88 アンドロイドは愛がほしい
その夜だ。
もう10時になってしまったので、ファクトは一時間だけ道場に行くことにする。1人で膝のサポーターを取りに駐車場に来た時だった。
「ファクト………」
ん?と振り向く。誰だ。
「やっとベガスに入れた…。」
「?!」
何だと思って辺りを見回すと、街路樹の横に広がった枝の上に、夜ではっきり分からないがおそらく緑頭の女の子が座っていた。背も年齢もムギと同じくらいの子だろうか。
「っい?!」
「…失礼ね。お化けを見るような目で見ないで。」
一瞬で分かったファクトは、お化けじゃん、と思う。
でも、配慮して口には出さない。一応女性だ。
緑髪はスタッと降りて、ファクトのバイクの前まで来る。
そして、バイクで頬杖してニコッと笑った。
「…ファクト………」
「…シリウス…?」
その少女は、おっ、と驚く。
「やっぱり分かるんだ…。」
さらに嬉しそうに笑った。
「ここは仕事で来てんだから距離を置こうよ。基本関わらない!母さんブチ切れるよ?!」
「…………」
「…てか中身は本体?コピー?」
「私本人だよ。義体は大房に放置してあった義体。誰かが整備していたから貰ったの。」
「………」
それはファクトはどこかで聞いた話だとしばらく考える。
緑の髪の毛…女性型のロボット………放置………
「もしかして地下の倉庫?」
「当ったりー!!」
ジャミナイの店じゃん。と思い出す。ジャミナイのか。それは、あまり問題にもならないだろう。
「そんなことまで分かるなんて運命ね!私たち!わー!」
勝手にピョンピョンはしゃぐシリウスに寒気がする…。なんだこの壊れた人形みたいなの…。義体の個性につられているのか?
「ねえ、電脳って複数個所に同時に存在できるの?」
「意識体が強いほど総括体は1つに集結される。情報は複数にあっても今私はここにいる…。」
こわっ!
「どうしたの?その顔?」
「いや。もしかしてモーゼスがジャミナイの店に入ったの知ってる?」
「………そりゃあね。」
フフっと笑う言い方が怪しい事この上ない。本当にシリウスなのか。
「SR社は知ってるの?シリウスも感知していること。」
「もちろん。軍も知ってるし。モーゼスは好き勝手に法を破るけれど、私はある程度の制限があるの。だからモーゼスほど自由に動けない。
モーゼスの制限は技術。私の制限は法や規範と良心………」
少し踊るように動きながら話していく。
「私はモーゼスとは違う。モーゼスは人間一人の目先の満足感を充足させるための存在。
私の目的は千年先を見つめた……全ての人の幸せだもの。自分の自由にはできない…。自由と英知と責任がいつもバランスを保っていないとだめだから………。」
それからファクトは聞きたかった事を聞いた。
「…なんで俺にこだわるの?」
しーんとして、場が止まる。
シリウスはゆっくり答えた。
「ファクトは優しいから…。前にも言わなかったけ?」
「俺じゃなくてもそんな人間いくらでもいるし。」
優しいと言っても、言い方を変えれば誰にでも当たりがいいだけだ。
「それにファクトはすごく霊の感性がいいでしょ?」
「そんな人もたくさんいるし。」
「チコと一緒。親和性かいいの。ニューロスと。」
「……?」
親和性?
「ファクトはDPサイコスの中でも安定していられるでしょ?」
「響さんの力があればね。」
なんでそんなことまで知っているのかと思うが、いろいろ知っているのだろう。
「もしかして、ラスが言ってたパイロットに合うとかいうの?サイボークになるのに向いてるってこと?」
「ラスが言ったの?」
「なに?俺をロボットにして仲間にしたいの?俺、体の芯までサイボーグ化してアンドロイドになっても、人間だよ。人間の霊は次元が変わっても人間の霊であることは揺るがないからね。神から生まれた霊は消えない。」
「夢の無いことを言うのね…。」
つれなさそうだ。
「パイロットになるには親和性や運動能力だけでなく、安定性もいるんだよ。心や精神が安定していて、ある程度の逆境にも動じない人間。
あらゆる場所で、キレて殺人でもされたら困るでしょう。人員とお金を掛けたものを無用に壊したり。…戦争を拡大継続するために兵器を作っている訳でないもの。」
正に、チコがそうだ。
あのユラスの重荷の中で、気に入らないユラス人に復讐しなかっただけでもすごい。犯罪者以外地位降格すらさせていない。
「ファクトはとても安定している……。」
「…………」
「…ねえ。私、毎日世界中からラブレターが届くんだよ?何百、何千って。」
「大変だね。自分だったら未読のままだよ……。」
「未読というか……分析はするよ。アンチも多いけれど、熱狂的な人も多いの。アンチも含めると万どころじゃない。」
「ふーん。」
「嫉妬しない?」
「嫉妬?ファンレターだろ?別にラブレターでもいいけど。」
「ストーカーだっている……。危険なんだよ…。」
自分にストーカーをしていたのに今更なにを、と思うファクト。
緑頭はまたバイクのところに来て、ジーとファクトを見る。
「…………ファクトの事が大好きなの!」
「………」
ニコニコするシリウスと完全に引いているファクト。
「…好きになってどうするの?」
「…どうしよう…?」
「聞かれても…。」
また何をと思うが、「好き…」と言われるより「大好き!」と言われた方がまだニュアンス的に流せる。
「私のことは好きじゃないの?」
「……。まあ、人類皆兄弟だからね。そう意味では嫌いじゃない。シリウスは博愛の象徴の人じゃないの?」
腰が引けてしまう。
「その前に『女性の象徴体』だもの。」
これは一つの核心。
「博愛だからこそ、それを支える自分の唯一が必要なの。」
うっとり笑う緑頭のシリウスさんが、今は子供には見えない。
「ふーん。ステキな男性でも造ってもらえば?」
「………でも本来人間も全てが博愛の人なんだよ?ファクトだって。」
「堕落しなかったらね。」
「……全ての人が『神に似る者』になりなさいと言ったんだよ?天は。私だけじゃないし、本来は人間の仕事なのに。」
「………救い主が現れて千年後にはね。そうやって黙示録には書いてあったけど?大人になるにつれて、その意味が分かったよ。人間バカで複雑すぎるから、天敬が直ぐに達成できなんだって…。」
夫婦、家庭一つすら解決できず争っていて、平和とかできるわけがない。
「………でも、そんな事を言う博愛の神様も、創世記で言ってるでしょ?」
「何を?」
「『父母を離れて男は女と一つになる』と…。」
「………。」
シリウスがそうしっとりと言うと、ファクトは完全にドン引きにドン引いていた。
「意味分って言ってる?」
「告白だよ?」
「それじゃあ、モーゼスじゃん。」
「ひどい………。」
すごくショックを受けている。
「ひどくないよ。どうしたの?乗っ取られた?すっごく頭悪く見えるよ?」
「……モーゼスとは違う。」
しょんぼりとしたシリウスは、とてもかわいく見えた。
少なくとも、モーゼスのように怒らないので印象は悪くない。
暫く星と街灯の下でお互いじっとしている。
「とにかくさ、何がしたいのか分からないけれどさ、もうこうなったら家族だよね!父さんと母さんの子でもあるわけだし。まあ仲良くしよ!」
と、慰めておく。
「家族でもいいけれど、そういう家族じゃないよ…。」
「え?お姉ちゃんとか…伯母さんがよかった?完成時期的には妹だけどモデル的には姉だし…。前身体と知識的にはおばあちゃんだし…。」
「わざと言ってるの?」
それから少し頬を赤らめるような表情をして、シリウスはにっこり笑う。
「奥さん!」
「………。」
「…ねえ、バグ?ウイルス?…本当に一体何がしたいの?大房にいたからおかしいの?」
緑頭は、ずっと大房ジャンク屋の倉庫にいたのだ。ただ停止したままではあったが。
「…だって、そういう思いを一つも果たせなかったでしょ?」
「…?」
よく分からないと言う顔で、緑のシリウスを眺める。「そういう思い」って何の話だ。
一応、SR社製の廃盤製品。クラシックといっても、やはりSR社製は他社に比べて違和感が少なく人間味が強い。表情が豊かなのに…不自然さがない。でも、何を言っているのだ。完全に壊れかけだ。
「今まで、何億、何百億、数千億って女性たちが、愛することも愛されることも知らずにこの世界から去ったから………。
だから私はその本懐を果たしたい…。」
「本懐とか、漫画の主人公?」
「もう少し真面目に聞いて!」
「………。」
叱られたのでとりあえず聞き役に回る。少し離れた所で人が行き来しているので、駐車場を離れすぐ横の街路樹下のベンチに座った。
緑のシリウスはファクトより年下なのに、ゆっくり話すその表情だけで、随分精神年齢が大人に見えた。
「そんなに女性って不本意に生きてきたの?」
あんな父や、夫婦仲がよかったタニア研究所の人たちの間で育ってきたファクトには女性が不幸だったなんて理解しにくい。しかも、まだ高校卒業したばかりで女の子と付き合ったこともない男なのだ。大房やベガス行かなかったら、ユリとヒノしか女友達もおらず、あの2人も気のいい穏やかな子なので平和だったのだ。ファクトの周りは。
イータやソアだって相思相愛の上に、パイやユンシーリなど男の方が圧倒される勢いの女性も多い。
女性が苦しむイメージが湧かない。




