今私が感じている想いが……貴方と同じで……それが貴方の幸せになるのね?」
「ティアらしい言い方だなぁ……そうだね……僕もね?僕がティアを想う気持ちがティアの幸せになればいいと思っているよ」
「じゃあ……私達同じね?なら……なにも怖くなんてない……」
僕の方が恐る恐るティアを抱きしめ返すなんて……思わなかった。




