74 あなたの横を
響は人気のなさそうな、外の石畳までタラゼドを連れて来た。
途中でタラゼドを引っ張るのに疲れて「重い!自分で歩いてください!」と理不尽にも怒っていた。タラゼドは仕方ないので響の後に着いて着て壁際まで来たところだ。
「タラゼドさん!ひどすぎません?」
「え?」
「私の話に答えもしないで!」
「??」
いきなりで話が繋がらない。
「今日、コパーさん来てたんですか?!」
「コパー?」
ますます話が分からない。
「いや?いつ?」
「……来てないの?あれから会ってないんですか?」
響はロボメカニック以来見ていない。
「え?…前に南海であった結婚式には来てたけど……。その時は少し話したかな?」
「………結婚式…。」
蛍惑に籠っていた時だ。
「どんな話?」
「…最近どうかってことくらい?あのナンパ男どももいたし、ファクトもいたから…。」
「お付き合いしてるんですか?」
「?してないよ。それっきりだし。」
「するんですか?」
「なんでそんな話に?」
「好きなんですか?」
「………。」
付き合いたい女性として好きというわけではないが、別に嫌いでもないし、嫌いで別れたわけでもないので幸せになってほしいし、外見は正直男としては好きなタイプだろう。というかコパーきらいな男いるか?という、ややこしい男の思考、ある意味単純な男の思考が働き一瞬迷う。なにせモデルにレースクイーン経験ありのコンパニオン。プロの中では埋もれても、一般人の中に立てば華はある。
が、ここはこう答えるのが賢明である。
「え?別に好きじゃない。」
「キライでもないけど?」
「…っ?」
響にしては切れる返しで、思わず素直に答えてしまう。
「キライではない………な。」
「………。好きではあるんですね…。」
本音を言ってしまうのでブスーと怒っている。
「いや、別にどうこうする意味での好きでは…。付き合ってないし。敢えて会う気もないし……。」
「…………。」
「……私、タラゼドさんに好きって言ったんですけど?答えは何ですか??」
「…え?……そういえばなんであの話、立ち消えたんだっけ?」
「山根のおじさんが来たからです!」
「………そうだっけ?
あっ。でも響さんも送別って言ってて『その先はない、全部あれで終わり』とかいうから…深入りしない方がいいのかと…。」
「……っ!」
今度は響が、そうだっけ?という顔になっている。
「そうでしたっけ?」
「………」
考え込んで答える。
「………そうでした…。だって、本当に西アジアかどっかに行くつもりだったから………」
なぜアンタレスにまた居ついてしまったのか。
怒った顔で考え込んでいる。
「戻って来てよかったよ。安心した…。」
「………」
響の目が潤む。
………追いかけては来ないくせに……。
タラゼドの元から去ってもきっと放置だろう。
「…………。」
あれ?……でも、蛍惑までは来てくれた。みんなの運転手としてだけれど。と、思い出す。
「…タラゼドさん、ロングヘアの人が好きなんですか?」
何をいきなり?という感じで響を見る。
「は?好きだけど……別に似合えば何でもいいと思うけれど……。」
「………私、切ってしまったから…。」
コパーは前髪なしで、下に行くほど広がる柔らかいフワフワなパーマだ。モテなければいいと、それ以上の事を考えていなかったので切ってしまったことに今更落ち込む。
「その髪も似合ってるからいいんじゃない?」
今日は仕事が終わってからは、結ばずに下ろしてある。
「…そうですか?」
「いいと思うけど。」
どれもこれもテキトウそうな返しだ。
でも、今はちゃんと言いたい。
「……タラゼドさん…。あの……あの……」
しっかりタラゼドと向かい合う。
「………ずっと……ずっと私と一緒にいて下さい。」
「………。」
ん?と、響の顔を見てしまう。
時々見る、響の揺れた顔。
「………お付き合いしてください…。」
「…………」
大房にいた頃とは全く違うこの環境、人。そして、経営者一族に囲まれた名家の令嬢。
タラゼドは答えに詰まってしまった。
そして初めて思ってしまう。
野暮ったい格好をしているけれど、少し垂れ目なのにキツさもあるきれいな顔。
なぜ自分なんだ?
医者や教授、経営者、アーティストに声を掛けられて…男の目から見ても悪くない人だってそれなりにいた。どこに行ってもだいたいモテる。
「………答えは今すぐでなくてもいいです…。」
「…………」
「…でもしばらく…………」
響は手で顔を覆う。
「タラゼドさんの横を、私のためにとっておいてください。」
あの月夜に………
パチンと鳴らした自分の手を眺めた響を思い出す。
不思議な顔で覗き込んだ響。
今夜も、似たような月が見える。
ミツファ家のお兄様の人となりはなんとなく知ったが、ただでさえ家族と拗らしている響をさらに深みにはまらせることはできないので、簡単にイエスとは言えない。
「………響さん。」
「………」
「………分かった…。でも、もう少し待ってほしい…。」
「…。」
泣きそうな響が顔を上げた。
何もない時間が続く。
響はこの沈黙の時間が耐えられず、でも貴重な時間にも思える。
ずっと離れていたから。ここで断れたらもう最後の時かもしれない。
「どうする?みんなのところに戻る?帰る?」
タラゼドは明確な答えをくれない。待つ?待つとは?
「…………」
「…ファイか誰かのところに行く?誰か呼ぶか?」
「……帰る…。」
手も繋がず、タラゼドは触れもしてくれない。
でも、タラゼドには気を遣わない。
しばらくそのままでいて、それからゆっくり歩いて駐車場まで行き、タラゼドは響をマンションまで送って行った。
***
同じ月明かりのこぼれる部屋で、シェダルは強化ガラスの開かない窓から外を眺める。
見えるのは東アジア軍施設の敷地だけだ。
それでも小さな頃過ごした、よく分からない窓も家具もなかった空間よりずいぶん開放的に見える。最近はほとんどの時間を訓練や勉強のために、ここで過ごしていた。
この前チコたちと会った建物は、結界が何重にも張ってあった。セキュリティーも一般の公的施設よりはるかに厳重だ。モーゼスのシステムがシリウスを越えるとは思えない。
でも自分は乗っ取られた。
もしかして心理層からか。
でも、シェダルが知る自分より強いDPサイコスターは響だけだ。他の国が隠している可能性はあるが、なぜシェダルを媒体にできたのか。
シェダルも様々なことを条件に、サイコスの訓練をしているがまだ理論でほとんど実地はできていない。その理論も確立されたものではなく、サイコスを施術する上での補助としてだ。
この世の中での迷子からは多少すくい上げられた気がするが、心理層ではまだずっと彷徨っている。
「麒麟………」
そう言って、新しい手を月に掲げた。




