ドラムロールのビートにのって、オレは缶コーヒーの中で営業スキルを武器に戦う 011
「あったわ」
個性的な外観のセダン車が路地を一本入った側道に停められていた。
ベレー帽を被った男が、姉を乗せたセダン車に間違いなかった。
莎等は少し離れたところから、莎等の姿を見られないようにセダン車内の様子を窺った。
莎等の技能である『察知』は、能力者が能力を発動させた形跡を可視化できるものだった。
しかし、あくまで見えるのは能力の発動した気配であり、能力者が能力が発動しなければ、莎等は能力者がどこかを識別することはできなかった。
「車内には・・・いないわね」
姉を誘拐した能力者の能力の気配はセダン車の周りに漂っているものの、姉も能力者の姿もそこにはなかった。
しかし、これまでの経験で莎等は能力者がセダン車の中で再び能力を発動したことを理解した。
「誘拐魔の能力の継続時間の限界は30分ってところね」
姉に声を掛ける直前に発動させていた誘拐魔の技能は、住処の近所で効果が切れかかったため、ここで再び技能を姉に対して発動させたのだろうと思った。
「おそらく相手の技能は『誘惑』(テンプテーション)の類に間違いないわ」
誘拐魔の能力の残滓から誘拐魔の技能発動可能容量はそれほどあるわけではないと予想した。
「技能効果対象者が単体のみか、複数人でも効くのかは運に任せるしかなさそうね」
莎等は周囲に人の気配がないことを確認して、停められている誘拐魔のセダン車に近づいた。
莎等はセダン車の窓から中をのぞいた。
キレイに片づけられ、ゴミの類は一切なかった。
「神経質そうな性格をした持ち主みたいね」
車の中からは誘拐魔の居場所の手がかりとなるようなものは見当たらなかった。
莎等は『察知』の技能を重ね掛けした。
運転席から降りた位置から、どの方向に誘拐魔が歩いたかを察知しようとした。
「こんなところにおったのか」
莎等のことを心配して探しに来たのか、老紳士が近づいてきた。
「阿蘭は?」
老紳士だとわかると莎等はそう問い掛けだけをして、視線はそのままで、誘拐魔が歩いただろうと思われる方向を観察し続けていた。
「ああ、あの男は君が居なくなるから、とりあえず車の中にもう一度寝かせておいたよ」
「そうなんですね」
莎等は集中するあまり、気もそぞろだった。
「あの男・・・阿蘭というのかね?」
「え?」
莎等は自分がつじつまの合わないことを言ってしまったことに気がついたが、それは老紳士の振り上げたステッキが、莎等の後頭部に振り下ろされ、意識がなくなる直前だった。