ユーステッド、猛攻す
「おや?なにを驚いているのかな?貴殿の申した『金で解決』する方法だろう?」
口をパクパクとさせている。返す言葉が無いのだろうか?教養が無いとこういう時困るというところだろうか?
「ち、ちがうだろ?それじゃ解決になんてなっていないだろ?お互いのためにならないだろ?なあ!」
「いいか?よく聞け……我が領は貴様のような奴がいる国の金で生かされることを望んでいないということだ!そんなことよりも守らなければならないものがある。それを守ってこそデルフィヌスは生き、人々の生活は潤い成長していくんだ!理解できるか?無理だろうな?貴様のような腐った奴には!」
黙ってしまったので……止めを刺しに行こうか。
「あぁ……その紋は確か……リブラ王国のものだね?とすれば……我が領との交易相手として切っても切れないほどの繋がりがあるはず。そうだね?」
ちらりと見えた奴の服のボタンに細工された模様を見て……僕は久しぶりに――『笑った』。
「……この報告を受けた貴様の生家はどう思うだろうなぁ?貴様の行動のせいで商売は成り立たず……良くて貴様だけ廃嫡か……悪くて生家の没落か?ああ……後はそうだな……国に報告が届けばどうなるだろうな?我がデルフィヌスはパイシーズの王族とも先の国境戦の功績を評価されて縁が深いぞ?そうなればひとつの国を敵に回したと同義になるな?お分かりいただけたかな?……なぁ?これからが楽しみだと思わないか?フート伯爵?」
どんどん青ざめていく奴の顔は滑稽だったよ。まさかここまで言われるとは思っていなかっただろう。書斎に詰めてできる限りの知識を頭に叩き込んだ甲斐があったというものだ。
「顔色が悪いようだね?少し休んだ方がいいんじゃないか?んん……僕は力が弱いからね……これくらいしかしてあげられない。ベン!ジュリアン!カーター!」
名前を呼ばれた3人はビクッとする。ベンとジュリアンはすぐに僕の元へきたけど、カーターはなんで自分が?という不思議そうな顔をしながら来た。まぁ使用人でもなんでもないんだ、そりゃびっくりするよね。
「フート伯爵はご気分が悪いようだ。丁寧に運んで……丁重におもてなしをしてあげると喜んでいただけると思うんだが……いいかな?」
ニコッと3人に向かって笑顔を向ける。僕の意図を理解したのか、指をボキボキ鳴らしながら奴に近づいて、そりゃ丁寧に挨拶をしてくれた。
「おーこれはこれはとぉーーーっても具合が悪そうじゃあないかあ!」
「いけないっすねぇ?いけないっすねぇ!!はやく連れて行かないと……っすねぇ?」
「さあさあフート伯爵様ぁ?こちらで俺たちが、お・も・て・な・し……しますから……ねぇ?」
屈強なデルフィヌス三銃士に囲まれた奴はさらに震えあがり……地面に水たまりを作っていた。
「いやだ……やめてくれ……!わ、わたしが悪かった!謝る!謝るよ!!だから……うわぁぁ……!!」
「……今更おそいんだよ下衆が」
おっと……貴族としてあるまじき発言をしてしまったかも。小声だったし……多分みんなやティアのは聞こえてないはずだと祈ろう。
ズルズルとどこかへ引きずられていく奴の無様な叫び声はしばらくの間、港に響いていた。
奴が見えなくなり少し落ち着きを取り戻してきたところで……ティアの元に向かおうとした僕にシーナさんが近づいてきた。
「ちょっとユースくん!」
「わっ!シーナさん……?あっと……サンドウィッチ美味しかったよありがとう!」
「そんなことあとでいいんだよ!あんた……ティア様のこと『妻』って言ったね?」
周りに集まっていた人々は各々分かれて話をしていたのだが、シーナさんの元気な声に気付いて僕の周りに集まってきてしまった。それはもう……ものすごい勢いの質問攻めだった。
「ちゃんと説明してくれる?」
「いつ結婚したの?」
「なんで街に出て手伝いなんかしてたんだ?」
などなど……聞き取り切れない質問の声を数が飛び交いその輪から抜け出せない。困っている僕に気付いただろうティアが、ゆっくりと僕に近づきながらみんなに声をかけた。
「皆さん、ご紹介が遅れてしまってごめんなさい。今日の『収穫祭』の時にお伝えしようと……ユーステッド様のことを隠していたのは私です。」
「ティア……」
落ち着いた声で話すティアの表情は穏やかになっていた……少しだけ……ほっとした。
「そりゃほんとうかい?なんでまた隠すなんて……」
「また皆さんに心配をかけてしまうのでは……と……思って……」
以前の……元婚約者であった奴の事は噂でみんな知っていたんだろう。先ほどのことも振り返って少しの間黙ってしまっていたが、また元気で大きな声でシーナさんが笑いながら言った。
「心配性だねぇティア様は!ユースくんならもうこの島の仲間だし家族だよ!」
「え……」
「さっきのクズ男に対しての対応も見事なもんだったじゃないか!だろう?!あんたたち!」
集まっていたみんなが嬉しそうに声を上げてくれた。僕はなんだか照れくさくなってしまった。相手を貶めたであろう対応が褒められるとは……って。事実、あいつはクズ男であったから問題はなかっただけなんだけど……僕の方も結構悪い顔してたと思うんだよね。
「心配ないよティア様。あたしらはもう準備は出来てる。あとは……あんただよ」
「シーナさん……そう……ですね。そうかもしれません……」
シーナさんに手を握られて、少し笑顔になったティアは僕の隣に立ち、
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。この度我が夫として……デルフィヌスを共に守り支えていく者として……お越しいただきました。」
チラッと僕を見る。シーナさんにも背中を叩かれて…僕は、
「ユーステッド……と申します。みなさんあらためて……お見知りおき願います。」
「ちょっとちょっと!!さっきの威勢のよさはどこいったんだい?!もっと元気よく言いな!」
「え、えぇ?……ゆ、ユーステッドだ!みんな!よろしく!!」
2回目の自己紹介で歓声が上がる。
こんな適当な挨拶でいいのだろうかと思ったけど……ここでなら、それでいんだろう。みんなの表情をみてればわかる。それがいいんだって。
「……ありがとうユーステッド様。」
「ううん。ごめんティア。僕があそこで声なんてかけなければあいつと会うことなんてなかったのに。怖い思いをさせてごめん。」
「そんなこと……ありません。貴方がここにいてくれて……良かったと思っています。だから……謝らないで?」
ニコッと笑う彼女に僕はまた……心を奪われていくのを感じた。