ユーステッド、探検す
ハーブティが美味しい……いや、もちろん菓子も絶品ではあるのだけど……。
寝室のテーブルに用意された大皿に乗ったクッキーとマフィンの山に僕は絶望していた。
リリーがどういう風に料理長に伝えたのかわからないが……食いしん坊だと思われたのは間違いないだろう。だとしても、この短時間でどうやって用意したんだ……。
残すのは悪いし……どうしよう……
「そうだ。半分……ティアの分として用立てしてもらえないだろうか?視察から帰ってくるなら疲れているだろうし、甘いものが欲しくなると思うんだ。」
「まぁ……!お優しいんですねユーステッド様。かしこまりました、おまかせください!」
突然キラキラしたぞ……僕、変なこと言ったかな?ただ食べきれる自信がないからってだけだったんだけど……まぁいいか。結果的に良い印象を与えられたようだし、女辺境伯も僕を気の使えるいい男だと思って考え直してくれるだろう!
「え……それだけ?」
「そうですよ?ティア様は少食ですので、ユーステッド様のようにたくさんお召し上がれになれないんです。」
小皿に分けたのは4枚のクッキーとマフィン2個……残りは1日かけて食べきるしかなさそうだ。
「おかわりが必要でしたらおっしゃってくださいね。今日は厨房で手伝いをしていますので。では、ごゆっくりおすごし下さい。」
『おかわり』という言葉がこれほど恐ろしい言葉に聞こえたのは初めてだよ、ありがとうリリー……ゆっくり、か……確かに、やっと落ち着けた気がするな。
「さて……少し荷物の整理をしようかな」
衣服以外のものはほとんどカバンに入れてこなかった。まぁあの時は悔しい思いでいっぱいで、がむしゃらに詰め込んでただけだったし……確か羽ペンだけは入れていたな。
小さい頃から使っていて思い入れのある物のひとつだ。母上に手を引かれて散歩をしている時に、空から降ってきた大きな渡り鳥の羽だ。羽のところは少しみすぼらしくなってきてしまったかもしれないが、ペン先は替えて使っているから今でも十分使える。
あとで手紙でも書いてみようかな?とりあえず……友人に。
内容はそうだな……無事に到着したことと、屋敷の使用人の話……うんうん、そうだそうだ!ここにも妹のような子がいることとか……
『おーっほっほっほっほっほ……』
思い出したら悪寒が走り、甲高い笑い声が脳内で再生された。
……確かにあいつの妹は僕にとっても妹みたいな存在だったけど、リリーの様に素直でいい子とはまた……やめだやめ!生存報告だけにする!
「よかった、まだペン先を変えなくても良さそうだ……あとはインク……どこかの部屋にあるかな?」
インク探しのついでだ、僕が使うことを許されてる部屋を見て回ってみよう。これから生活していくってなったら物も増えるし……なんだか秘密基地が作れるみたいで楽しくなってきた。
屋敷の中央から外側に向かってひとつひとつ、扉を開けていく。
最初と2番目はキレイに空っぽで、3番目は木箱が2箱積まれているだけだった。いくつかの部屋は片づけが終わっているみたいだ。
次の扉をあけると……窓以外の全面の壁に本棚があり、びっしりと本で埋め尽くされていた。
「これは……書斎?すごいな……デルフィヌスの歴史の文献、過去の政務の資料……ふっ……お堅いものだけではないみたいだ」
端から背表紙を辿っていくと、面白いタイトルも目に入ってくる。分厚く小難しい本や資料の隙間に大衆小説も並んでいた。冒険譚もあれば恋愛小説まで並んでいる。これも領民との距離を近く保つための勉強なのだろうか?
「……え」
不自然に飛び出ていた本を手に取ると、後ろに張り付くように落ちている物を見つける。
「……人の日記を読むのは悪い事……なのだろうけど…………」
手を伸ばして取ったそれは、少しボロボロになった日記帳だった。
書いたのは『シエル・デルフィヌス』?前の辺境伯の手記か?
「『穏やかに続く春、このまま続けばいいと思った。神は俺の祈りを聞き入れず、妻の命を――』……」
パラっとめくったページに書かれた文章はとても悲しい内容だった。このまま読み進めるのは気が引けるのだが……書かれた日付を見ると5年前の出来事。何十年も前というものではないのが気にかかった。
「……シエル辺境伯、申し訳ないが……拝読させていただく」
無意識に礼をし、日記帳を持ち出して寝室へ戻る。行儀が悪いと言われるかもしれないけど菓子の消費の手助けにもなるだろう。クッキーをかじりながら読み進めていく。
日記の書き始め自体は15年前。彼が辺境伯としてこの屋敷で新たなスタートをきった時からだ。
当時のデルフィヌス家の長男として生まれ、領民からも両親からも愛されながら育ち、辺境伯となってからも順風満帆。ジュリーの言っていた収穫祭のことも書かれていて、忙しくも平和に過ごしていたようだ。
「国境での戦闘……?」
10年前に隣国と一時的に戦争のようなことが起きていた……?
『領民の命を守るため、私は前線へ。こんな時期に嫁ぐことになってしまった妻に申し訳がない。心配をかけてしまうことになるが、必ず帰るよ。』
『デルフィヌスの民には感謝しかない。体もそうだが精神的にも屈強な男たちだ。みな私と同じように守るものがあるからこその強さだろう。もう少しで終わるはずだ。さぁみんな!一緒に帰ろう。』
『一時的に屋敷へ戻ることができた。愛しい妻よ、私は無事だ。どこへ行こうとも、必ず帰ってくる。』
『また離れることになった。短い……わずかな時間しか共にいられない私を許してほしい。』
僕の故郷は改めて恵まれていたのだと感じるし、『野蛮』な話題は基本的に僕の耳には入らなかった。甘やかされていた……ってことなのだろう。世間知らずにさせられたのは僕のせいじゃないと思いたい……。
『献身的に訴え続けた私と領民の言葉と態度が実を結び、停戦が結ばれた。無意味な戦いがやっと終わる。さぁ帰ろう愛しい者たちの元へ。』
6年前に停戦……?こんなにも最近のことなのに……例え遠く、関わりの浅い国の話だとしても知らなかったなんて……。
『産後の容体が良くないらしい。元々体は丈夫ではなかった。またあの海岸をふたり並んで歩けることを私は願った。』
次のページの内容はさっき僕がたまたま開いたあのページ。そこからしばらく書かれておらず、数ページの白紙が続いた。
『子供の為という理由で新しい妻を迎えることになった。名はレシュノルティア。』
レシュノル……ティア?




