97 力の学習能力
大房で襲撃をしたアンドロイド、5機はまだ特定発見できていない。
シェダルは現在も継続して治療をし、昏睡から覚めてはいなかった。
それでも響も退院し、一旦日常に戻った。
「それで、あのウヌクさん。ありがとうございました。」
朝の寮の外で、響がムギを横に連れてお礼をする。運動をしないので久々に眼鏡にしていたウヌクは思わぬ訪問に歓喜していた。
響はあれから初出勤で、今日は午前の半日だけにしている。こういう時、ベガスの病院は融通が利くので便利だ。
「え?いいってば。被害にあったのはお互い様だし。」
「でも、まだギブスしてるじゃないですか……」
「響さんもまだシート貼ってるし。」
ハイネックの上から少しだけ見えるシート。
「もう傷も見えないしほとんど大丈夫です。それでこれ、腕も大変だと思うので。」
響が渡した紙袋の中には、間食や栄養剤、湿布、サポーターなど入っている。
「マジ?超うれしい……。先生に貰ったものなら何でもうれしいけど。」
「重い?部屋まで持って行ってくれる人呼ぶ?」
「大丈夫!」
「………。」
怪訝な顔で、そのやり取りをジーと見ているムギ。
「なに?チビッ子。」
「ねえ響。湿布なんてさ病院で言えばいくらでももらえるのに。こんなに気を使わなくていいよ。」
「……普通の湿布じゃなくてリラックスや疲れの緩和にもなるのだから。」
「ウヌクにそんな物要るわけないよ。アーツ男子だよ?ウヌクだよ?」
「チビッ子、嫉妬しないでくれる?大人の世界にフライング?」
「ほら響!こいつ調子に乗るから!」
「あ?なんだ??ウヌク。何でお前が朝っぱらから響先生脅してんだ??」
そこに現れたのはキファ。あの信用ゼロのウヌクが、朝からガードが固すぎる女子に囲まれているのだ。見逃せるわけがない。
最近アーツの溜まり場には顔を出さなかった響が、なぜわざわざウヌクと話しているのだ。
「……朝っぱらからうるせーのはお前だろ。俺がこのチビッ子に脅されてんだよ!」
「はぁ??チビッ子じゃないし!キファもあっち行け!」
この集まり、目立ちまくっている。
チコの左大臣右大臣に、現在アッシュブルー頭のキファ。そして、モアに次ぐアーツ限界点の男、ウヌク。まともじゃない。しかもウヌクとキファは仕事以外は、こういう時しか会話がないのだ。
「あれ?おはよう。響さん、生き返ったの?」
よけいな言い方をしながらファクトまでやって来た。キファがいるので、響まで入院していたと知れたらややこしいため、敢えてそう言ってみたのだ。
「………。」
が、キファはよけいに怪しんでいる。これではまるでまたトリップから目覚めなかったような言い方だ。
「おはよう、ファクト。」
「ムギもおはよ。」
「ファクト、キファとウヌク見張っておけよ!」
敵意むき出しのムギをファクトは無視するが、ウヌクは気が付いてしまった。
「……そっかー!俺、もう響さんと運命を共にしてんじゃん!」
それまでまじめにしていたが、ウヌクなのでやはり地が出てしまった。いらぬことを言う。
「センセー!食事しません?こっちも謝りたいことがあるし夜どうですか?うち来ます?」
時々帰る自宅に誘う。
「……ウヌクのアホ!」
ムギが怒る。
「あ?もしかしてまた何かあったのか??チビッ子!なんで俺を呼ばないんだ!!」
キファも怒る。
しかし冷静な響。
「行きません……。でも、ウヌクさん、しばらくは無理をしないで下さいね。」
「え?めっちゃ気い遣ってくれる!俺、もう何もしません!響さん、ただ膝枕してください!!」
キファを煽るように言う。
「あ??何があったんだ!言え!!こいつ無理しないって、普段から何もしていないだろ!!」
「それはてめーも同じだろ?人生の先輩に逆らうな。ああ??」
「………。」
あほらしいので、無言で響を引っ張って行くムギ。
「…響、本当に大丈夫?仕事行ける?」
「うん。」
「なんかあったらすぐ連絡してね。」
「うん。」
「………じゃあ、響をよろしくね。」
ムギはシャールルという、一般女性型護衛アンドロイドに響をお願いする。響より少し年上に設定されたシャールルは軽く頭を下げた。響の友達と思われて、行き交うアーツや南海メンバーに礼をされながらここを離れた。
この件を後日に知ったチコは、かなりショックを受けていた。
SR社でも一連の件がはっきりするまで、シェダルの義体を常時強化型にする話が出てきた。本来、人を襲ったり犯罪を行った人間には採用されない。
しかもシェダルの場合、一度許された後だ。
でも、シェダルには響やファクトたちとこれまで築いて来た信頼関係があった。
そして弱いと利用される。強くてもされるが、シェダルの場合完全に力で抑え込まれた。
自分たちの造った義体を体から取られてもギュグニーはシェダルを離さない。
シェダルがチコと血縁ということと、優秀なパイロットということが利用できるからだろう。
そして響のようには扱えないが、もしシェダルがDPサイコスターの要素を持つと認識されたら………。
危険だ。
シェダルをコントロールできなくでも、ギュグニーは好きなように利用するだろう。最後にシェダルが自滅しても構わないのだから。
状況証拠や説明、本人の経過見と共に、東アジアは調整の再検討に入った。
***
「シェダル………。」
シェダルが眠る第Ⅳルームでシリウスは眠るその顔を眺める。
「あなたはいつも私を苦しめるのね………」
そっと呟いてその頬を撫でた。
そしてシリウスはドアの向こう側を眺める。
ずっと、ずっとその先を。
***
午前の仕事が終わって、響はファクトとお昼を食べる。心配なムギも横に付いていた。
医大があって研修医も多いため、交代要員が多くて助かるのである。
「響さん、シェダルどうするの?この前のまま?」
「……まだ私の能力も、前と同じかもどこまで戻ったか分からないし……。」
温かいスープのカップを見ながら響はじっと考える。
「…………」
シェダルは深層の世界から自分で浮き上がってくるだろうか。その時、シェダル自身は大丈夫だろうか。響を襲ったのは意図したことではない。
響としては、大丈夫だとは思う。シェダルには足場がないだけで弱いわけではない。
ただそう、足場がないのだ。
子供の時からシェダルにはこの社会に、人との関係に自分の位置がない。
チコも立場的に、彼の直接の支えにはなれない。
ファクトはどこまで支えになれるだろうか。
響は、シェダルの好意が分かっているので、距離を失うことはできない。
もし響が手を出してしまったら………、それは相手の情に対して責任を持つということになるだろう。
「シェダルはね。大丈夫だと思う。安定性の方は。でもシェダルのこれからが何も決まっていないから、きちんと位置は与えた方がいいと思う。安定した環境とするべきことがあるだけで、人間は全然違うから。」
「今度俺がDPに入ってみようか?」
「………。」
という会話を、ココアを飲みながら聞いていたムギが切なく言う。
「……ねえ?なんで響とファクトはそんなにいろいろ共有し合ってるの?私、シェダルのことも能力とかのことも何も知らないんだけど…。」
ムギに注目してしまう響とファクト。
「だってムギは全然ベガスにいなかっただろ?」
「まあそうだけど。………そうなんだけどさ。」
「………。」
「私もその能力とかいうの身に付けられないかな?」
「……へ?」
「響の能力はDPサイコスでしょ?」
ムギは基本的な部分だけは軍で習っているし、ガジェに聞いて知っている。
「いいよ!ムギまでそんな危ない橋を渡らなくても!!」
響は望まない。
DPサイコスは特殊かつ、非常に不安定で危険な能力だ。
「俺も、響さんなしだと危ないんだけど…。」
そうして少し考えるファクト。ムギになら言ってもいいだろうと勝手に判断して話を進める。
「あの鉄仮面社長ですらコントロールできないのに。」
「……シャプレーも使えるの?」
「最近使えるようになったけど、響さんとは全然違う。深層世界を開けられて、そこが見えるだけらしい。」
「お化けが見えるの?」
何が見えるのかよく分からないが、霊でも視えるのだろうかとムギは考える。
「………まあ、お化けも見えるかもな。見えるというより、その世界を眺めているって感じ?」
死んだ人の心理層にも入れるのだろうか?そう言えば今までそれを確認したことがなかった。我ながら考察が浅い。
「響さん。死んだ人の中にも入れるの?」
「霊であっても、そこに意思が存在していればね。なので、入れるという結論かな。」
見たこともない女性は死んでしまった人なのか。それともどこかで生きている人たちなのか。
頬杖を付きながらさらに考える。
あのストレッチャーの人。考えてみればカストルは知っているようであった。
「は!聞いてみればいいのか!」
いきなり思いつく。こんな簡単なことも分からなかったとは。自分はバカなのか。
そして、ついでに思い出したことはだいたいその後、忘れるファクトである。
さらにもう一つ気が付く。
「響さん、その「ガーーーー」って世界が回る感覚!社長から意識世界に入った時の感覚だよ。」
「ほんと?!」
「2つの世界が重なるだろ?響さんも社長から入ったことある?」
「……んー。試したけどダメだったよ。あの時は。」
「それでじゃない?何かは動いてたんだよ。感じなくとも能力そのものが存在しないわけでもないし。……響さんに新しい感覚が上書きされたとか!」
「え?何それ。ラムダ君の読んでる小説みたい!カッコいい!」
受けた技を体得してしまう系である。
「響さんは感性がいいからね。感覚で捉えてるんだと思う。」
「ファクトなのに偉そうだな。」
ムギは嫌そうだ。
「ねえ、みんな声が大きくなってるよ。」
「いいっ!!」
急に声がしてびっくりして見てみると、ファイとライであった。
「なんでここに!」
「いつものメンバーの顔が見えるから来てみた。今お昼なの。」
「ねえ、響さん。何があったの?」
「はい?」
「この1週間。」
何かあったよね?という顔で見るファイ。
「………なんにも…。」
「ローアがあの後何度電話しても、響先生が出ないって心配して私やタラゼドに掛けまくってたの。電話。」
ひいっ。と響は縮こまる。着信を全部無視していた。
「ルオイが見に行ってももマンションにもいないし、病院もお休みだっていうし……。ファクトも知らんぷりだしさ!」
ここでは言わないが、ウヌクが「響先生がかわいい」とぼやきまくっていたらしい。数か所重傷の怪我をして帰って来た男が。何もないわけがない。
「タラゼドも心配してたんだよ!」
「……タラゼドさんが?」
「響さんから言ってこない分は、何か特別な仕事とかかもって、タラゼドからは何も言わないことにしたんだって。」
「………。」
話さなくなってしまった響を同席の二人が心配そうに見ているので、ファイは一旦話すのをやめてライと隣りの空き席に座り、注文を取りに行った。




