ユーステッド、準備す
カイから話を聞いたから……シエル辺境伯の残した日記を読んだから……影響がなかったわけではない。でも、同情しているだけではないはずだと思ってる。
ロベリアがティアだとわかって、一緒に過ごす毎日は……これまでとは違った楽しさや嬉しさ……そして愛しさが僕の心の中で芽吹いているのを感じている。
同一人物であることをバレてない!と、思っているティアがとっても可愛いと思ってしまう。
この間は……バルコニーから屋敷の庭をみてる時、ロベリアが木に取り付けてある小鳥たちの為に用意してあるエサ場の片づけをしにきたのを見つけてぼーっと見てたんだ。交換しようと山盛りに入ったエサ皿を手を伸ばして置こうとしたみたいなんだけど、うっかり落として慌てたみたいでおろおろしてたんだ。見られてるなんて当然思ってないからいつも冷静なはずのロベリアじゃなくなっちゃってて、落としたエサには小鳥が集まってきちゃうし、肩とか手にも乗ってきちゃって。そして……照れくさそうに笑ってたんだよ。
なにも知らない僕だったら「ロベリアでもあんな風に笑うんだ」……で、終わってたかもしれない。でも「ティアはあんな風に笑うんだ」に変わることで……少しずつ本当のティアを見つけることができる喜びを感じてる。
こういう秘密も悪くないものだなって。
僕だけの可愛いを見つけるのも、いいかもしれないって。
この妙な関係を楽しむこともいいかなって。
でも、ちゃんとロベリアとの距離を縮める努力も忘れてない。
今だってそうだ。仕立て上がった収穫祭の服の試着をしている。
「きれいな仕上がりだね!早速着てみるよ」
僕の体型に合わせるように、改めて仕立て直してもらった白いシャツには折り目とフリルで飾りつくられていて体にピタッと合う。7分丈のハイウェストのズボンの腹部にはボタンがいくつも付いており、ボタン自体も細工がされていて……相変わらず素晴らしい職人技だ。しっかりと留めれば激しい動きをしても簡単にずり落ちることはない。今僕の腰に巻かれているのは、デルフィヌス伝統的の飾りの布みたいなものだ。
「……はっう!」
後ろから手を前に回してくるくると巻き付けてたのだけど……よく見えなかったのか片方を掴み損ねてしまったらしい……僕に取るように言えばいいのに「あれ……あれ……?」って言いながらギュッて自分の上半身を僕の背中に押し付けながら……一生懸命探しておられるのです。
「ん……っしょ!きつくないですか?」
「あ……うん……大丈夫です…………」
左腰に結び目を作って完成。僕がどうにかなる前に布を掴んでくれて助かったと安堵した。本当に……こんなことされ続けてはもどかしさから頭がどうにかなってしまいそうだ。
まさかカイはこれを見越して話をしたのか?僕の心をもてあそんで精神的なダメージを蓄積させ――……無いな、無い。こういうところがダメなんだ……しっかりしなければ。
「……少しゆるめましょうか?」
「え、あ、大丈夫……ちょうどいいくらいだよ……ありがとうロベリア」
頭を横にブンブン振って邪念を振り払っているだけだったんだけど勘違いさせてしまったみたいだ。ほんとのことなんて言えないよ。
「収穫祭は明後日なんだよね?」
「はい。こちらから左手に見える橋が掛けられた先の島が見えますか?」
バルコニーへ足を運んだロベリアの後ろに付いて、指差した先を見る。
毎日一度はここから見える景色を目に焼き付けているから、すぐわかった。
今いる本島の1/3くらいの広さの土地、ほぼ島全体に整えられてきれいに並んで見える緑色と紫色がきれいだと思っていたあの島だった。
「あの島はここで作られているワインの原料となっているブドウ畑専用の島です。午前中は領民たちとブドウを収穫して港の広場に移動したら午後はワインの醸造の為の作業のひとつ……圧搾をします。領主と領民の代表の少女たちと大きな桶の中でブドウを足で潰すんです」
「あぁ!本に書いてあったイベントだね?そうか……あそこから……」
今は道具もあるみたいなんだけど収穫祭で行われる圧搾は大桶の中に入って、参加する少女たちと手を繋いで少しずつ移動しながら潰す。その様がダンスを踊るように見えるからみんなで手拍子したり、楽器を持っている物は音楽を奏でたりする。
僕はお酒は飲めないからワイン造りにそういった工程があることなんて知らなかったし、それを祭りにして領民総出で楽しむなんてことを『収穫祭』にと思いついた人はすごいと思う。
本で読むより直接聞いた方がワクワクする気持ちが湧いてくる。僕の経験したことのない祭りだからね。
「その日……領民にユーステッド様のことを紹介することになっています」
「……え?」
「まだ領民はユーステッド様がティア様の新しい旦那様になるということを知らないのです。ですので……皆が集まるよき日でもありますし。そこで……と」
「……どおりで僕と関わってくれてる人たちの態度がやけにフレンドリーなわけだ」
僕を使用人だと思ってしまってるのは仕方なかったんだね……知らないんだから。
「ティアは……それでいいと?」
「?なにがでしょう?」
「いや……なんでもない……なにか挨拶でもしたほうがいいかな?」
「簡単な自己紹介だけで結構ですよ。そんなに緊張しなくてもみな受け入れてくれると思います」
僕が新しいティアの夫だと言っても領民たちが受け入れてくれるだろうことはほぼ毎日触れ合って領民たちの人柄を見てきている僕にだってわかる。
僕が言いたかったのは……ティア自身がそれでいいのかということで……形式的にお知らせをしなきゃいけないのはわかるけど……。
「ちなみに婚礼は『大漁祭』の時に行う予定です」
「え?!」
「『収穫祭』の後はユーステッド様も忙しくなると思いますので……ご協力お願いいたします」
さらっと一番大事なことをいうロベリア。
少しずつとか、ゆっくりでいいなんて言っていられなくなってきた……『収穫祭』は明後日で……ひと月後には『大漁祭』。
今日まででも僕はロベリアと距離を縮められるようにしてきたつもりだけど……ロベリアには少しも届いていなかった?……僕が本当の意味でティアの夫になることを否定されていることではないのだろうか……?




