70 女の骨
まさかコパーとは…。
「信じられない…。」
「なんかファクトに励まされたとか言ってたぞ。」
「は??」
キファの言葉に頭が固まる。
「歳を取ってもできる仕事をするんだって、ファクトと話してから学校通ってて、いろんなところでMCとかして企業のイベントもしてるって。」
「そんなことも言った気が…する…。…会ったの?」
「もう、そんなに期間を置かずに3か月の準備で開催するから簡単な打ち合わせがあって来てた。」
「3ケ月?…。」
「なんかさ…、タラゼドってなんなん?」
「なんであの人殺しそうな風貌で女にモテるわけ?」
またこの話になる。
「夜道で会ったら悲鳴上げるよな?俺でも上げる。少なくとも味方とは思えない…。」
「しかも番張れる主人公やその宿敵キャラじゃないだろ。5番手以内って感じだ。」
「ナンバー2とも言われないとは…。」
「女がときめく顔ではない。が、格ゲーだったら使いこなしたい…。」
兄さんたちが言い合う。
「超美人だったんだけど?」
コパーをよく知らないモアが驚きを隠せない。
「コパーは整形級メイクだから。」
「お前言うなよ!」
ローに叩かれるファクト。女性に失礼である。だが、ファクトはコパーのあっさりした素の顔も悪くないと思う。
「タラゼドがいるって分かってベガスに入るとはな。」
「まあ、タラゼドは仕事で会えんだろ?今回の裏方に入ってたっけ?リグァンだろ?」
リグァンはタラゼドの勤務する会社だ。
「リグァンはイベントはやってない。でも、…リグァンの事務の子も一人惚れているらしい…。」
「………。」
みんなシーンとする。
「なんでだ?!」
「あ、それは妄想班の分析で、頼りある、気を遣わない、何気にいいやつ。で結論付いたので。」
クルバトが解説しておく。
「背が高いから脚立高いのいらないし。」
ファクトが要らない付け足しもする。高いところの物を取ってもらえるという、ファクトには理解しがたいシチュエーションを女性は好むらしい。便利というだけではないか。
「脚立が折れるだろ?あいつが乗ったら!」
今聞くだけでも、過去含め知る限り3人にしかモテていないのに、そこに美人コンパオンとモテ期響さんが含まれているだけで、すごいモテるという雰囲気になっている。難儀だ。
***
しばらくアンタレスで様々な会合や勉強会に出ていたアジアライン共同体のリーダーの一人アリオトは、やっと時間が取れ妹のニッカと外で食事をしていた。
食事が終わって軽いデザートとお茶が出てきて本題に入る。
「兄さん、これ?」
そう言って、サンスウスで見せた石の入ったロケットをアリオトに渡す。
アリオトはそれを受け取るとロケットを開け、その石を見た。
「ニッカ。これは何だと思う?」
「…………。」
敢えて聞く兄に、もしかしてと答えるニッカ。
「…………骨?」
アリオトはため息をつく。
「……おそらく………そうだ。」
「………。」
「……人間のな。」
「っ?」
ニッカは目を見開く。
「犬とか……鹿とかじゃなくて?」
骨と分かった時にそう心によぎらなかったわけではないが、敢えて言われるとどうしていいのか分からない。
「ギュグニーで拾って来たんだろ?」
「うん…。」
たくさんの……仲間とも知り合いとも言えない人々が残る中で脱走した自分。置いて来た………どこにあるのかも分からない、両親や妹、従弟たちの墓。
彼らが………
生きていても死んでいても、獣道を渡って来られるように道しるべを作ってあげたかったのだ。
何か象徴を持って。
自分の何かを辿ってそこを出られるように。
「そうだよね…。きっとあの周りではたくさんの人が亡くなっているから…そういう事もあるのかもしれない………」
「もしよかったらそれを貸してくれないか?護衛を頼んだ人が霊性の強い人でね。もしかしてその知り合いかもしれえないんだ。」
「?!」
まじまじと兄を見てしまうニッカ。そんなことがあるのだろうか。
ニッカはカバンから小さくきれいな箱を出した。
「こっちがその欠片の元なんだけど…。」
小さな宝石箱の中には4センチほどの軽い石が入っている。アリオトは手袋をして手に取ってその石を見た。
「確かに骨っぽいな。どこの部位だろう…。」
大部分は削られているが、砕けた部分に海綿質の残りのような物も見える。
動物の骨ならなんとなく分かるが、さすがに人間だと分かりにくい。分かりにくいと言うより、人間だと思うだけで思考がうまく回らない。遺体も白骨体も、腐敗葬や火葬した人間も見たことがあるし、処理もしたことがある。でも、妹がそれを持っていたということに複雑な思いがする。
「しばらくどちらかを預かっていいか?」
「分析するの?」
「まさか。その護衛の人に霊視してもらおうと思って。彼もギュグニーから脱出した人なんだ。家族を置いて来たらしい。それで、その骨は………」
「…多分女性だ。」
「!!」
驚きのあまり、ニッカは何も言えなくなる。
自分は見た。
朧げで儚げで…虚ろぐあの記憶。
獣道を抜ける前に、誰かに触れたあの感触。
柔らかい女性の肌。
でも、シワシワで轟々と灰色の闇が燃えるような目や髪。そして長いドレス。
くすんだブロンドヘア………
「……ッカ?ニッカ!」
「っ!」
アリオトの呼ぶ声にハッと目を覚ます。
「ギュグニーの国境に…女の人がいたの…。」
少し泣きそうな、声を詰まらすように、興奮したようにニッカが言う。
「ニッカ?」
「艶のないくすんだブロンドヘアで………
きっとその人も国境を抜けたくて…。」
「………?!」
「…違う……。その人はきっと、あきらめたのかも。分からない。分からないけれど………」
アリオトは席を立って、ニッカの背中をそっと擦る。
「……分かった。ニッカ。もう思い出さなくていい…。」
「家族なの?」
「さあ、知り合いだと言っていた。」
「……その預ける方の名前を聞いてもいい?」
テニアから許しは貰っている。
「テニアさんだ。テニア・キーリバル。」
「……テニア。」
ニッカは兄に小さな宝石箱を預けた。
***
次の日。
午後からリギルはまたファクトに付き合わされることになる。残念ながらラムダはグループ課題が終わらなかったようだ。
まず予約していた歯のスケアリング。何とも嫌なことに、また来週予約させられる。1回でお願いしたい。
それから若者の街、シントゥアンまで連れて行かれ服を買わされる。
オシャレな店はリギルが絶対に入りたくないと言うので、スーパーの衣料品売り場やファストファッション系にした。この時代は基本通販だが、シントゥアンは実店舗がたくさんある。入る前はどの店でも固まっているが、店員は声を掛けないと話しかけてこないよ、と言ったらどうにか入ってくれた。
簡単なTシャツや長袖シャツ、ボトムに下着やスリッパや運動靴を買い、その後に通りにあるゲーム関係のグッズ店で、「リギル君好きそうだから」と勝手に殿堂入り人気キャラのねこスライムTシャツを買う。しかも、俺もほしいとか言うのでファクトとお揃いになってしまう。
「お!これカッコいいーじゃん。」
と、アルファベットがカッコいく並んだデザインも買おうとするが、オタクに人気のアニメグッズである。リギルとしてはやめてほしい。絵はないが、人気の女性キャラを『愛してる!』とどこまでもカッコよく書いてある上級者向けである。
「小さい頃再放送見てた!これ買おう!」
今度は何かと思えば、伝説のサッカー漫画『イレブントレイン』。
ポラリスも生まれる前、総師長さえ生まれていない時代の漫画である。幼少期からサッカーがひたすら好きで、サッカーしか考えていなくて、パジャマも普段着も水着もバレーするときもサッカーのユニフォームの少年。彼がアジア一国のサッカー界を引っ張って行く話なのだが、忘れられて置いてきぼり過ぎのヒロインが、最後ライバルと結ばれてしまうそこだけ切ない話だ。現在もこの結末には賛否両論があるが、「第二部Wリーグ編から出てこないし、ここまで放っとかれたらしょうがないでしょ」と、作者がこの漫画でそこだけ現実なことを言いだし世界が激震した。
ファクトとしてもそこは許しがたかったが、サッカーを選んだ主人公の胸の内は忘れない。主人公も忘れていたっぽいが。
その主人公が『シュート!!』とボールを蹴っているパーカだ。
「いらない。」
「えー!いるよ!『シュート!!』だよ?全てを抱く熱きセリフだよ??」
「いらない。」
「ええー?!!じゃあ、ラムダとお揃いにしよう。」
「自分の分だけ買えよ。」
勝手に色違いでラムダの分も買う。
「男とお揃い着たいのか?」
「え?ダメ?じゃあ響さんの分も買っておこ。」
「……。」
「リギル君。このシリーズのマグカップも色違いであるんだけど買っておこうよ。ほら、合わせると一つの絵になる。」
「お前、新婚か?」
そう言って、なぜかファクト大満足で店を出る。安かったので生活品はほとんどマートで済ませてしまった。実は勝手にリギルの『シュート!!』Tシャツとパーカも買ってしまっている。
リギルは、ん?俺は暫くあそこに住むのか?と、思いながらバイクの方に行く。
「せっかくなら夕食もここで食べたいけど、7時からアーツの総会があるらしいんだよね…。結構重要な話らしいから参加しないと…。」
と、夕方の賑やかなシントゥアンを後にするのであった。
●コパーを励ましたファクト
『ZEROミッシングリンクⅢ』64 コパーは悩む
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