68 リギル病院に行く
実は、ローの弟リギルは、1週間を過ぎた時にエリスに呼び出されていた。
でも、来ないのでエリスからリギルの方に向かう。
そこではっきりとエリスに言われる。
「その高いプライドも、高慢な心も、全部自分にあることを認めてなさい」
「君自身が自分の問題を助長している原因だ」
「そちらのお母様は今、君の面倒を見られないから帰れないだろ。帰すにもお母様の方が心配だ」と。
「いろいろな動画を作ってくれたようだが、どのみち今すぐ世界は変わらない。
聖典だって終末から千年かかると言っているんだ。」
「…………」
「霊の世界は一瞬で変わっても、物理の世界は数千数万年の月日が掛かる自然に任せるか、人間自身が物理的に変えていかないといけないんだ。壊したものを直すのには時間がかかるよ。
変わるのは君の目線だ。」
リギルは無言で拳を握る。
「海の岩場にびっしり張り付いている貝を知っているだろう。
あんな感じで君はこの10年近くびっしり固定観念を付けてきたんだ。仕方ないこともある、必死だったこともあるだろう。でも今は、それも全部同じ貝殻だ。誰がいいとか悪いとかじゃない。
それを全部へらで剝がしていく作業がいる。
その作業の途中で膿も出るし、自分がどうしようもなくて泣いていた貝もあるだろう。でも全部…剥がしていくんだ。
今それを受け入れた分だけ、人生の最期に見る走馬灯が変わっていくよ。
世界が変わる前に、君の見る世界が全てを変えるんだ。
君は賢そうだから意味が分かると思うが?」
もちろんいきなり言ったわけではなく前後の話もあったわけだが、リギルにとっては相当衝撃的で最初は嚙みつきに噛みついたが、リギルが話している間はエリスは何も言わない。ただ聞く。なので、もう1人いた付き人に宥められるほどエリスに言いたいことを言った。
「一度一日考えてみるといい。君だけでなく、みんなに話していることだ。
君が見つめる世界を変えるなら、君の知の世界は変わっていくし、それは全力で応援する。
私は神職者だから、私自身ではなく、神の変わることのない永遠の愛で……まあ日常生活くらいは支えるよ。
ここに来たのも何かの縁だ。」
エリスはそう言って去って行く。
その夜リギルは悔しくて悔しくて、そして行き処もなくて、ずっと泣いていた。
泣くのも久しぶりだった。
***
ファクトとラムダはリギル部屋でネットを見たりゲームをしながら時間を過ごす。
そこに容赦ないリギル。
「ファクト。お前、俺みたいな容姿だったら人生摘んだと思うだろ。」
「え?」
「お前、俺になりたいか?」
「……そうだね…せめて髪の毛はもう少し頑張りたいよ…。」
ぼかしつつもはっきり言うファクトに、イラつきを越えてため息が出る。
「今禿げてきたらどうする?」
「………前方と…天辺が禿げたら………禿げ隠しと言われようが、全部剃る!」
「…お前、ハゲでも似合いそうだもんな…。」
「リギル君髪はあるよ。そこまで気にしなくても。」
「この前髪で隠してる後退感と、天辺から全体的に薄いって言うのが、余計に悲壮っていうのがお前には分からないんだな…。俺は遺伝子的に何か欠陥があるんだよ。兄弟家族と容姿が違い過ぎる…。」
「爺さんの代や父さんがそんな感じとか?」
「まあ、親父はしょうもなかったな。俺ほどじゃないが、かっこよくはなかった。オカンも普通だが。」
なぜかファクトとラムダの間でなら、ネット上と同じ会話ができるようになったリギル君。
「待って。今さ、その緩んだ頬を引き締める顔矯正っていうの調べてるから。俺がマッサージしてあげるよ。」
「………。」
「…そうだ!まず整体に行こう!その背中をもう少し直そう!!」
「へ?」
「そこまで丸まってると、いきなりサポーターつけるのも怖いし、病院に聞かないと!腰も沈んでるんじゃないかな…。なんていうのか知らないけど。」
と言う訳で、何でもすぐ行動キャラに絡まれ、リギルは翌日早速病院に連れて行かれたのであった。
***
「うおーーーーー!!!!!アホのファクトーー!!!!」
次の日午前の授業が終わり、リギルにラムダのウィンドブレーカーを被せて、ベガスの総合病院まで来た時であった。信じられないことに、蟹目の高校までの同級生リウやヒノ、ユリたちに会う。叫んでいるんは奴らだ。
「しっ!しっ!ここ病院!!」
「何が病院だっ。この野郎。俺らからの連絡無視しやがって。同じ教育科なのになんで会わないんだよっ。」
そういえば、リウたちも藤湾大学に進学したことを思い出す。いきなりファクトの知り合いたちに会って、リギルは驚いてフードでさらに顔を隠した。
「俺、途上地域開発の方だから会わないんじゃないか?」
「ふざけんなっ。連絡は行ってただろ?」
「忙しくて…。」
「はーーー??」
「俺、高校からここにいて先に大学の基礎教育は取っちゃったから、一部教科はもう行ってないんだ。半分2年に飛び級して専門に入ってる。」
「そうなの?せっかくファクトと通えると思ったのに…。」
ヒノもユリもがっかりしている。
正直いろいろあり過ぎて、蟹目の友達たちに連絡は避けていた。少しボーとする時間を除いて、最近は勉強にトレーニング三昧なのだ。一連の襲撃、軍やSR社に関わる話まで出て来て、説明も難しいしはっきり言って今までの友達たちとのバランスを保てる自信がない。
「なんで病院にいるの?」
「大学の健康診断終わったところ。お前こそなんで?」
「リギル君の整体と体質改善に来た。」
「はあ?」
リギル君と言われて、本人は驚いて早速フードをしっかり被る。
「こっちの友達?こんにちは。ヒノと言います。」
ちょいデブっちょのヒノが顔を覗き込むので、ますます小さくなる。代わりにファクトが答えた。
「うん。この前友達になった。」
「てかファクト、整体?そんなんそこらの個人病院でいいだろ?」
「リギル君は栄養も含めて知り合いの医者に診てもらおうと思って。ここ美容外科も漢方科もあるし。リギル君、ずっと籠って仕事してたから、体調管理がおろそかになってて。」
「ねえ、お兄さん…だよね?顔隠さなくてもいいのに。」
リギルは「畜生…」ど聴こえないほどにつぶやいて、それでも少しだけフードを取る。
「あー、お兄さん!その伸ばした髪、切りなよ。」
小声ながらも大げさに言う。なにせ、薄く伸びた髪がねっとりした感じだ。実際ねっとりしているのではないが、髪にコシがなくなくそんな感じだ。
「ヒノ、失礼だよ…。」
ユリが止める。
「よしじゃあ、この後は美容院に行こう!その気だったし。サルガスが切った所でサルガスみたいにしてもらおう!」
かなり無茶を言う。
「あ!響先生!!」
そこに久々の響が白衣で現る。
「…ファクト…。」
切なげにファクトを見る響。先日思わずファクトからの着信を取ってしまったが、会うなと言ったミザルの言葉が胸を締め付ける。どう反応したらいいか分からなくてブスッとしてしまう。
響は東アジアからの命令で、監視体制がありすぐに軍が動けるため、研修はベガス総合病院でするように言われているのだ。本当はアーツのメンバーに会いたくないのでベガスは絶対に嫌だったのだが政府からの命令なので仕方ない。
「リギル君、この方がミツファ先生だよ!漢方の先生もしてるから、体に良さげなものお願いしようよ。まず、『気』入れよ!『気』が無さ過ぎる!」
響がリギルの方を向いて挨拶をする。眼鏡女子に思わずたじろぐリギルは、慌てて礼をした。
「後こっち、たまたま今会ったんだけど、蟹目高校にいた時の同級生。幼稚園から一緒!」
「え?そうなの?!ファクトのお友達?こんにちは!!」
ファクトを幼い頃から知るらしいお友達に、思わずテンションが上がってしまう響。
「こんにちは!」
「こんちは!」
「ねえ!小さい頃のファクト知ってるの?今と全然変わらなさそう!」
「そうですね、全然変わらないです。」
「全然言うこと聞かなかったんじゃない?!」
「…聞きませんね。」
「やっぱり~!今も全然聞かないよね!」
「………」
「………。」
楽しそうな先生に返しがない皆さん。どこでもそうなのか。
「…ねえ、あの先生ファクトの事が好きなのかな……。」
「さあ…。こっちでもファクトこういうキャラなんじゃない?」
ヒノがユリに聞く。実はファクトの事がちょっと好きだったユリ。ヒノも嫌いかと言ったら好きな方だ。
「響先生、今ひま?ご飯一緒に食べようよ。」
「おい、仕事中だろ?」
テキトウなことを言うファクトをリウが止めるが、楽しそうな響。
「え?暇だよ!お昼ご飯に行こうと思ったの!」
暇なんかいと思うが、職員たちも使用する吹き抜け地下の大型フードコートに行くメンバー。リギルも午後からの診断なので、みんなで向かう。
「奢るから好きなの食べて!」
響は久々にお友達と交流するので楽しいが止まらない。
みんな好きなものを注文してパネル清算をする。デバイスでもできるが、響はワイワイみんなで選びたい。
「ふーん。そうなんだ。」
何となくファクトの話を聞く響と、横で聞いている蟹目の友人たち。リギルのプライベートがあったもんではないが、ファクトは変な事を思う友達じゃないから大丈夫だよ、と言っておく。
「ファクト、診断表見せて。」
コードを見ると、診断日時、科、棟と階、先生の名前など出てくる。
「えっと、李先生と私だね。」
「リギル君。こっち向いて。顔見ていい?」
「え…。」
女性に顔を見せるのは母以外10年ぶりくらい。しかも近距離で。小学生時代一部の女子に気持ち悪がられていたのを思い出す。
「………。」
「はい!リギル君。こっち向いて!」
強引な響は、最初に手を取って皮膚を押さえる。それから爪を見た。
「ひいっ。」
怯えているのに気が付いて、フードは外さずに、その中の顔を覗き込んだ。
「ひっ…。」
頬を触って目の下を診るだけにした。
思った以上に整った顔の女性に見られて、固まっている。一応、家族のいない時間は家の中はを出歩いてはいたが、母すら真正面から見ていない。
「虚証ではあるよね…。血虚かな…。乾燥していないのは若さかな…。」
リギルだけに聴こえる小声で言う。
「2時にちゃんと診ようね。」
響は優しく言った。
「あれ?響先生ー!」
そこに声を掛けてくる数人の医師たち。
「先生、いつも休憩室でお弁当食べてるのに今日は外ですか?」
男性の先生が嬉しそうに攻めるので、響は顔を逸らして苦い顔をする。
「コーヒーだけ買おうと思ったら知り合いに会って………」
「えー。今度私たちとも食べて下さいよ!」
「学生さん?響先生に、同僚とも仲良くしてくださいと言っておいてください!」
「…。」
変な眉毛なのに相変わらずモテるな…と思うファクトであった。




