ユーステッド、隠蔽す
あれからどれくらいの時間が経ったのだろうか……
「それからそれから!こっちは傷薬としても使えて――……」
敬語もなくなり、まるで無邪気な子供のような話し方になっている。まぁそれはいい……ジュリーなんか敬語なのかもわからないし。でも不思議だ……王太子として城にいた時は、こんな話し方を召使や従者にされれば不快に感じてしまっていたのに……。
諸国巡ってそれなりに色々な経験をしてきたと思ってはいるが……長年過ごしてきた王太子としての思考や振る舞いは体に染みついているし、そうそう抜けるものじゃないはず。
どこか……ホッとしているような……
「ユーステッド様~!ここにいたんすね!」
「ジュリーか、どうした?」
「ひぇ?!ジュリアンさん?!」
ジュリーが抱えているのは僕の持ってきた衣服だろうか……また勝手にあさったのか……彼は主従関係というものを理解しているのだろうか……。
「昨日地面に散らばって汚れてるって聞いたんで天気もいいので一気に洗っちまおうと思ったんすよ。もし他にあるならっと……リリーちゃん!おはよう~!」
「お、おはようございます……」
「それはありがたい事なのだが……あっ!アレも持ってきたのか?!」
そうだ、他の荷物の心配よりパンツが大事だ。
「もちろんっす。さすがにこれは……ねぇ?」
「あれってなんですか?」
「り、リリーは興味を持たなくていいよ?!」
アレ、という言い方をした僕も悪いが……ジュリーも意味あり気な返事をするからリリーが興味持っちゃったじゃないか。どうにか回避する方法は……
「あ、そうだリリー!軽食を作るように言ってきてもらえないか?」
「え……先ほど食べましたよね……?」
まるで僕が食いしん坊みたいに思われてしまう……いや、今は僕の尊厳とパンツを守ることのが大事だっ!
「えっと……あー……甘いもの!君のハーブティに合うような甘い菓子等用意できるのであればいただきたいなと!」
「そ、そうですか?わかりました、お部屋にお持ちしたらよろしいですか?」
「あぁ、よろしく頼むよ……」
彼女のハーブティを望んだこともあり、嬉しそうに厨房の方へかけていく。ギリギリセーフだ……これ以上女性に僕の恥ずかしいところを見せるわけにはいかない。
「いくぞジュリー!」
「どこへっすか?」
「それは僕が洗う!洗い場はどこだ!」
「あっは~ん?わかったすわかったす……うんうん……」
その「なんでもわかってますよ」みたいな顔はやめてほしい……本当に想像しているような事なんてなにもないんだ……
屋敷の中を通って使用人の住居のある1階から、中庭に出る。
そこには泡の立った大きな桶が用意されていた。ジュリーはそこにドサドサと服を入れ、手慣れた様子で洗い始める。
「本当にやるんすか……?ユーステッド様は……」
「……うん、やる」
「ティア様に怒られるかもしれないんっすけど……」
「黙っていれば大丈夫だし、パンツ1枚だけだ……だから、ジュリーもこのパンツのことは内緒にするんだぞ?」
「交換条件すね……わかったっす、男同士の秘密っすねっ!」
もっと格好いい秘密を抱えたかったが仕方ない……パンツを守るた……ちがった、僕の尊厳を守るためだ。
必死だったとはいえ僕がこんなことをすることになるとは思わなかったが……おそるおそる泡の中に手をつっこむ。
「っ!つめたいな……」
「洗濯は基本水っすから。大丈夫っすか?」
「だいじょうぶ、やれる……っ」
……なんでここまでしようと思ったんだろう。「丁寧に洗ってこい!」と言えば済む話ではあった。
さっき、リリーを見て思った感覚と同じような感情が心にある……なにかはわからないけど、それが勝手に僕の体を動かしてるというか……いやな気持じゃない、何故だかほわっと感じる不思議な気持ちだ。
「あーちょっとユーステッド様、それじゃびちゃびちゃでいつまでたっても乾かないっすよ?」
僕が一生懸命しぼっていた洗い終わったパンツを強引に奪って、もう一度しぼるジュリー。ジョボボボとすごい勢いで水分があふれ出た。僕はここまで非力なのか……。
パァンッ!と勢いよくパンツを広げると、シワも汚れたアソコもきれいになっていた。母の刺繍がきれいに日の光を浴びている。他の服も洗い終え、ジュリーがロープを張る。風を浴びて洗濯ものたちがひらひらと、とても気持ちよそうに揺れている。
やり切ったぞ!と、なんだか誇らしい。
「夕方までには乾くと思うっす、安心してくださいっす!」
そうだな、回収までが取引だしな!
「ユーステッド様はこの後の予定とかあるんすか?」
「いや……特にこれといってやることはないけど……しいて言えば散策……とか?」
「あ~そんなこと言って、ティア様のところにどうやって夜這いに行くか調べるつもりなんでしょ~?」
「そ、そんななななわ、けあるか!僕はそんな事すりゅようなドスケベ男じゃないぞ!」
「ほんとっすかぁ?噛んでるし怪しいっすねぇ……」
なんでだ?そんなにスケベそうに見えているのか?それとも、ここには夜這いの文化が悪習で残っていて警戒されてるのか?どちらにしても、もっと言い方というものがあるだろうに……!
「あ、そうだった」
ジュリーが重要なことを言い忘れていたらしい。
僕が使える他の部屋をどうするのかという話だ。
まだ片付けの終わっていない部屋もあるようで、すぐ使用するのであれば優先するらしいのだが、後回しでいいということであれば、来月に控えている『収穫祭』の準備をするようにと言われていたとのことだ。
「収穫祭?」
「そうっす!我が領で行われる大きなお祭りのひとつなんすよ!その次の月には『大漁祭』もあるんでこの時期は結構みんな忙しいんっすよねぇ」
デルフィヌスの領民が楽しみにしている盛大な祭りらしい。
『収穫祭』はその年の農作物の収穫を祝うのと、ワインの醸造を始める記念の祭りで、『大漁祭』はその年の漁が安全に終わったことと次年度の大漁と安全を祈願する祭り……仕事納めの祭りでもあるんだそうだ。
「今年はユーステッド様もいますし、自分はきっと一味違った祭りになるんじゃないかってワクワクしてるっす!」
「そうか……それは楽しみだ……だったら、部屋の方は後回しで構わないよ。祭りの準備にいっておいで」
「わかったす!ユーステッド様はゆっくり部屋でくつろいでいてくださいっす!」
ルンルン気分で大きな洗濯桶を肩で担ぎ、去っていくジュリー……祭りの準備なら、力仕事もあるだろうし彼の力は必要だろうな……。
「さて……僕はどうしようか……」
「ユーステッド様~お茶の準備、できましたよ~」
頭の上からリリーの声がする……しまったな、忘れていた。
これは自分が撒いた種だ……僕はまだまだ苦しいお腹をさすりながら、リリーに返事をして寝室へ向かう。




