ユーステッド、向学す
カイと出会ってから数日経った。あれから僕は起きてすぐに書斎に行くようになった。
あえて残していたのか、本当に片づけをする時間がなかったのかわからないけど、書斎が残っていることに感謝しかない。僕が知らない、デルフィヌスを知ることができるのだから。
幸い、僕の頭の中にある今まで学んできたことは浅いものばかりで、王室で決められていた義務教育の範囲内のことだけだ。礼儀に関しては体が覚えてるから頭のスペースを使うことはないし、興味を引くことに関してはまだまだ吸収する余裕がありまくりだ。
最初に読んだのは国境での戦闘の記録。1ページ1ページ……しっかりと頭と心に焼き付けた。
これは忘れちゃいけない歴史であり、僕もちゃんと受け止めておかなければいけない出来事。戦闘が起こる前の暮らしがまた戻ってきて今があるということをしっかりと刻み込む。
今日は島の歴史や記録が記された本を手に取る。
気候は昔から安定しているんだな。海の……しかも島が集まっている特殊な土地なのに。
もちろん浅瀬と岩礁が入り混じっているので、船の乗り入れは注意が必要で今までも何度か事故があったりも。そこから学び、暮らしを向上させるため航行が安全に行われるように努力し、灯台の管理にも力をいれて……島自体の住みやすさもここからなんだ。
「領民との協力関係がうまくいっていないとできないよね……昔からそうなんだ……」
本当に僕の故郷とは違う暮らしだと改めて思う。
古き良き貴族社会が安定して続いている……といえば聞こえはいいけどね。それこそギスギスとした、裏のある社会でできていたりするから……まぁもう、そんなことは気にする必要はないか。
「『収穫祭で一番の目玉はブドウを―……』へぇ……」
次に手にした本には島で行われる催し物について書かれている。
もうすぐ行われる『収穫祭』と『大漁祭』……仕事納めもあるらしいから、仕事と準備に追われ忙しい中でもこの時期はみんな浮かれてるんだっていう……挿絵もあってわかりやすく、とても愛されている祭りなんだとわかる。
僕も『建国祭』では大はしゃぎしていた記憶があるし、楽しいことは大好きだから……読めば読むほど興味がでてくる。
「港から街の中腹までいろいろな屋台と行商人の露店まで出る……なにが食べられるんだろ……」
「……また食べ物のことを考えていらっしゃるのですか?」
「ロ、ロベリア?!いや、たまたま読んでいたところがそうだっただけで……」
「散歩の時間です。外へ出てください。」
本邸から寝室に戻るまでの時間は1時間もなかったし、ケーキも無くなっていたから、ただ単に外で食べてきただけだと思われていて、その後本を読み漁ってこもっているのを見つかってしまったから呆れられて……勉強していることに対してはなにも言われなかったけど「運動はなさってください。」と。ため息交じりで言われたんだよね……ははは……はぁ。
だから強制的に運動の時間を作ることになった。なんの予定も無いだけましだけどね。
「もうそんな時間かぁ……わかった。行ってくるねロベリア。」
「はい。お気をつけて。」
でも……この時間こそ僕にとって一番の学びの時間になっているんだ。
屋敷から出た僕はまず放牧地のガレフさんのところに寄る。
「こんにちわガレフさん」
「お~……今日もきただだか。毎日飽きないの~」
「僕にとっては初めてのことだから楽しいんだ。今日はなにをすればいいかな?」
「そっさなぁ……牛舎の方の牛っこの寝床さつくってやってくんねぇだだか」
「わかった!やってみる。」
最初こそ変な出会い方だったけど、ガレフさんは僕の「牛たちのことを知りたい!」という申し出に応えてくれて色々教えてくれるようになった。思っていたより力仕事が多くて、パンツもしぼれない僕にとっては大変なことで……最初なんかは「もう帰れぇ」って言われちゃってたけどね。
「いんやぁ~若い使用人さん来てくれてたすかるだだなあ」
「えっと……何度もいうけど僕は……まぁいいや。今日もありがとう。また明日ガレフさん。」
非力なりに効率よくやる方法を考えて、少しずつ時間をかけず終わらせられるようになってきた。ひとつ困っていることと言えばいつまでたっても僕のことを使用人だと思っていること、かな。
牛たちに挨拶をしたら次は港まで下りて行く。
「カーター!いるか?」
「お?兄ちゃん!今日も来たのか?懲りねぇなぁ!」
「今日は3個は運ぶからな!」
「そいつは楽しみだだな!ハッハッハァッ!」
カーターの荷物運びを手伝う。なぁんて偉そうに言ってみたけど……実際、今はまだ足手まといなだけなんだよね……でも、頑張るんだ。あの日以来、来ていなかった港へ久々に下りた時あの晩のことをカーターに謝られたんだ。「下戸だとは思わなかった!申し訳ない!」ってね。僕はよく覚えてなかったけど、毒じゃなかったんなら別にいいと伝えた。笑われたけど……。
カーターの様にいくつもの木箱を一度に倉庫まで運ぶことは出来ない。腕まくりをして、比較的運びやすそうな大きさと重さの木箱を持つ。それでも重くてキツイ……これで少しでも筋力が付けばいいと思って毎日頑張っている。少しずつ、持っていける量も増えてきてるけど……カーター達には及ばず、次を運ぼうと思ったらすでに終わってしまっている。
「今日はここまでだなぁ~……ま、目標の3個は出来ただな!ありがとよ!」
「ちょっと悔しいなぁ……うっし!ありがとう!また来るからよろしくたのむよ!」
最初は筋肉痛に悩まされたりしたけど今はもう大丈夫。帰りの時、たまに食堂に誘われるけど断っている。できるだけ屋敷で食事をとるようにしないと怒られるからね。
「……うなじ。」
ブンブンと顔を横に振って、どこで拡大されたか思い出せないが、急に思い浮かんだロベリアのうなじの脳内イメージを全力で振り払う。
そして最後。ひと通りの『散歩』を終えたら、お気に入りの場所に寄って帰るのが僕の今の過ごし方だ。
「……こんにちわ。」
カランカランと……ドアに付けられたベルの音を響かせ店内へと入った。