ユーステッド、懇願す
終始無言……まぁ仕方ないよ。
僕も照れくさいというか恥ずかしいし、ロベリアもたぶん同じだったと思う。だって、ちょっと耳が赤くなってなってたから。血はすぐに止まり、再開した寸法の確認はすぐに終わった。
「一応入浴してからおやすみになってください。泉質は傷によく効きますので……」
「わかった……」
思い出してふたりして顔を伏せてしまった……なんだこの空気は……でも、恥ずかしがってばかりはいられない。
ドアノブに手をかけて部屋を出ようとするロベリアを、呼び止める。
「待ってくれロベリア。話があるんだ」
「なんでしょうか?」
直ぐには言葉がうまく出てこなかった。でも、ロベリアは待ってくれていた。
「ティアに……会いたいんだ」
「……ティア様はまだしばらくお戻りには――」
「どうしても!」
ちょっとだけ強く言い返してしまった気がする。怒っているわけではないのはわかってもらえるといいんだけど……。
「デルフィヌスの為に忙しく働いていることはよくわかっているんだ。けど……ここまで僕と会ってくれないことの理由がわからなくて……正直、不安なんだ」
「……」
「確かに……僕がここに来たのは自分が犯した愚かな行動のせいだ。それを受け入れてくれたとはいえ……厄介者を押し付けられたんだと思って対面することを極力避けているのかな?でも………あの晩一度だけ目にした彼女は……決してそんな理由で他人を無下に扱うような人じゃないと……僕は感じたよ」
カイを見ても思った。あんな小さな子がティアを守るためと……今できる最大限の立ち振る舞いや礼儀作法を学んで彼女が恥ずかしくないようにと努力しているんだ。
まぁ……ちょっとカイは大人び過ぎてはいるとは思うけど、僕の違和感に疑問を持ったのも……子供特有の思ったことをつい口にしてしまった、というだけじゃないと思う。育った環境が……育ててくれた人がどんな人だったがきっと、影響したんだと思う。
「ティアは……僕みたいになんにもできない弱い男を伴侶として心から受けいれなくても構わない。けど、僕はティアのことを守りたいと思ってる。今はまだはっきりとしたことを言えないのが悔しいけれど……でも……デルフィヌスのことを好きになったことも……ティアのことだって……それだけはわかってほしいって思ってるんだ。だからせめてもう一度だけ……」
「私は……」
「ロベリアにこんなこと言っても仕方ないかもしれなんだけどね……ははは……でもね?向かい合って話をしたいなっていう……ことなんだけど……どうかな?ティアは僕と会ってくれるかな?」
まだまだ僕自身がダメな奴だって思ってるのが前面に出てしまう伝え方になってしまった。けど、会いたいっていうのは本当に本当の……一番の気持ちだ。
しばらくの沈黙の後、顔を伏せたままロベリアは口を開いた。
「お伝えするだけ……してみます」
「うん……ありがとう。もしすぐには難しいってことでも……僕はいつまでも待っているし大丈夫だって……気軽に伝えてよ」
「かしこまりました……失礼いたします」
軽く会釈をして僕の寝室を出て行った。ロベリアには珍しく、廊下をパタパタと走る音が聞こえた……急いでくれているのだとしても、針のついたままの服を強く抱いていたから怪我がないか心配だな……。
「針……怪我……ぅぁぁ……」
ついさっきの出来事を思い出してしまった……だって、じんわりとまだ痛いなぁっていうのと、じんわり唇の感触が残っているから。
「だめだだめだ……こんな不純な気持のままティアに会うのはよくない!……まだ会えるかわからないけど……」
今日も1日……体も動かしたし……ロベリアの言うように温泉に入ろう。ジュリー……をわざわざ呼ぶまでもないか。僕の身の周りの世話をすることが彼の仕事だけど、自分でできそうなことはやっていきたい。今は祭りの準備で忙しいのもあるし、着替えぐらい僕だって用意できるさ。
できる……。
「よし、これでいこう」
先日新調してもらった新しい寝巻と、お気に入りの下着を抱えて浴室へ向かう。
体を流して、湯ににつかりながら……ぼーっと天井を眺める。
一方的にガンガン話してしまったけど大丈夫かな?とか、去り際のロベリアの様子だとやっぱり会うことは難しいのかなとか。
カイがカイなりにティアを守ろうとしているように、僕は僕なりにどう守っていくべきなのか……とか。
ひとつだけ今、言えることは……
「2度も……形だけの結婚なんてさせたくない……」
シエル辺境伯が最後に自分の気持ちに気付いたといっても、そこからはわずかな時間しかなくて、彼自身もその資格はないと気持ちを押し殺して……旅立ったんだと思う。
だとしたら……
「良かったです。それが分かっているならボクも少しは安心できますね」
「わあっ?!カ、カイ?!なんでここに?!」
考え事をしていたせいでカイが入ってきていることに全く気が付かなかった……びっくりした。
「なんでといわれても……ボクもここで暮らしています。お風呂だってはいりますよ?ね?リリー」
「たまたま時間がかぶっちゃったみたいですねユーステッド様」
「?!」
入浴用の下着を着たリリーまで隣にいる……カイはまだ5歳だもんね、そりゃひとりじゃ入浴は許されていないだろう。とはいえ、僕がいても普通に入ってくるなんて仕事だとしても……って、そんなことより……これは……
……まずい…………とてもまずい。
「カイ、ちょっと……」
「?」
「いいからちょっと僕の方にきてくれ!」
「どうしたんですか?」
「リリーは来ないでいい!カイだけ!カイだけ!!」
向かい側にいるカイだけを呼ぶ。
立ち上がって僕の方に来ようとするリリーを止め、不思議な顔をしながらじゃぶじゃぶと泳いで僕の横に来たカイに耳打ちをする。
「なんですかユーステッド?」
「実は……入浴用のパンツを」
「パンツを……?」
「はいていない。」
「……。」
乳白色のお湯で助かったと思った。もし透明だったとしたら僕はもうリリーと顔を合わせられない……。
「屋敷の者全員が使うところなんですよ……なにしてるんですか……」
「申し訳ない……ぼーっとしてて……」
「はぁ……リリー!申し訳ないけど後ろの壁の方を向いてくれないかな?」
「え?は、はい」
こちらの様子を見ているリリーにカイが指示をしてくれた。助かった。今のうちだ!
「ありがとうカイ!この借りはいつか――」
「……返さなくていいんで早く上がってください」
滑らないように気を付けて急いで浴室をでる。これ以上リリーに僕の変な印象を植え付けてはいけない……時には助け合いも大事だな、ありがとう小さなライバルよ……。
「も、もういいですか?」
「うん、いいよ……」




