72 光の粒子の中で
ある夜ファイは久々に響と夕食を取ることになり、病院近くのお粥屋さんに入っていた。
「わーい。ウニと蟹のお粥!こっちは牡蛎!ウニと蟹のお粥は初めてかも。響さんその色は何?」
響はアワビ粥とエビ粥のセット。
「肝だよ。」
いろんなお粥を小鉢にシェアし合う。
「梅ジュースはサービスです。」
店員さんがお猪口に梅ジュースも持って来てくれ、乾杯して始まる。
「結局ベカスに戻って来たんだね。」
「…それは言わないで…。そこしか研修はダメって言われたし……」
国と軍に言われたらどうしようもない。
「誰かにバレた?」
「ファクトには言ってあったから、ロー君の弟連れて来てた。」
「へー?ローって弟いたんだ!もしかしてファクトと一緒に居た?」
「ラムダ君より少し低いくらいの子だよ。」
「じゃあそうかな?」
ジリとリーブラ夫婦、ラムダとリゲル以外はベガス総合病院で働いていることはまだ知らない。リギルが病院に通い始めたことはアーツのリギルを知るメンバーは知っている。
「でもさ。もう響さん、ここまで来たら逃げ生きるの諦めて、タラゼドにプロポーズでもしたら?」
「ぶっ!」
何のクッションもなく、突然核心に迫るファイ。
「響さんお粥、飛ばさないで!」
「ファイが変なこと言うから!!!」
「…プロポーズって、プロポーズって…プロポーズっ???!!」
愛に暑苦しいユラス人でもあるまいし、急にプロポーズは飛び過ぎている。響は真っ赤な顔で言葉が出ない。
「蛍惑ペトロは敬虔で、お付き合いするまで体の関係も作らない人が多いんでしょ?ならもう、ストレートで!」
「え?でも、タラゼドさんは大房の人です!!」
なにせ、ナンパの街。大房である。
「フェルミオさんも敬虔な信徒だよ?教会のゴスペルチームだもん。」
「一応こっちだって段階はあるし………」
ペトロのお嬢様も顔合わせのお見合いくらいはする。
「そもそも私……タラゼドさんのことが好きなのかも………、タラゼドさんも私が好きかも分からないのに…。」
冒険過ぎる。これが男女逆なら変人扱いだ。いや、逆でなくてもそうだろう。
「え?今更何を言ってるの?タラゼドに告白したって言ってたじゃん?」
「ええっ???……あ、飲んだ時?」
飲み過ぎて気分が良くなったので、その勢いで言ってしまったのを思い出す。
「うわっ。響さんウザっ!あんなにみんなの前で言っておいて、お酒のせいにしないでよね。」
「…………」
下を向いて大人しくなってしまう。
「ああ、ごめん。響さん食べなよ。冷めちゃうよ。この肝粥、思ったよりおいしいよ。」
「……」
顔を上げない響を見ながら、パクパク食べるファイ。
「ごめん。私が言い過ぎた。普通の告白にしなよ。………あ。告白はしたのか。普通にちゃんとお付き合いしてって迫りなよ。」
「……せ、迫る???!!!」
やっと顔を上げたが………
「…………」
…また顔を伏せてしまう。そんな用語、響の辞書にはない。
ケンカしていた時はあんなに強気でグイグイいってたのに、今更なんなのだ……とファイはめんどくさくなる。
「………タラゼドさんは…誰でもいい気がする…。」
「……」
そうだな。あいつは流れで付き合って、流れで生きていそうだと思うが、響の事はそこらの知り合いよりは特別だとは思う。少なくともルオイや自分の位置にはいそうだ。いわゆる面倒を見るべき妹分である。でも、それなりに遠慮はしているから妹とも違う気はする。少なくとも女性として遠慮はしている。
「………だから響さんが、必要となる存在になればいいのに!」
「………医者や研究員になって忙しくて会わないうちに、忘れられそう………。それで、その間にコパーさんみたいな人が来てもう付き合っていそう…。私に男性を虜にするそんなスキルはないっ。」
「あー!!なんなの?響さんってホント面倒な人だね!
あのね、タラゼドだってきちんと付き合った人がいるのに、忘れて他の女性と付き合ったりしないよ!!」
多分。
自分も人の事を言えたもんではないが、そんな最低な男は身内であろうと地獄に突き落とす。というか、それ、病気だろ?とファイは思う。
「………告白したの忘れてたのに?」
「………。」
それは何とも言えない。タラゼドひどいな。
しかしファイは、こんな敬虔な性格の響の告白に答えないのは、もう気を遣わなくていい存在になっているからであろう。と、なんとなく良い方に考えてみる。
「でもね、響さん。」
「………」
「コパーが来たの。」
「………?」
ん?と、顔を上げる響。
「今度ベガスのイベントに外注で入るんだって。」
「イベントガール??」
「そうかもね。私はいなかったからよく知らないけど、この前、南海であった会議に参加したみたい。」
「?!」
「そんで今度の夜、アーツの会議があるの。また来るかもよ?」
「………。」
「すごくない?元カレの本拠地に来るんだよ?頭おかしくない?タラゼドは会社忙しいから、まだ知らないみたいだけど。」
「………」
「タラゼド髪長いのが好きだし。」
「……」
響はポカーンとした顔をする。
「ああ見えてデイスターズまで行って、彼氏作っちゃうくらいの人だからね。控えめに見えても積極的だよ?」
未練がましくしばらくの間、タラゼドにメールを送っていたことからすると、もしかして新しい彼が出来た時は少し当て付けもあったのかもしれない。何せ最後のメールが『もう彼氏作ったから。じゃあね』だ。別れたなら普通送らないだろう。勝手にすればいいだけである。
全然反応のなかったタラゼドに対し、何の仕返しにもならず、後悔させることもできず、さぞ悔しかったことであろう。かわいそうなコパーである。
「………」
「響さん!先に、迫っちゃいな!」
「………。」
響はファイと目を合わせず、ポーとお粥を食べ始める。
「ファイ、こっちの小鉢の緑豆粥もおいしいよ。」
話しが核心からズレてしまった。
「このお漬物もおいしい。販売してないかな?」
「………」
これはダメだと思うファイであった。
***
その夜、一人マンションのベッドでボーとする響。
タラゼドは響の好意が分かっても、なぜその後何事もなかったように過ごせるのであろうか。
よっぽど空気なのか。
自分の心理層に現れたタラゼドを思い出す。
心理層で呼ばれたのだ。誰かいる気がして…なにか恋しくて……振り向いたら…………
『響さん?!』と。
ユーカリとオレンジの香の香りがする靄の中で。
バジン!!
と、指が弾かれる音がして、スーと引き寄せられるように目覚めたあの日。
そして、起きたその先にも、
その人がいた。
夜の明るく照らされた大競技場の周囲を歩く、タラゼドと自分。
投光器の光が、ミクロの粒子のように競技場とその周りを照らす。
盛り上がりもない会話なのに、なんだか心地いい。
何だろう、あの妙にうれしかった空間。
どうして夜の運動場の光は粒子に見えるのだろう。
響はベッドの布団を、少し荒れた手でキュッと抱いて握った。
***
その後日、事務局の大会議室にアーツの100人ほどが集められた。
が、一部アーツでない者も混ざっている。リギルも戸惑いながらファクトたちのいる席に座っていた。
今度はアーツの会議である。
「アーツ内の総会は久しぶりだな。」
ゼオナスが話を進めていく。
「この前の話はその後チーム分けした通りに頑張ってほしいが、アーツの新しい話もある。」
「なんだろ?」
「すごい人が入ってくるとか?」
ゼオナスが全体を見て言った。
「第4弾以降が始まる。」
「おおおおおおおおーーーーーー!!!!!!」
会場が盛り上がる。
「この前のイベントが決まる前にもう動いていた話だからな。」
「第4弾以降は、タイプを分けて運動装備系、企画講師系、総務窓口事務系になる。」
「…………。」
「試用期間前半の基礎は一旦全員必須事項になり、ある程度どこに行っても現場を回せるような力は付ける。ただ、早めに分野分けはする。」
いくつか説明してサルガスと交代する。
「なお、主に大房民。
今回また、高学歴がたくさん来る。なぜか………。」
なぜか、既に力尽きそうになっているサルガスが仕方なく言う。
「それでもお前らが先輩なので、しっかり見本となる姿を見せるように!!」
「…っ?!」
「マジか?!!」
あまりに大きな課題だ。みんな越えられない山脈を見るような顔をしている。
「はい!」
リーブラが手を上げる。
「妄想チームのように楽しい班を作って下さい!」
これなら手に負えそうだ。
「……それで河漢を回していけるなら何も言わん。」
「………。」
ぶーとした顔をするリーブラである。そもそも妄想チームは自然発生したものであり、選抜された履歴の人間たちの間に妄想チームができるかは謎だ。
「なお、今回から常若からも来るからな。」
は?常若?
これは聞き逃せない大房民。
何せ常若は隣の区域で、昔から大房と対立関係にあった地域だ。同じ底辺で柄も悪く面白みもないつまらない土地だったのに、最近オシャレなカフェが軒並みできている。イケメン店員がいるとか人気も出ているのだ。前時代からこれだけ経ってもまだツッパリがいた伝説の街。
大房民としては雰囲気イケメンのくせにアホらしい………と思っていた。
対立は親世代なので、今のアーツメンバーには自分たちには関係ない世界に見えたが、しかし。しかしだ。
実際来ると言われると何か湧き上がるこの思い………。あいつら、武術にしても頭脳にしても昴星や他のハイクラス卒を凌駕するものが一つでもあるのか?
いくら常若が変わったと言っても、所詮、元底辺である。そんな思いがふつふつと湧き上がる。
「はぁ…。イケメン来るかな!かわいい系がいい!」
嬉しそうにファイが言うが、キファはめんどい。
「来なくていい。」
「えー?何?嫉妬??」
「どうせ雰囲気イケメンだろ?」
「美女三昧だったんだから、そろそろイケメン数人来たって悪くはないでしょ。」
「顔などどうでもいい!黙れファイ、キファ。」
サルガスに叱られる。
「なお、力バランスだけでなくアンタレスという地域のバランスもとっていく。」
なるほど。それで理解する。ベガスはアンタレスどの地域ともよい関係を築きたいのだ。ハイクラスだけの環境を作っていくことが仕事ではない。様々な理解者が必要なのだ。
「お前らくだらないことで安心するなよ。常若で今回集まった面子は、大房民と違って最初から社会貢献の仕事がしたいと希望してきた者たちだからな。」
「…。」
それは意外である。自ら黙る大房。
「あ、常若からは女子も4人来るな。」
「おおおーーー!!!!!」
「常若がんばってほしいです!!!」
いきなり態度を変える大房男子だが、ここに来るのは武術有能者、もしくはが文武両道者が多いことをすっかり忘れているのである。かわいいカフェ店員が来るとは誰も言っていない。
●光の粒子の回
『ZEROミッシングリンクⅡ』71 心地よい通路
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