プロローグ
初の悪役令嬢系ですが、スポットを当てるのは悪役令息になります。お楽しみいただけたらうれしいです。
「今日は記念すべき日となる。」
意気揚々と夜会の行われている煌びやかな会場へ入場し、鼻息大きく中央へ歩みを進める。
アリーズ王国の王太子、ユーステッド=フォン=アリーズは、片腕に美しく着飾った華奢な体形の少女の肩を抱きながら、派手な扇を手に添え待ち構えている黒髪の美しい少女の前に立つ。
「ごきげんよう殿下」
ドレスの裾を上げ、お決まり挨拶をする令嬢の名はアリアンナ・カネス公爵令嬢。
「ふん……よく顔が出せたものだなアリアンナ。」
「……招待なさったのは殿下でございましょう?お忘れになったのです?」
「そういう意味ではない!自分の立場をわかっているのかと言っているのだ!!!」
声を荒げ、フロア全体に響き渡ったユーステッドの声に招待客たちはざわつき、優雅に流れていた楽団のダンス曲の演奏も止まった。
「いやですわ殿下……そのように大きな声を。わたくしの立場……とおっしゃいまいしたか?……それは貴方の婚約者ですもの。この場にいない方がおかしいのではなくて?」
婚約者として夜会に出ることは当然のこと……招待客たちもアリアンナの言葉の正しさに頷いている。
「婚約者だと?エリカに対して散々な仕打ちをしておきながら今も平然と婚約者気取りとは相当図太い神経をもっているようだ。あぁ……そうでなければそんな気取った顔でここにいるわけもないか?はははははは!!」
「……ユーステッドさま……私……」
「そんな悲しい顔をしないでくれエリカ。今からこの諸悪の根源に――」
「アリアンナ様を悪く言わないでください!!」
「……へ?」
思いもよらなかったのだろう。ユーステッドに肩を抱かれていた少女、エリカ・レプス嬢は彼を突き飛ばして、アリアンナの元に駆け寄る。
無様に尻もちをつき、唖然としたままアリアンナの腕にしがみつくエリカを見上げた。
「アリアンナさま……怖かったです……」
「ごめんなさいエリカ……あとでゆっくり……ね?」
状況が飲み込めないまま、立ち上がることができないままでいる。
「先ほど「婚約者気取りの悪逆非道なバカ女」だとおっしゃいましたわよね?そののままお返ししますわユーステッド殿下?」
「え……いや……そこまで言ってない……」
「勘違いなさっているようですけれど……エリカ嬢とわたくしは大の仲良しですのよ?どこの誰に何を吹き込まれたのかわかりませんけれど。殿下の方こそ……わたくしに……わたくしの生家に対しても行った非道な行いの数々……とても王太子とは思えない振る舞いをしていたのは殿下ではなくて?!」
「ぐっ……」
覚えがあるのだろう、言い返す言葉が見つからないユーステッド。
「まったく情けない……この程度言い返されたくらいで何も言えないだなんて……わたくしも何故こんな殿方を慕ってしまっていたのか情けなくなりますわ……ねぇ殿下?エリカの前で格好つけて言い負かした後……わたくしに対してこうおっしゃりたかったのでしょう?」
「……!や、やめろっ!」
ユーステッドの眼前に扇を突き立て、アリアンナは声を上げた。
「願ったり叶ったりですわ殿下……こちらから婚約破棄を申し上げますわ!!」
時が止まったように、静まり返る夜会会場。2階にある王室の観覧席から聞こえてきた声で、再び時が動き出した。
「アリアンナ公爵令嬢。その発言……偽りはないな?」
国王の威厳ある太い声がフロアに響き、それに応えるようにアリアンナは姿勢を正し、国王に向かって礼をする。
「ち、父上……」
「ユーステッドの今日までの振る舞いは耳に入っておる…アリアンナ嬢。まずは詫びよう……申し訳なかった。まことに恥ずかしい限りだ。」
「父上!!」
「黙らんか!このバカ息子がっ!」
「ひっ……!」
一喝されたユーステッドはさらに縮こまって動けなくなってしまった。
「勝手な申し出ではあるが腐っても我が息子……こやつの処分はこちらに任せてもらっても良いだろうか?」
「えぇ構いません。むしろ有難く存じます。わたくし……この方と金輪際!関わりたくありませんの。」
「うむ。そなたの悪いようにはせぬ。しっかりと躾をし直すことを誓おう。」
冷たい視線が会場全体からユーステッド突き刺さる。王の言葉とあれば、もう逃げることもできない。
「さ、参りましょうアリアンナさまっ」
「うふふ。そうね。こんな時間だけれど美味しい焼き菓子を用意していますの。勝利の美酒ではないけれど……一緒に頂きましょうエリカ。」
アリアンナとエリカは夜会会場から消え、残った招待客も一人、また一人と会場を後に。残ったのは噂好きの少数のマダム達程度。
「ユーステッドよ。」
「は、い……。」
なんとか立ち上がったユーステッドだったが……
「お前の王位継承権ははく奪。今後アリーズの姓を名乗ることを永久に禁じ……国外追放とする。」
「は……なぜ……そこまでの仕打ちを……!」
「王家に泥を塗ったのだ。首を跳ねられないだけありがたいと思えユーステッド。」
「で、でも……」
言い渡された処分に対して絶望し、納得がいかず頭を抱える。王室からの追放のみならず、国にいられないとなれば、未だ世間知らずであるユーステッドは…生きること自体が難しくなる。
「アリアンナ嬢に甘いと言われるかもしれぬが……最後の情けだ……『躾のし直し』の名目で嫁ぎ先は確保をしてやろう。よいな?」
「と、つぎ、先……?」
国王も息子の失態と恥を共に背負うことを選び、最後に言い渡した『躾』、それは……
「デルフィヌス辺境伯領へ婿入りすることを命ずる!」