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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第四十一章 アンドロイドの着地点

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92 あなたが幸せなら



朝は現実世界が目を覚ます時だ。



日の入るマンションにきれいな光を入れ込んで、胡座のままフーと息を吐く。


ゆっくり目を開けて、響は軽く腕を伸ばした。

短い瞑想を終えて簡単に着替え、車で大房に向かう。



今日はこの前に急ぎで見ただけだったので、タラゼドの上の妹ローアのサロンをゆっくりに見行くのだ。


タラゼドさんいるかな……。

この前、自分から告白してしまったので恥ずかしくなる。でも、断られなかった。とりあえずそれだけでいい。タラゼドがいい加減な人でなければ、断らなかった時点で他の女性は断ってくれるだろう。きっと未来を考えていてくれるのだ。自分を選ぶかは分からないが。



響もよく分かっている。自分とタラゼドの家がどれほど違うかを。


響の家は兄も姉も非常に厳格にしつけられ、非常に厳しく全てを求められた。


そのほぼ全てに兄と姉は答えたが、唯一「香道」の才能はなかった。正しくはそれなりにできたが関心も見込みも継ぐほどではなく、響も漢方の道を選んだので叔母が名を継いだ。

初期、兄や姉は祖父母や親に非常に反発した。とくにぶつかった祖父は二人の孫に避けられるようになり、その時にササッと自分の世界に逃げて、唯一その影響を受けなかった響が後で無条件に祖父に愛されたのだ。兄たちには目障りだっただろう。その代わり響は、どんくさい孫を理解できず、かわいく思えなかった祖母に出来損ない扱いをされた。


ただ兄は、今は専務の位置だが大手清掃用品会社の次期社長にほぼ決定しているし、姉は自身も大きなキャリアを持ち夫も優秀だ。寝ていてもいいので学校に行っておけばOKな大房民と違い、学校に行った結果も求められる家。


それがミツファ家だった。


タラゼドが響でもいいかなと思ってくれても、適当にすら即答できなかったのだろう。




でも、でも。


ここはアンタレスだ。


響は胸が熱くなる。




月夜のあの日に、言ってしまった。


私のためにお願いと。

その横を空けておいてと。

思い出して心が満たされる。振られても、これを思い出にしばらく生きて行こう。




もっと前、いつだったか。耳に響くあの指の音も思い出す。


パチン!


と、月夜に響いたあの音。



「……………」




その時だ。


ガーーーーーーーー!と一瞬世界が動く。



「ミーラ路肩に!!」

響は咄嗟に完全自動運転に切り替え、AIミーラに路肩に止まるよう指示した。

響の周りの風景が一回転したようになり、一瞬荒野のようなものが見え、また………


ガーーーーーーと大きく世界が回転して元に戻っていく。


何かあったら自動でも切り替わるが緊急スイッチも押していた。車は安全な場所にスマートに停車する。


「へっ?!なに?何??」


確認しても、車は正常に運転していたらしい。

この辺事故とかあったのかな………。霊界から呼ばれてる?と驚いてしまう。

サイコス?…でもこの場で少し試しても響のサイコスはやはり動かない。


10分くらい待っても何も起こらないので、少しお祈りをして響は大房にまた出発した。




***




「先生肌きれいですね~。」

「そう?ありがとう。」

ローアにオイルマッサージを受けながら夢心地の響。


「肩も腰も凝ってますけど。」

「あ゛~~!いい。そこ強く!」

「先生色っぽい声出してよ。おっさんだよ。それにうちはそういうマッサージしないんだけど。」

ツボをグイグイ押すのではなく、揉み返しがないようにリンパを流していく。

「あー。でも強いのいい……。」

「そういうコースも取り入れる?」

スタッフが笑う。


「……ローア、そこだけどね、ここに沿ってこういう感じで押すの。」

少しだけ起き上がってタオルを前掛けのように掛けて胸を隠し、説明しながらローアの肩を押す。それから横で見ていた他のスタッフもしてもらう。

「あ、めっちゃいい……。」


「…ただ、私はアジア人でしょ?大房は人種が多いからまた違うかもね……。骨格が違うからその辺は探りながらかな。ほら、ちょっと寝転んで。」

スタッフをひとり仰向けで寝かせ、そのお腹を少しずつ押さえて固くなった肉の部分を見付ける。

「ほらここ。こういう所や押して痛いところをほぐしていくんだけど……。揉むだけで直るものもあるよ。」

「あ、ホントだ。固まってる。ここ手術痕なの。下の肉が硬くなってる…」

スタッフがそういうと、響が昔の痕でもマッサージで変わると教えてくれた。お腹のゴリゴリしたところを片手で揉んでいると、肉がほぐれた。


「響先生、もうそんな前掛け姿で動かないで下さい、寝て下さい。続きをします。」

ローアが言うので、もう一度うつ伏せに寝て続きを受ける。

「はー!気持ちい……。マッサージって、すごく寝てしまいたいけれど、寝てしまうと勿体ないんだよね…。堪能したいのに…………」


そんなこんなで寝てしまった響。


フェイスマッサージや温タオルも終わり、仕上げに温かいタオルでオイルを拭かれると、気だるそうに起き上がり着替えてみんなのところに行く。

「………ありがとう。」

「先生!どうだった?」

「ローア!よかったよ~。ちゃんとお代金払うよ!」

「いいのいいの。これまでのお礼と実験台だから。ここのメンバーも1回以上お試ししてる。」

「今度の時は払うね。」

「うん。」


いろいろな話をして、もう一度サロンを全部見た後に食事に誘われるが、響は断る。この前の状況からして、早く帰った方がいいだろう。ここはメイン通りの1つで、パイとひと騒動あった近く。また何があるのか分からないのだ。


「先生………じゃあここにデリバリーする?何か買って来る?」

「ううん。大丈夫、今お菓子もいただいたし。午後からお客さん来るんでしょ?今日はここまでにするから。」

「香りがあるから、店頭では食べないでね。」

大房はスタッフの飲食が店頭でも当たり前の店も多いので一応言っておく。ドリンクはOKだが匂いが強いので、コーヒーは裏で飲むようにも言っておいた。

「分かってます~。」

ローアたちの誘いを断って、泣く泣く送られた。




響はこの前の、春のお祭の広場を歩き出す。店やステージ、テントがいっぱいあった場所だ。


イオニアに抱きしめられたことも思い出し、恥ずかしくて何とも言えなくなり、ソクサクと早歩きをする。あのパイに手を出した男たちのことも思い出す。今日は土曜なのでそれなりに人もいるのだ。誰にも会わないといいけれど。



しかし駐車場に向かって歩いている時に見付かってしまった。


「響先生?」

ウヌクである。


「ひっ!ウヌクさん!」

「やっぱ!俺んちの窓から見えたから!」

そういえば、近くと言っていた。

「………。」

ジトッと見て、ニカニカ笑っている。

「俺んち来る?」

「行くわけありません。」

「先生何してたの?」

「講師をしていた生徒さんがお店を開いたんで、見てきたんです。」

「へー。どこ?薬膳料理?」

「教えません。女性限定のお店です。」



そこで、もう一人の誰かにも声を掛けられる。


「…………麒麟?」

「?!」


思わず振り返る。そこにいたのは久々のシェダルだった。

「……シェダルさん………」

光をほとんど薄さない瞳が響を捉える。


「………。」

ん?という顔のウヌク。シェダル…。太郎ではないと分かってはいたが、『シェダル』なのか。


「…どうして一緒に?」

「俺んちで写真集見てた。いろいろ待ってるから。」

最近シェダルは外出が解禁されていた。おそらく近くに誰か控えてはいるだろう。響はさりげなく辺りを見渡す。


響は聞いていた。シェダルは誰かに憑りつかれたか乗っ取られた。

自己意識が低いのでそうなりやすいのかもしれないと。変わりようがモーゼスかと思ったが、あの場にモーゼスが入り込むのは難しい。

緊張が走るが、響はその事情を表に出さないようにする。


でも、シェダルには響の心の揺れが読み取れていた。振動のように。


「……えっと、あの…。」

普段の名前が思い出せない。

「あ………太郎君…。元気だった?」

それでも会ったは会ったのだ。響は優しく笑った。


「………つまらなかった。」

「そう……。」

普通は気の知れた仲でなければ、つまらなくてもそうは言わない。そもそもこの受け答え自体がおかしい。

「でも………なんかいろいろした。」

「なんか?」

「勉強とか。」

「………がんばっているんだね。私も勉強してるよ。」


横で見ているウヌクは、この二人が何かおかしいのには気が付く。


「………麒麟は元気そうだな。なんかキラキラしてる。」

「………?キラキラ?」

「いいことあった?」

そこでタラゼドに「待ってて」と言われたこと思い出し、作った表情でなく思わず赤くなってしまう。


「…なんかあったの?」

「ん-。ちょっとあった。」

隠しきれないように赤くなったまま、嬉しそうな顔を少しだけ我慢した。うれしくなってしまう顔を見られるのも照れてしまう。こういうことにはウヌクも反応してしまう。何があったのだ。



シェダルはあの時に見た大柄の男を、ため息がちに思い出す。



ずっと追った麒麟は、自分のものにはならない………。


シェダルにはそれがなんとなく分かる。



「………響が幸せならいいよ。」

「?!」

響は思わず、真顔になってシェダルの顔を見上げる。

そんな言葉がシェダルの中にあるとは思わなかったからだ。


「太郎君………。」

声が震え、泣きそうになる心をまたひっこめる。



三人の中に、不思議な空気が広がっていた。




が、その時だ。


「シェダル君?久しぶり?迎えに来たわ。」

そこには、一体の美しい女性アンドロイドがいた。



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