84 それでも生きていく
焼野原となった集落でボーティスは呆然としていた。
「………。」
「………レグルス……」
何度探してもレグルスも、カラも…………誰もいない。
現場には積まれた兵士や女たちを焼いた跡がいくつかあった。焼ききれていないが人相は分からない。
アジアライン中央以上の習慣で、遺体は焼くなら3日後に焼くか『霊呼』の儀式をする。突然の死だったり霊性の段階が低いと、自分が死んでいることが分からなかったり、死んでも暫く魂が肉体から離れないと言われているためそれを切るのだ。霊を呼んで霊を送ってもらう。肉と霊が繋がっていると火葬だけでなく、鳥葬や獣葬も苦しむと言われている。
普通こんなことをしてから去ったりはしない。外交官一家に敬意を示したのか。
遺体を焼いたのもまだ腐りやすい季節だというのもあるが、遺体を冒涜されないためであろう。
いくらかの敵兵はしばらくここに滞在してその処理をしていたのか、食事などをした跡も残っていたらしい。遺体の装備などは外されたのか、金属や電子部分を外された血まみれの防具だけが横の方に積んであり、あとは奪われたようだった。
「すみません…。戻って来た時には…。」
補給兵役を担って買い出しに行っており、本陣も本拠地の襲撃も逃れた年老いた男がそう言った。
なぜかいやな予感がして仕事を切り上げて飛んできたボーティスは、いつまでも辺りを見渡す。もう誰もいないのは分かっていた。
何もない。
なのに、様々な残骸だけが残る中………、何かが揺らいだ。
「………カラ?」
ボーティスは驚く。
死体の山の中にカラが見える。
霊視か……?
レグルスと夫婦の関係を結んでから鋭くなってきた新しい感覚だった。
そう、霊が見えるようになっていた。
だが、そこまで強いものではない。
ただ薄く、霧のようにカラと分かる人物が立っていた。
そしてその霊は南の方を指してから、消えて見えなくなった。
「ダイリーさん?」
「…襲撃した男たちは南へ?」
「私は彼らが撤収した後に来たので……。ただ、先日雨が降る前までタイヤの跡はこの先の道を山の方に消えていました。かなり何台もあったかと。ヘリなどの停まった跡も。ただ、カメラも全部操作されていてこちらで見える物には記録がないんです。」
「…………。」
「それと、今南には行かない方がいいです。新しい勢力が『エダシク』の頭を取ったと言うウワサが流れています。」
「?!」
その名に顔をしかめる。
エダシクは軍の名で、ボーティスの兄シー・ジアライトの軍だ。生き別れで顔も知らない兄だが。
彼ももう死んだのか。
レグルス…………。
ボーティスはこの老兵にあげれる分の食糧や荷物を全て渡す。電力も持って行かれたので、ガソリンや灯油も全部渡した。
旧型の重機はソーラーパネルとバッテリー以外そのままだった。その中の軽油も抜かれていなかったので、穴を掘りカラとここに戻って来たリーダー2人の遺体だけ広場の端に埋め目印を立てた。カラとその夫は一緒に焼かれていた。
後は老兵に任せる。
このコミュニティーの男たちはギュグニーの中では頭がよかった。彼らを味方につけたかったが全て終わってしまった。相手は初めてぶつかる相手の管理システムを操作できるほどの力。今飛び出すのは危険だ。
ボーティスは一旦ギュグニーを出た。
***
ムスカェの星空は永遠に奥行きがある宇宙のようだった。
全ては過ぎ去り、全ては巡る。
カラが死んでから何年経ったのだろうか。
あれからテニア・キーリバルことボーティスは、一度だけレグルスに会った。
正確には顔は見ていない。でも会話をした。
『ボーティス!』
思わずそう言ってしまったレグルスの声が今も頭の中に響く。
『私はもう…もう………』
それ以上はあまり思い出したくない。
それは「さよなら」の挨拶だったから………。
でも、忘れることなく耳の、胸の奥に刻まれている。
「はあ…。」
テニアは寝っ転がって、近くに生えている少ない草をいじる。
まさか自分に本当に娘がいたとは。
いても死んでいるのではと思っていたので、未だに変な感じがする。あまりにたくさんの死に会い過ぎて、自分さえ生きていることが実感できない。小型のデバイスを開いて娘の写っていたニュースの写真を開いた。
なぜ、平和な場所でレグルスのようにルバを被っているのか。これでは顔が見えない。
しかもいつも下を向いて、カメラも遠目だ。時々アップでも口元しか見えないのだ。
その上、「また影武者」とか「本人ひどいから、今日も影で満足」「影何号?」など書かれている。知る限り、ユラスには公式行事で代わりに出るような影もニューロスもいないし、させない。
移動中にチコ・ミルクに関する記事などを読んでいたところ、バッシングのオンパレードであった。まだサダルメリクの方が扱いがいい。チコは表に出ないので謎扱いで言われたい放題。サダルは叩かれても擁護者がそれ以上に多かった。我が娘に対してひどすぎる。
こんな時に飲める仲間は先の奴だが、この話はまだできない。ぼかして話しても勘のいい奴なので、何の話か追及されるであろう。
「鳩兄弟…。」
ベガスにいた鳩やその兄弟を思い出す。鳩なら話せそうだな………。
しかし、ここであまり個人的な通話をするわけにもいかなかった。あんな鳩なのに、鳩が恋しい。
仕方なしに起き上がり、基地に戻った。
***
アンタレス市のベガス。
婚活おじさんは今日もチコに絡んでいる。
「ねえ、チコ先生。サルガス君冷たいんだけど、義父に良くするように言ってくれない?」
「はあ?カーティン・ロンおじ様ですよね?ヴェネレとユラスでは相容れないので、他の人に頼んで下さい。しかも青と赤じゃないですか。何もかも合いません。」
今日も事務局にやって来るおじさんを軽くあしらうチコ。
「いやぁね。イータさんやソアさんも出産したし、サラサちゃんももういつ出産でもおかしくないでしょ?リーブラは相手してくれないし。あと、サルガス君を叱れる人ってチコ先生しかいないし。男子リーダーは忙しいから声を掛けづらいし、チコ先生が一番ヒマでしょ?」
「…………。」
チコが叱ったところでサルガスは聞かない。それに婚活のためなら忙しい間を縫ってでも、男子陣の間にっ入り込むのに何を言っている。
「くそー。あいつの顔思い出したらイライラしてきた。最近可愛げがない。」
「チコ先生、口が悪いですね。サルガス君の事ですか?かわいそうに。私にはかわいい息子です。」
「可愛げがないのはおじ様のせいです!」
「え?なんで??」
いつもの不毛な争いの横に付くパイラルと、最近よく同行しているおじさんの補佐ファイドルが呆れ顔を通り越してもう無視している。
近付かなければいいのに、なぜこの二人は事務局でいつも会うのか。ケンカして泣くくらいなら離れろと言うのに、一緒に遊んでまたケンカをして泣いている子供か。
「…。」
冷めざめした目が止まらないパイラル。
そしてそう。
アーツにとっていくつかのおめでたいことがあった。
女子たちは既に出産。
イータは次男。ソアは長男。話によると、もう産まれるだろうサラサもハウメアも男の子らしい。そしてヨーワも……。
その時チコは叫んだ。
「お前ら、蛍の子に同性のお友達を作ってあげようという気はないのか!!!」
女子大好きリーダーの失礼な言い分であるが、蛍の子なら男子より強そうである。
「まだ少し先ですが、アギスのところも股に付いていたそうです。」
とシグマが報告したところ、なぜかシグマがペットボトルを食らっていた。
そう、これだけ妊娠出産して、蛍のところ以外みんな男子である。
「西アジアの子は女の子産んでるじゃないですか。」
そうは言ってもそれは南海男子の方で、アーツとベガス駐在ユラス関係者のところは男ばかり生まれている。
それでもチコは思い出して笑う。
赤ん坊の泣き声。小さすぎる指。
イータの一度目の出産には何もできなかった。
今回は陣痛が来た時に連絡が来たので病院に行くと、夫や親族でもないのに産まれるまでチコに手を握っていてほしいと言われたほどだ。しかも陣痛がそこまで痛く感じなかったらしく、どこまで我慢をしたらいいのか数時間自宅で耐えてしまったようで、病院に着いて20分で産んでしまった。タウもタウ父もまだ仕事場から移動する前後で、実質チコがほぼ立ち合いになってしまった。
その後にデネブ牧師や家族たちが駆けつけ、誕生の祝福の場にチコも参加した。
退院後はタウの自宅で抱っこもした。新生児の事は分からないので、タウ母にいろいろ教えられる。
シワシワだったのに既に顔が整っている。ターボ君はタウ似だけど、次男はイータっぽく見える。でも、子供の顔はどんどん変わっていくものでもあるらしい。
「チコさん、女の子が産まれるまで、いなくなったりしないでね。」
「はあ?産んだばっかでいつ何の話だ?」
イータは突然チコがいなくなった一昨年を思い出す。
自分の母があんなふうだったから、隣に人がいるなんて煩わしいと思っていたのに。イータの母は子供を搾取する人間だった。
でも、今は誰かにいてほしい。天の祝福を分かち合えるように。
「これから先、ずっと、ずっと!」
出産後も、退院後も、イータはチコが来るたびに笑って泣いていた。
●イータの毒親
『ZEROミッシングリンクⅠ』66 修了式Ⅱ
https://ncode.syosetu.com/n1641he/67
●イータの出産とどこにもいないチコ
『ZEROミッシングリンクⅡ』9 イータの涙
https://ncode.syosetu.com/n8525hg/11




