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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十四章 触れても届かない手
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8 普通のことが



「ウェルカーーーーム!!響さん!!」


SR社の小ラウンジで、ご馳走を準備して万全の準備をして待っていたのは、ファクトの父ポラリスであった。



「第3ラボにようこそ!おひさしぶりです!!」

「………。」

呆然とするファクトと響。シェダルも一応横にいる。響を支えてきた女性型アンドロイドは礼をして去って行った。研究員たちは心配の言葉をかけるが、響は移動の車で休んでもう回復していたし、先会場にいた知り合いたちには父と会っているとメールをしておいた。


「…父さん、何?これ。」

「え?貧血って聞いたから鉄分やスタミナ付くものも準備したけど?」

「は?少し診てよ。蹴られて倒れたんだよ?」

「ちょっと腫れてるね……。」

「女の子なのに……」

事情を聞いていた女性研究員はとくに心配していた。ファクトは、あまりそのことを話題にすると、ここにはいなくともイオニアが辛いだろうと、必要以上に言わないように言っておいた。


「はぁ…。」

来ないつもりだったSR社になぜ来てしまったのだろう…。と、響はため息をつく。



そしてポラリスの横で両手を振る若めの女性。

「ファクト、雰囲気が大人になったね!!」

「あー!リートさん!!いつ来たの?」

「先週!ファクト、前より大人っぽくなったよ!」

リートは、タニアのレプシロン研究所の職員だ。

「大人に?そうかな?」

助手博士のチュラが疑問を抱いている。


「リートさん。タロウは元気?」

「元気だよ。」

「太郎?」

シェダルが反応する。あ、そうか。犬の名前を命名してしまった!とファクトは焦る。ボキャブラリーに乏しいためそれくらいしか思い浮かばなかったのだ。

「…大丈夫。タロウ違いだから!」

レプシロン研究所にいる犬のタロウはファクトが命名。狼の様な犬のトルクは幼馴染のラスが、エタムはリゲルが名付けた。


「ひとまず響さんは別室で少し検査しましょう。」

「…多分看護師さんの言うように貧血の眩暈だと追いますが…。ちょっとした立ち眩みです。」

「でも頭が揺れたわけだし、貧血も気になるし…。湿布も良い物あげますよ。」

「シェダルも頭振ったから…。」

ファクトがチクるので、横目で嫌そうにファクトを見る。

「………寝るから起こしたんだ。」



リートが「この子がSクラスサイボーグだった子か……」とシェダルを見た。底の見えない黒い瞳。チコと似ていないようで、どこか被る輪郭。


タニアのレプシロンで、チコも瞳の底が見えないような目をしていた。


まるで人形のように。




「シェダル、体は大丈夫かい?不便は?」

「全然ない。麒麟も持ち上げられないけど、俊敏さはある。」

そして自分の肌を触る。

「……。」

持ち上げられないと言われて、少し響は不満気だ。

「何怒ってるの?」

何も考えずにシェダルが聞くので、膨れて「別に…」と答えた。



用意ができたので響が女性職員と検査のために去ると、ポラリスはシェダルを呼んだ。


「肌もだいぶ綺麗になったな。」

ポラリスはにっこり笑った。

「先、響さんの頭を振ったと言ったけどそうなのか?」

「起きないから…こう。」

揺するジェスチャーで教える。


「頭や首は繊細だからね。振ったらダメだよ、大事な器官だから少しのことで起きれなくなったり後遺症が残ったりするんだ。首の骨はとくに気を付けたほうがいい。今は腕力や握力が弱いと言っても大人の力はあるから。女性や子供は守ってあげないと。」

「………。」

シェダルは自分の手を見る。


シェダルも人間の体のどこが弱いかは知っている。どうすればダメージを与えられ、どうすれば関節を外せるか。殺せるか、死なせないか。たまに加減を間違えることはあるが。


目の前の博士は、自分の知っている知識と違う何かを話しているのか。


「響さんの仕事を知っているか?」

「軍のサイコスターじゃないのか?前にサイコスターって聞いたぞ。」

「はは。響さんは軍人じゃないよ。とくに今はね、漢方の専門家で医者の勉強もしているんだ。」

ポラリスは笑う。ファクトは何も言わずに聞いていた。


「医者?それも聞いてたけど。」


「傷付けるのは簡単だけど、直すのにはたくさんの時間とお金と、設備と知識がいるんだ。」

「……」

「どこで、どの科を学ぶかでも違うけれど、正式な専門医になるには十年かかるのも普通だ。知識もいるし。一瞬でダメになったものを何日も何年もかけて直すことだってある。」


「そんなに勉強するのか?治療も?バカみたいだな。壊れたら直せばいいけど、直らなかったらそれまでと思えばいいだろ。そういうのはいっぱいいた。」


「……。」

「でも、シェダルも肌を直したかっただろ?直すのも、時間や経験を積んで学んだ知識や経験がいるんだ。時間をかけて、体だけでなく……心のバランスも見ながら。」



それには答えないのか、少し黙っていたシェダルが話しだす。


「…………本当は…やることをやって、いつ死んでもいいと思ったんだ。あの女が死んで、それでいいかなって。何もないだろ?ただ生きてるだけ。何の意味があって、いつ終わるんだろうって。

あれば便利だけど、力にも強さにも最終的には価値を感じない。

だから、クズだって言われた。せっかくお前を選んだのにガラクダだってさ。

そんであいつらの首絞めたら1人はちびってたな。しかもレーザーで撃ちやがって。」

「………。」

「あ、殺してはないぞ。

俺が首絞めてた馬鹿にほとんど当たって、大泣きしてたけど。自分は撃たれるのがイヤなのにな。なんだあいつら。」

「…。」

それはなんと返したらよいのか。


「…でも面白そうなこともありそうだったから。もう少し生きてみようかなって。」



ビルの屋上でチコと出会った時のことを思い浮かべる。

そう言うシェダルに青くなるのはファクト。あん時、俺。こいつのおもちゃだったじゃん…。見事に骨折した。



「生きることに何の意味があるのか考えてみたか?ここに来て、ずいぶん時間が経っただろ?」

「………。」

下を向いて、上も向きながら考える。

「世界に、こんないろんな色があるとは思わなかった。」

「………色?」


「色とか形とか、音とか。しかもそれを作れるとか…。丸と丸をくっつけるだけで『8』になるとか。丸と四角で車とか、丸と三角で家になるとか。最初家って分からなかったけど、家なんだなって。」

別世界の様な話をしていたのに、子供のようなことも言う。


ファクトは思う。シェダルはここに来るまで何を見て生きてきたのだろう。


多分、シェダルだけじゃない。VEGAの資料を見る限り、そういう子供たちはたくさんいた。


彼らの世界には自分で作り上げられるものなんて、何もなかったのだろう。

ただ声を潜め、必要ならクスリも使い、意図しない、することもできない、自分のない世界を生きていく。


自分はいつも、自分の中に居るのに。


思考はいつも働いているのに。


きれいな横顔を見せてシェダルはさらに言った。

「それに、今思ったんだけど、言葉って自分の知っている言葉と、その言葉が持つ意味って案外違うのかもなって…………」




それから響たちが戻って来た。

頭も顎や頬も大丈夫のようだ。ただ、段々腫れてきてはいるし、少し痣にはなるだろう。


「何か響さんって、倒れたり養生してばっかだね。」

「私…。アーツに会う前、大学や1人旅してた頃はすっごく丈夫だったんだよ!」

「え?アーツが鬼門みたいな言い方しないでよ。」

ファクトが怒る。

「俺らじゃなくて、キファのせいだよ。」

取り敢えずいつもの如く何でもキファのせいにしておく。自分のせいでもキファのせいなのである。


「さ、せっかく用意したんだから食べましょう。」

チュラがリードし、結局夕方に大房でほとんど何も食べなかった響は、久々のSR社の食事を食べた。やはりおいしい。


「あ、そうそう!響さん、今お忙しいですか?試験勉強?ずっとインターンで?」

いきなりグイグイ来るポラリス。

「来月までは大学の方に集中して、それからまたインターンです。」

「え?じゃあ、どっかで時間空けられる?シラバス見てもいい?」

二言目にはタメ口で聞いてくる。

はいと、デバイスでシラバスという大学のカリキュラムをみせる。

ポラリスは真剣な顔でずーとスクロースするが、ファクトにはさっぱり分からない。

「今まで大学生で、これからまた何年通うのかな…と思ったんだけど響さんってやっぱりプレイシアなんだね………。ある程度履修済みの物もあるし………4年を1年で…。薬科メインで来たのに大学でもう解剖もしてるんだ…。」


チュラやリートも後ろから覗いて驚いている。

「これ、専攻絞れば正規でSR社(うち)に入れますよ。」

「へー。薬学も取ったんだ…。」


え?SR社の人に褒めらるなんて、お兄様たちを見返せるかな?と思ってしまう響。


でも現実は知っている。

SR社にいる人間のレベルはもっと高い。ミザルやポラリスは中学生の年には既に医師の臨床まで済ませてある。ミザルは臨床以外は小学1、2年生くらいで終わっているような、非常に成熟な子であった。何せ幼稚園時代の誕生日プレゼントは家庭の医学書や訳の分からない図鑑をせびり、延々とそれを読んでいた。親としては医学書など、園児に見せたくなかったに違いない。


そして響は横にいる、成人したわりに中身はとぼけた男を見る。

「プラスが普通の人として…マイナスとマイナスが合わさって…プラスになったのかなあ…。」

自分の不出来さと、人と馴染めない性格が化学作用を起こして、今いい感じなのか。

「響さん、それよく言われる俺の悪口だから。」

ファクトが怒る。ただし、ファクトはポラリスの性格チートは受け継いだとよく言われるようになった。


「なんかお二人仲いいんですね!妬けます!」

「へ?」

リートが響とファクトを見て楽しそうに言う。

「ファクト君カッコいいから私のお婿に来ませんか?」

「……リートさん。最近そういう冗談は笑えない…。」

「半分本気で半分冗談!まあ、甥っ子みたいな感じだからね。」

「息子じゃないですか?」

チェラが言ってしまう。

「まだそこまでではないです!まあ、私も10歳若かったらよかったのに…。」


「えー。リートが嫁とか、舅いびりされそう!!響さんお嫁に来て!!」

ポラリスが喚く。


「あ、シェダルもこれを食べな。今、倉鍵のOLではやっているスイーツ。ケーキやババロアやクリーム混ぜて詰めてあるの。うまいよ。」

「博士、もっとオシャレな言い方してください!トットン、イチゴ味です!」

そこのところ適当なのが許せない、都会の男チュラ。

それをボーと聞いているシェダル。




騒がしさもほどほどにポラリスは切り出した。

「でね、響さん。ベガスやユラス軍との契約があるからここで研究とは言えないんだけれど、シェダルのサイコスを少し見てあげてくれないかな?」

「………。」

貰ったデザートを持ったまま、目を見開く。シェダルも「ん?」と反応した。


「私のサイコスがないのはご存じですよね?」


「教導という形でいいんだ。数回でいい。シャプレーとも話している。君が言っていた、安定した『(ビルド)』を描く方法とか……」



響は息を飲んだ。





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