ユーステッド、収穫す
珍しくリリーが怒っている。
「使用人が主人より先に着替えを終わらせてるなんて本当はダメなんですからね!急いでくださいティア様!ユーステッド様も!」
「ごめんごめん、急ぐよ。」
慌ただしく着替えをして部屋を出る……これで合ってるのかちょっと不安だけど。廊下の先にティアの姿も見える。
「か、髪はあとでいいから……とりあえず着替えは出来てるから……!」
「ダメですよ!あーもー!着いたら付けますからね!」
リリーに怒られてるティア。なんだかおもしろい光景だと笑ってしまった。
「ユーステッド様!笑ってる場合じゃないですよ!その腰の布ゆるゆるじゃないですか!港に着いたら直しますからね!!とりあえず今は急いで急いで!!」
「え、そ、そうかな?あ、ちょ!わかったから押すなって!」
「そ、そうよリリー転んでしま……ひゃっ!」
リリーに強引に押されながら港までの坂を走って下っていく。いつもはこんなに急ぐことは無いから……なんだか楽しくなっちゃって、息が上がってしまっているのに顔を見合わせたら笑っちゃって……はしゃぎながら。
「ティア様~!こっちっすよ~!」
「遅れてごめんなさい、さ、行きましょう!」
ジュリーがブドウ畑の島に向かう橋の前で手を振っている。待っていてくれたようだ。収穫をする領民たちはもう島に渡っており、僕たちが来るのを待っているとのことだ。
「どこで油売ってたんっすか~?あれぇ?もしかしてティア様と……」
「お茶をしていただけだっ!なにを考えてるんだまったく……ところで奴はどうした?」
ティアとリリーの後ろをついて歩きながら、小さな声で聞こえないようにジュリーに問う。
「言われた通りに丁寧におもてなししたっすよ?カーターさんもベンさんも目一杯心を込めて……泣くほどうれしかったみたいっす!」
「ふはっ……!そうか!……ちょっと見たかったかもしれない」
「さっき船に乗っておかえりになったっす!ユーステッド様……ありがとうっす。」
「こちらこそだよジュリー。……皆がいたから僕は動くことができたんだから」
ティアを守りたかったのはもちろんだけど、あんな奴にこの島を……デルフィヌスを汚されたくなかったからね。僕なんかの言葉であそこまでビビり散らかしてた……ただの中身の無いクズ男で良かった。
これであんな奴の事は忘れて……心置きなく『収穫祭』を楽しめる。ティアも……楽しんでくれるといいんだけど……。
「ティア様!遅刻なんて珍しいねぇ?まさか~?」
「ちょ、ちょっとシーナさん!ちょっと休憩してて!ゆっくりしすぎちゃって!それだけで……もうっ!」
「ウフフフフフ……」
「笑い方きもいっすねぇ……」
仕方ないだろう……かわいいんだから。
「皆さん!遅くなってごめんなさい!……収穫祭をはじめましょう!!」
ティアの合図でワァッっと領民たちが声を上げて、ブドウ畑に向かっていく。
人混みがばらけたおかげで、僕の目にもブドウ畑が広がっていく。青々と茂るブドウの葉と、まるで黒い真珠の様な粒をたわわに実らせる果実。きれいに整列して整えられたブドウの木は島の向こうの端まで続いている。
「屋敷から見る景色とまた違うな…すごい」
「自慢のブドウ畑っすからねぇ!っしょ…一粒食べてみてくださいっす!」
一番近くのブドウの木からひと房もぎ取り、僕の口にあーーんって……やめていただきたい。それはティアにしてもらいたいんだ。ジュリーも無意識なんだろうけど…手で受け取ってパクっと。
「…んまっ!」
「種はその辺に出して大丈夫っす。甘くて風味も良くてジューシーで…おいしっすよねぇ!あんっぐ……モグモグ……」
ジュリーは残りのブドウをすべて口に入れ、器用に身だけをしごきとって枝をぽいっと捨てた。口の端から滴っていた果汁を豪快に腕でふき取り、満足そうにしている……種は…?
「あんたたち!つまみ食いはそれくらいにしてさっさと手伝いな!」
シーナさんに見られていたらしく、怒られてしまった。全くその通りなので急いで畑の中に入り、ジュリーに渡されたハサミで収穫していく。
一定間隔のところに木箱やカゴが置いてあり、そこへブドウを集めていく。ある程度溜まったら男手が運び出し、橋の前に用意してある馬車の荷台にブドウを積んでいく。大体3往復くらいすれば祭りに使う分は集まるんだそうだ。
「ユーステッド様、これ運んでくれるかい?」
「あぁ!まかせてくれ!」
近くにあった木箱にブドウが山になってしまっていた。同じところで収穫していた老人に頼まれ、僕は馬車まで運ぶ。…散歩で、カーターに鍛えられたおかげか重さはかなりあるけど運べないほどじゃない。皆のおかげで僕の体も成長してるみたいだ。
「ここにいれたらいいかな?」
「おう!ありがとなぁ!」
ドサドサっと荷台に中身をあけ、空の木箱を持って戻る。
「ユース、楽しんでいますか?」
「カイ!うん、楽しいよ!」
「それは良かったです。あと2回ほど馬車が出たらいったん昼食をはさんで広場に集まります。」
「屋台もでてるんだったよね?なに食べようかなぁ……」
「あの……」
別の場所で収穫をしていたカイが僕を見つけて駆け寄ってきた。カイにしては珍しく、5歳児らしい表情をしながもじもじしている。
「どうした?カイらしくないな?」
「む……ボクだって……ちがうちがう!お昼、一緒に回りませんか!」
「カイ……うん、いいよ。一緒に食べよう!」
「やった!じゃあティアにも言っておきます!終わったら橋でまっててください!」
初めて5歳児みを感じてなんだかほっこりした。そうだよね、本来ならあんなに大人のように振る舞う必要なんてなかったんだ。これからはそんな風にしなくてもいい…と言っても僕とカイはライバルだから変わりはしないかな、ははは…はは……ん?
「ティアも誘うって言ってた……?」
カイと、僕と……ティアで…?それはまるで……家族みたいに……?
ゴッ…!
「ッッダァィ!!」
思わず持っていた木箱を自分の足の上に落としてしまった。見事に角が僕の足の甲にえぐり刺さる。
しばらくうずくまって身動きが取れなかった。痛くて動けないのは本当だけど……嬉しくてニヤついている顔を誰にも見られたくなかったんだ。