この日が誕生日でない人の誕生を祝うなら、一緒に世界中の人の誕生も祝ったらいいんじゃない、と彼女は言った。
那賀建が言った。
「愛未ちゃん、クリスマスはイエスの誕生日じゃないって知ってた?」
「え、知らない。」
「彼の誕生日は分からないけど、誕生を祝う日を作ろうとして冬至に祝う事にしたらしいね。」
「そんないい加減な...」
「教会としてはお祭りで宗教を盛り上げようという狙いがあったんじゃない?」
「初詣で盛り上がるみたいな?」
「初詣は鉄道会社のセールス活動だそうだよ。」
「ああ、あれね、初詣はXX電鉄で、って。」
「そうそう。」
愛未は母子家庭に育つ高校生だ。
母は長期出張で、長期休暇も家に帰らない。
那賀建は自称、国津神の子孫だ。
でも姿は子狐。
生まれは応仁の乱以前で本当は爺さん狐なのだろうが、
弱っていた所を愛未に拾われて一緒に暮らしている。
「クリスマスなのに東ヨーロッパもパレスチナも血なまぐさいままだよね。」
「東欧は一頃共産主義だったから、神も仏も血も涙もないんでしょ。
ほら、モスクワは涙を流さないとか言うじゃない。」
「そんなの知らない...」
「あと、パレスチナはムスリムとユダヤ教徒だから、
ローマカトリックのクリスマスは知らんぷりしていいんじゃないかな。」
「絆創膏みたいな名前のグループの歌が今頃になると毎年かかるけど、
彼らはクリスマスって事を知ってるの?みたいな歌詞があるよね。」
「それって確か英語の歌だから、古代大和人の血をひく僕には分かんないよ。」
「クリスマスに誰かの為に祈るなんて難しい、とか薄情な歌なんだけどね。」
「今は只のお祭りなんじゃない?
博愛主義なんて上辺だけだしね、欧州人は。」
「日本も最近は薄情だけどね...
うん、クリスマスだから他人の為に詩を考えよう。」
「マカハンニャハラミタ...」
「何それ?」
「お経。」
「とりあえず三国一のお坊さんに用はないです。
化け狐を払ってもらう予定はないです。」
「止めて、泣いちゃうよ。」
「うーん、世界の皆さん、おめでとうを言いましょう。」
「詩の話?」
「うん。」
「続けて?」
「富める人も貧しき人もお祝いしましょう。
病める人も健やかなる人もお祝いしましょう。」
「何か誓って良い?」
「茶々入れないで!
宗教が違っても、国籍が違っても、お祝いしましょう。
黒人でも白人でも黄色人でもお祝いしましょう。
暴力主義者でも平和主義者でもお祝いしましょう。
あなたが生まれてきた事を私は知らないけれど、
きっと誰かが知っている。
貧しくて死んでしまっても、煙突からお金が降ってきて助かっても、
屋根に爆弾が落ちて死んでしまっても、
命からがら助かっても、生まれてきた事をお祝いしましょう。
一緒にお祝いしてみれば、きっと少しだけ親しくなれる。」
この娘も、分かっているんだね。
言葉じゃ暴力を止められないって。
この娘に父が居ないからっていじめた子供が居る様に、
人々は誰かを貶める事が大好きだ。
それが人の業だ。
人は基本的に隣の者よりイイ目を見たい。
だから他人から奪うし、犯すし、殺す。
ムラ社会だと共同体を守る為にルールに従い、
横並びにしようとするけど、
基本は上下社会なんだ。
隣の共同体は憎み合う運命だと地政学は言う。
人種差別もだから無くならない。
「お誕生おめでとう。
救世主のお誕生を祝う日に
皆のお誕生を一緒に祝おうよ。」
この娘は望みを抱いていない。
望みなんて叶わないって経験的に知っているんだ。
でも願わずにいられない。
得られないから願わずにいられないんだ。
自分の誕生を親は喜ばなかった。
だから愛されないって知っている。
愛されないのはまだ良い。
誕生を祝ってもらえない、というのは生きている意味が無い事だ。
誰も私を望んでくれない。だから生きている意味がない。
...大人なら生きてる意味なんてないって知っている。
だから刹那的な喜びを追求する。
酔いだくれ、無駄使いをし、命が燃え尽きるまでの時間を浪費する。
まだそんな風に枯れてしまえない。
親に望んでももらえないなら、
僕が望みを叶えよう。
こうして出会って一時を一緒に過ごすだけの僕らだけど、
お互いの心を少しだけ、一瞬だけかもしれないけど、
温める事ができる、
それが思いやりってもんだ。
「愛未ちゃん、お誕生おめでとう。
君の人生を祝福するよ。」
「えへへ、ありがとう。
建くんもお誕生おめでとう。
いつ生まれたか知らないけど。」
「うん、僕も知らないけどね。」
クリスマスの話を書きたかったけど、それっぽい温かい話が書けなかった。
…主人公の名前を間違っており、急遽訂正しました。
8ヶ月経ってもまだ飽きずに連中はやっております(2024/8/26)。