ユーステッド、購入す
いつもなら日が落ちる前には屋敷に戻るのだが、皆を置いて僕だけ帰ってゆっくりする……なんて考えはなかった。シーナさんは気にしないで帰っていいって言ってたけど、あの場に居合わせてしまったし、手描きの簡単な図面しかないから細かい部分は僕が見ないとちょっと危ないかも……とも思ったからね。
力仕事はジュリー含めた男たちがやってくれている。
担架で怪我人を医院まで届けた者も帰ってきて、屋根作りに手を貸してくれた。ちなみに怪我人は彼ら船乗りたちから親方と呼ばれている人物だそうだ。新人君を庇って怪我を負ってしまったと聞いた。
医院の医者も、応急処置がされていたことに驚いていたって。添え木のおかげで骨が歪まず、後遺症の心配も少ないだろうって……良かった。彼らは腕っぷしがないと困るだろうから、安心した。
「にしてもユーステッド様……」
「あ!そっち少し曲がってるよ!もう少し左に!そう!……っとなんだいジュリー?」
「どうしてこんな簡単に図面かけたんすか?」
「……恥ずかしいけど僕はけっこうひとりで過ごすことが多くてね。はじめは暇つぶしで木片とかを使って机とかイスなんかを手のひらサイズで作ってたんだけど……そうしてるうちに建物とか造形を見るのが好きになってね。時折みる複雑な構造の建築物を見た後は気になって調べたりもしてたんだ。城にも一応書物を揃えてる書斎はあったけれど建築の関連書物は少なかったから建築家ほどの知識は無いけど……基礎くらいは使えるくらいには役に立ったみたいだね」
「へー!地味な趣味もってるんすね!でもおかげで助かったっす!すごいっすねぇ!」
「それは褒めてるのか?……まぁいっか……ジュリー、僕も手伝うからできるだけ早く終わらそう」
僕が王太子のままだったら不敬罪で檻の中だぞジュリー。でも、キラキラした目で僕を見ていたから褒めてはいたんだろう。協力しながら、日が落ちるまで作業を進めた。
翌朝――。
まだ日が昇り切る前に港の広場へ足を運ぶ。海の男と、女たちの朝は早い。
僕が来た頃には……出来上がった屋根を石の土台にはめ込んでいる真っ最中だった。露店の店主もどうにか間に合わせてくれたようで眠そうな目でその様子を見ていた。
「おはよう店主!おかげで事故の無い『収穫祭』になると思うよ!」
「俺としてもそんなことが起こられちゃ困るからな。それで?贈り物は決まったのか?」
「概ね決まってはいるんだけど……でも……疲れてるんじゃないか?」
「ふっ……徹夜で仕事するなんてのは慣れたもんだ。お前も急いでるんだろ?」
職人は心意気が違うんだと感心した。それに、僕がなにを考えて品物を選んでいたのかもわかっているようだ。お言葉に甘えて選ばせてもらうことにした。
色鮮やかな鉱石の中から僕が選んだのは、乳白色の石と青い石。それと少し大きいサイズのオレンジ色の石だ。
「なんだ?ひとつじゃないのか?」
「あー……ちょっと訳ありなんだ。こっちを髪飾りにしてもらって……こっちをイヤリングにお願いしたい。」
「わかった……金額だが……」
「石の土台の分も含めてここに銀貨20枚ある。少し少ないかもしれないけれど受け取ってほしい」
店主は最初は断っていたが、僕の圧に負けて渋々だけど受け取ってくれた。
散歩の際、僕が色々手伝った時にもらった自分で稼いだお金だ。僕も店主同様に断っていたんだけど、みんな僕を使用人と思っていたから気にするなって無理やり渡されてた。結果的にここで使えてよかったと思う。領民の為に働いてくれた店主に渡るのだから。
「こんな感じでどうだ?」
「あぁ!すごい綺麗だよ……職人として召し抱えたいくらいだ。ありがとう!」
「ん?あぁ……そりゃよかった?じゃあ俺は客がくるまで仮眠をとらせてもらう……またな」
可愛らしいピンク色のリボンで閉じられた小さな皮袋をふたつ受け取って露店を後にする。あとは……そうだな……シーナさんたちに軽く挨拶をしていこう。
「シーナさん!おはよう!」
「おはようユースくん!どうだい?けっこう立派にできたと思わないかい?」
「すごい……!ちりばめられた花と草木のセンスがすごくいい!ありがとう!」
「いやだよそんな!お礼をいうのはこっちさ!ほんとは祭りだけ楽しんでいってほしいと思ってたんだけど助けてもらっちまって……ありがとうねユースくん。おかげで今年は一味違った『収穫祭』になりそうだよ!」
シーナさん達の作った屋根の飾りも完成していた。島で育てている花々を網にちりばめて作った美しい飾りだ。これを屋根に乗せるのはブドウの圧搾をする時、領民たちが集まったところで屋根に広げる予定にしている。これもまた盛り上がると思ったんだ。
去り際にシーナさんから特製の手作りサンドウィッチを受け取って広場を後にする。
朝日を浴びてキラキラ光る海見ながらサンドウィッチをかじりつつ眺めていると、ジュリーがこっちに向かって慌てた様子で走ってくる。
「ユーステッド様!ここにいたんすね……」
「屋根の様子を見に早起きをしたんだ。どうした?なんだか元気がないな?」
「その……ちょっとまずい事が……」
『収穫祭』はデルフィヌスの2大祭りのひとつであると同時に、昨年仕込んであるワインや関連商品の品評会的なこともしているんだそうだ。出来が良いものはこの日参加した交易商や、自国で商いをしている商人が買い付けていく。デルフィヌスの収入源のひとつだ。
「ちょっとうちと折り合いの悪い貴族の連中が商人に紛れて入国したみたいで……その……」
「折り合いの悪い貴族……?」
ジュリーがこんな言い方をするのは珍しい。よっぽど嫌われているのだろうな。続ける言葉が出てこないみたいだ。
「ティア様と会う前に排除しないと……またティア様が傷ついてしまうかもで……自分だけじゃ心配なんでみんなも呼んでと思ってて……あぁでもティア様も昨日のことを聞いてこっちに向かってて……」
「……ジュリーはみんなを呼んでくるんだ。ティアのところへは僕が行く」
どうしてすぐ気づかなかったんだ。ジュリーは僕があの日のことを知らないと思ってる。だから誰が来たなんて言えなくて、慣れない言葉で隠しながらどうにか伝えようとしているんだ。
言葉に出すのもはばかるほどの最悪な奴が今日ここに来ているってことを。
「はやく!」
「は、はいっす!」
無理やり口に押し込んだサンドウィッチのせいで苦しくなったがそんなことを言っている場合じゃない。
あいつがティアを見つける前に――!




