ユーステッド、満喫す
足の痛みを忘れるほど僕は浮かれていた。
ただ立っているだけなのに弾んで歩いているかのようにニコニコにやにやと……まぁそんな僕をみたんだ……言われても仕方ない。
「もう少し落ち着いてくださいねユース」
「あ……へへ……そういうカイもいつもよりウキウキしてるんじゃないか?」
「そ、それはお祭りですからね!そういう気持ちになるのは当然ですし……!」
夕方に行われる品評会に合わせて入港する船もある。ティアは出迎えと挨拶をしに港へ行っている。終わるまで僕とカイはティアを待ちながら話をする。
「……今朝の出来事はベンから聞きました。ありがとうございます。」
「当然のことをしたというか……あいつの言ったことに腹を立てて怒りに任せてしまったところがあって……守るって言いながらティアを困らせてしまったかもしれない。」
「ユース!そういう言い方と思い込みはダメですよ。」
「そ、そうか……ごめんごめん。でも……もう……あんな風に僕が怒ったり……ティアが悲しい顔をするようなことがなければいいな」
切に思う。このまま平穏が続いて、領民みんなの生活も安定して、ティアの心も――。
「それはボクとユースの頑張り次第だと思います。ですが……今日はお祭りです。小難しい事は考えずに楽しまないと色々と損ですよ?」
「……お腹もすいたもんな?どんな屋台があるんだろう?」
「案内は任せてください!毎年来ている屋台があるんですが――」
カイが嬉しそうにおすすめの屋台を教えてくれる。朝はサンドウィッチ1個しか食べてないし、肉体労働をした後だ。話を聞くだけで腹の虫が鳴る。
そんな話で盛り上がっていると、ティアが小走りで近づいてくるのが見えた。さっきは慌てていてよく見れなかったけど、祭り用の衣装がよく似合っている。なにより普段見えない素足がチラリと見えているのがとてもいい。うん、いい。
「カイ!おまた……ユーステッド様?!」
「お疲れ様ティア。」
「はやくいきましょうティア!ユース!」
「は、はい……えっと、い…いきましょう……?」
なんかおかしい。カイと一緒の僕をみて驚いているみたい。まさか……
「カイ……まさか僕も一緒だっていうのを言ってないのか?」
「……一応保険をかけておいたんです。ドッキリ成功というところですかね?さ!いきましょうユース」
確かにカフェに行ったのは屋敷に帰る途中の休憩の名目で一緒に行動しただけだ……意図的に誘って行動するとなればまだいい返事はもらえない可能性はある。それにカイに言われたのならよっぽどじゃない限り断る理由がないし……恐ろしい子だ。
「ティア!」
「あら……ふふ、はぐれないようにね。」
「ユースも!」
「え、あ……」
カイがティアと手をつないで、僕にも手をつなぐようにと。
ほらほらと言わんばかりに、カイが空いているティアの反対側の手をつなぐように視線をおくっているけど……僕は……
「……ユース?」
「こっちのがほら……それっぽいというか……な?」
「……ユース」
「焦らなくていいんだよカイ。」
コソコソ話。カイは少し不満そうに、ティアは……ちょっとだけほっとしていたと思う。ギュッと自分の胸に片手を押し当てていたからね。これでいいんだと思う。みんなが見ているなら……カイを挟んでいた方が印象もいいだろう?
「損な生き方ですよまったく……」
「ん?なにか言ったか?」
「いえ……あ!あれです!スパイス串焼き!!」
「なに!あれか!!いくぞ!!」
「ちょ、ちょっと!走らないでふたりとも……!もう……うふふ」
僕はカイとティアを引っ張って屋台へ走る。
串に肉の塊がいくつも刺さっていて、炭火であぶられた肉はジュウジュウと音を立て焼き色をつけている。香ばしい肉の焼ける香りと滴る脂……スパイスの香りが食欲を刺激する。
「う、うまそう……」
「そうでしょう?ボクはこれが毎年の楽しみなんです!」
「毎年っていうほどの歳じゃないだろ……」
ふふんっと鼻を鳴らし、カイはどや顔で人数分注文してくれた。代金を支払おうとしたら「今朝のお礼だ」と言ってタダにしてくれた。少し気恥ずかしかったが……ありがたくいただくことにした。
「はぐっ……むぐむぐ……んー!この濃い目の味付けがいいんですよねぇ!」
「ふまいな!にふもやわらひゃいし!」
「口に入れたまましゃべらないでくださいよ……ティアはどう?おいしい?」
「んむんむ……えぇ!美味しいわ……うふふ」
3人そろって串焼きにかぶりつく。こういう時は行儀が悪いだのなんだのは関係ない。思いのまま食べるのがいいんだ。飲み込んでからしゃべった方がいいのは確かだけど、それを忘れるほど美味しかった。
次は隣の屋台だ。こっちはティアの好物なんだそうだ。
薄切りのパンをキツネ色になるまで焼いて、その上にトロトロにとろけるまで火であぶったチーズをのせたもの。チーズはガレフさんの育てた乳牛から搾乳したミルクを使って作ったフレッシュチーズ。ミルクの風味が強く味わい深く、すごく伸びる。このチーズは保存がきかないらしく、祭りの時と特別なことがある時だけ作られて提供されるんだって。
「塩とコショウを好みでかけてくれ。うちのじいさんの自慢のチーズだ。シンプルが一番うまいからな!おっと!うちもお代はいらないぜユーステッド様!いつもじいさんのこと手伝ってくれてありがとうってやつだ。」
「まぁ……ユーステッド様さまさまね?ありがとう。」
「いやいやそんな……ははは……なんか照れるな……」
大好物だからかもしれないけど、ティアの笑顔が一段と輝いている。口いっぱいほおばって幸せそうに笑顔を見せる。僕もいつまでたっても伸び続けるチーズを延々とすすって食べながら……噛み締める。
ただ食事をしているだけ。でも、屋敷で食べている時とは全く違う。
お互いに笑い合って、美味しいものを口にして、会話を交わす。本当に他愛ないことなんだ。そんなことに幸せを感じることができるのは、島の皆のおかげで、カイのおせっかいのおかげで……ティアの笑顔のおかげなんだ。
「そろそろいい時間かしら。ふたりとも広場へ向かいましょ?」
木箱や樽の上に並んで座り、食休みをしながら海を眺めて……そして、『収穫祭』の一番の催しが始まろうとしている。