90 私のビルド
「ちゃんと見ててあげて。遠方からも。」
「………うん。ムギ、分かったわ。」
そんな会話の後に、力なくなってしまったムギ。
そこに、大勢の来る気配がする。
「ムギ!」
さらに、飛び込んできたのはチコであった。
力なく座り込んでいるムギを見付け、ファクトを見付け、そして焼けているブロックや地面を見付ける。
「ムギ!!」
ムギの元に駆け付け、チコは辺りを見回した。
「先のアンドロイドは?!」
「え?」
ムギとファクトが見渡すともう緑のシリウスはいない。
「こちらも見当たりません。」
「逃げられました。クラズとジオでまだ探しています。」
「複数で追えばよかったな。」
それからチコはファクトに聞く。
「先のアンドロイドは?規制コントロールに反応しなかった…。」
東アジアのアンドロイドには、許可された人間と機関だけが使える行動規制装置がある。
ファクトは一瞬戸惑うが、ムギが直ぐに答えた。
「シリウス…。」
「シリウス?!」
近くにいた兵士たちも驚いていた。
***
その次の休日。
響はSR社系列のホテルに顔を出した。
「こんにちは。響氏。」
「社長こそお変わりなさそうで…。」
響の後ろにはアセンブルスとガイシャス、その部下のマーベックも控えている。
宴会場にもなる小さな会議室には、シャプレーの他ミザルにポラリス、そしてアンドロイド、スピカとナンシーズもいた。ミザルとポラリス、スピカにも頭を下げる。
「ナンシーズもお久しぶり。」
シェダルといた時いつも護衛に入ってくれたナンシーズには崩した挨拶をした。ナンシーズもニコッと礼をし返す。
「どうする?私たちは一旦横の部屋で待機するか?社長とお話しすることは?」
ポラリスが下がろうとすると響が止めた。
「いえ。ご一緒で大丈夫です。」
少し話をしてから、シャプレーは椅子に深く座り術に入る。
シャプレーに誘発されて響が力を取り戻さないか試しに来たのだ。
簡単な線香タイプのお香を立てる。以前使った寺の香り「白檀」だ。
そして両者は瞑想に入った。
「……………。」
部屋の中に緊張が走る。
暫くして、響は静かに目を開けた。
ポラリスも息を飲む。
それからまた少し時間を空ける。
「…………」
「今、目の前に開けているが?」
シャプレーが自分の目の前にサイコスの情景が見えていることを話す。
「ほんとですか?…何も見えない。」
「…」
ソファーに座ったまま落胆する響。
「ファクトにも見えたのにな…。」
シャプレーが考えている。
「ファクトを呼べばいいのか?」
「………それか、シェダル?」
ポラリスがぼそっとその名を言う。
「………でもあの子、響さんに惚れているだろ?答えてあげないならかわいそうかな。」
「…へ?」
ポラリスが困ったように言うので、響が真っ赤になってしまった。
「答えてあげる気は………ないんだよね?」
「へ?へ?」
責めることもなくポラリスは答えを待つ。
「ないです…。」
「ならやめよう。結構人の深い場所に行くなら、良くないと思う。」
「…………。」
暫く動かない響に、心でアセンブルスはため息をついてしまう。なぜあちこちでこんなにモテるのだ。
「そうだ。シャプレー社長。」
「私の心理の入口から私に入らずに、社長の心理層の中で私を呼べますか?」
「…………!」
「私が睡眠状態だった時に………私を呼んでくれたように…。」
「だったら、なおさらファクトがいいかな。」
あの時、入口を開いたのはシャプレーだが、心理層に入って響を呼んだのはファクトと………そしてタラゼドだ。
「………タラゼド君は?あの指を鳴らしたのは彼だろ。彼は外から呼んだな。」
「彼はサイコスターではないし、サイコスも電気だまりを作れるほどしかありません。霊性は少し開けていますが、本人が自覚して使えるほどではありません。」
アセンブルスが付け加える。
データを眺めるシャプレー。
「呼ぶか?」
「やめて下さい!彼も仕事中です!!」
即答の響。
「でも、下手をしたらギュグニーに関わる。国で取集命令を出してもいいぐらいだ。」
「いやです!!」
真っ赤になる。そんなものタラゼドの終業後でも十分である。
「…………。」
分かりやすくてみんなこれ以上突っ込まない。
シャプレーは話を変えた。
「響氏はどうやって心理層に入れたんだ?最初に出来ると気が付いたのは?」
「……あの…。」
少し昔を懐かしむ顔で説明しだした。
「小さい頃ステキな物語を毎日読んでいたんですけど………。
その本に出てくるお姫様が大変な時に…………
神様!私が王子様になってこの子を救います!!なので、この子の世界に行きたいです!!!って毎日お祈りしていたんです………。」
「………?」
「…そうしたら。ほら、なんだか混濁の世界にのに………」
「………?」
は?
と言う顔をしている、SR社及びユラス軍の皆様。
「…………。」
いきなり王子様やお姫様が出てきて、擦り切れた世界で生きてきた面々は少し心がすっ飛んでしまう。
みな、根がむさい男の上、正誤性や理論ばかり追い駆けている人たちのため、響のファンタジーに付いて行けない。
「は!」
場違いな自分に、響は馬鹿なことを言ってしまったと猛反省する。こういう夢見がちな話に乗ってくれるのは妄想チームだけだ。この話は事実だけど。
「要するに、会いたい……出会いたい、助けたいって心です!!」
と、そこはなんとなくかっこよく締めておくが、この面々に説明するには今一つ抽象的だ。
それから少し講師の顔になって解説する。
「ある意味、相手に愛される要素を作っておくんです。心理って結局は人の心でしょ?自分を理解し愛してくれる人と、自分に命令する人とどちらに心を開きたいですか?どちらに会いたいですか?前者なら、相手も自ら会いたいって思うでしょ?」
「…………」
「………!」
ぽーとしている人もいれば、「!」という顔も人もいる。
「霊性世界と同じです。霊世界は自分が生きている間に心を開いた場所にしか行けないですよね。似ている属性と。愛そうと努力し、理解しようと自分の頭を垂れた場所にしか…………人は進入することができないんです。
心理も同じです。
それは人間が管理を司る世界だから。心の核に正直なんです。」
「…なるほど。」
「………。」
「自分が見ることしかできなかった理由が分かった気がする………」
シャプレーは考えこ込むように言った。
ここの職員や博士たちには何かと無理であろう。
一人を除いて。
「え?なんで私を見るの?私、サイコロジー使えそうです?」
ポラリスはあっちこっち見る。
「君は脳内構造がジェルより柔らかいだろ。」
「え?でも妻に物分かりが悪いと言われますが?」
「ミザルにそんなことを言われて、喜んでいるだけでも十分どうかしている。」
シャプレーが響史というのは、女史のように、『史』と付けて敬う形にしているだけです。本来の言葉にはない使い方です。ミツファ女史の省略です。




