ユーステッド、散策す
おかしい……絶対おかしい。
バルコニーで顔を合わせてから数日が経ったのだが……その間一度も彼女は僕の前に姿を現さない。
「なぁロベリア」
「はい?」
「……やっぱりなんでもない」
今日ジュリーは祭りの準備で不在、ティアも同じように準備があるとかで近隣の島を巡っている、とのことだ。もちろん、デルフィヌスのみなが楽しみにしている一大イベントであることは認めるし尽力するのもわかる。僕だってどんな祭りなのか楽しみしているよ。それでも……
「もうちょっと構ってくれても……もぐもぐ……」
「ユーステッド様、頬についてますよ。こちらを向いてください」
「ん……」
ロベリアがそっと、頬に付いたソースを拭ってくれた。
今日も今日とて沢山用意してくれた軽食?を食べている。ベリーソースとクリームがたっぷりかかったシフォンケーキの山と戦っている。ベンもリリーも僕をなんだと思っているんだろう……。
「はい、これで大丈夫です」
「………?」
「どうかされましたか?」
「いや……なんでもない」
カップに新しいハーブティーを注いでくれるロベリア。
気のせいかもしれないけど……違和感というか、既視感があるというか……ティアを見てから、ロベリアがティアに似ているなって感じている。
僕はまだ時間が有り余るほどあるから、日がな一日、シエル辺境伯が残した書斎の書物を読み漁っている。その中に戦術書とか、それに伴った手記もあったんだ。
日記に前妻の名が無かったのは、万が一の時に危険が及ばないようにするためだった、ことだったり、いつ何が起こるかわからないから影武者も用意してた、とかもあった。
停戦したとはいえ日は浅い。影武者を用意しておくことを強く言われていたから今もその習慣が残っているとかかなと……思うんだけど……
ひとつひとつの所作があまりにもきれいで……『影武者として教育されている」と言えばそれまでなんだけど……うーーん。
「……ユーステッド様」
「んぐっ……なんだい?」
「よそ見をして食べるとまた床が汚れてしまいます。まさか作法をお忘れに?」
「ち、ちがう!ロベリアにみと――ぐっ……気を付けます……」
なにを言おうとしたんだ僕は……そんなこと思っちゃいけないし言ってもいけない。ティアにもロベリアにも失礼だ。
……でも、ここへきてから作法なんて気にしてなかったかもしれない。城から離れてからそんなことを言う人はいなかったから……周りに流されすぎているかもしれない。
「もうひとつよろしいですか?」
「な、なんだい……」
「毎日食べてばかりですが……運動はなさっていますか?体を壊しますよ?」
「……していない」
「……」
うっ……気まずい……。
僕だって体を動かさないとまずいかな?と思っているけど残すわけにもいかないし……
「……お散歩でもよろしいのですから運動なさってください。このままでは婚礼の礼装も着れなくなってしまいますよ」
「そうか……そんなことで困らせるのはよくないよね。でも、残すのは……」
「量が多いことは私も気になっていました……料理長に少し控えるようにお伝えしましょうか?」
「あははは……頼めるかな?僕の為に作ってもらったものだと思ってなかなか言いにくくて……そうしてもらえるとたすかる」
「かしこまりました」
書物が面白く、興味を引くものが多かったから時間を忘れてしまっていたこともある。続きが気になるのだが……指摘されてしまうほど運動不足だったのだ、今日は周辺の散策をすることにしようと開いていた本を閉じて立ち上がる。
「少し外に出るよ。ケーキも持っていきたいから、少し包んでもらるだろうか?」
「……運動の意味を理解していらっしゃいますか?」
「……」
ごもっとも……けれどロベリアは、しぶしぶだけどカゴにケーキを詰めて僕に渡して送り出してくれた。
今日も今日とて天気がいい。
外に出たのは久しぶりだ……自堕落にしていたとかじゃなくて単純に読み物に熱中してしまった結果だったのだけど……久しぶりに感じる直射日光は少し堪える。
放牧地を見ながら下るのもいいし、ピクニック気分で本邸側にある林にいくのも……と、伸びをしながら考えていると……塀で囲まれた本邸の中庭から物音と人の気配があることに気付いた。
「間違って入らないように」……と、言われてはいるけど「間違えなければ入ってもいい」ってことであってるだろうか?
一番の男手といってもいいだろうジュリーが今は不在だ。もし不審者でもいようものなら問題がある。非力な僕でも、大声を出すことくらいできる。
本邸の門は開けられていて開放されている。仕事場で来客があるのはここ数日で僕も何度かみかけたことはあった。そこまで警戒していないのは領民を信頼している証なのだろう。
でも、今日はティアは不在なんだ。それなのに誰かがいる気配があるのはおかしい。そっと……木の陰から中庭の様子を確認する。そこにいたのは……
「……なんだリリーだったか。」
「ゆ、ユーステッド様?!なぜこちらに?!」
「え、いや……今日はティアもいないはずなのに物音がしたから……」
白いテーブルと椅子が庭の真ん中に設けられた広々とした庭。青々と茂る芝生が綺麗に整えられている。リリーは建物側に綺麗に並んでいる庭木の手入れをしていたようだった。それにしても驚きすぎではないだろうか?すぐ隣なのだし、こうやって顔を合わせてしまうこともあり得るだろうに。
「だ、だめです。こちらは、えっと……大事な……ティア様の……なんだっけ……あ、仕事場でしてっ」
「それは聞いてるよ……そんなに困らなくても……」
「と、とにかくまだこちらに来てはだめでして……あ」
なんだろ。ティアの仕事が落ち着いてからとか、婚礼を終えてから、とか……タイミングをみて案内してもらえるとかだったのかな?……僕がまだ知ってはいけないなにかがあるのなら邪魔しない方がいいのかもしれない……そう思って庭を出ようと振り返った。
「え……っと……?」
「リリー?こちらの方はもしやユーステッド様?」
「……はい……そうです……カイ様」
僕の身長の半分くらいの男の子がいつの間にか後ろにいて……目が合った。
「申し訳ございません……私の不注意で門を開けたままに……」
「隣同士で暮らしているんだ、そのうちこうなっていたと思う。会ってしまったのなら仕方ないよ。君が悪いわけじゃないから。リリー、気にしないで」
……やけに大人びた言葉遣いをするその子は……僕なんかより……よっぽど王太子のようだった。




