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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十九章 目と目、手と手

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65 変わっていくベガス、チコの涙



「おいおい、何なんだ?また美女がいるぞ。」


夕方の事務局横のフリースペースがざわついている。


ベガスにはあまりいなさそうなグラマーさに、大房にもいなさそうなハイスペック感。ゴージャスでありながらも引き締まった空気のある女性。その周りにも3人ほどの軍服女性がおり、お腹の大きなサラサやVEGAやアーツの女性陣と楽しそうに話している。


「あ?あの人たちは表に出ていい人たちなのか?」

午前中に見ているシグマが驚く。実は午前いた女性たちの内4人は、ヘッドギアも被った完全武装で河漢まで視察に来ていた。

「知ってるの?」

「あの人たちが、言ってたユラス軍の?」

「あの人たち河漢には無理だろ。少なくとも顔見せはしない方がいい…。」

「写真に収めたい…。」

カメラ小僧ラムダが欲望を吐いている。


そこにボーと歩いて来たファクトを呼ぶサラサ。

「ファクトー!いらっしゃい!」

「はい?」

「ファクト、こっちであいさつしなさい。」

「え?これから道場に行きます。シャムたち待たせてんで。」

「いいから!」

仕方なく女性陣の中に入って行く。


「あ、どうも。こんにちは。心星ファクトです。」

女性たちからこんにちはー!と明るく返ってくる。キリっとした雰囲気だったのに、ファクトが来るとワー!と盛り上がる女子の輪。

「この子が?もっと子供だと思ってた!」

「あれから何年経ってると思ってるんですか?少佐!」


「少佐?!」

アーミーな響きに即座に反応する小学生頭。

「陸軍ですか?」

「少佐は元は空軍希望だったから、パイロットでもあるんです。」

「は~。そんなのもあるんですね。」

「前は大佐だったんだよ。」

急に食いつきがいいファクトに周りが教えてくれる。

「マジっすか!」

なんだか感動している。でも、正直大佐も少佐も大尉もよくは分からない。少佐とワズン大尉はどっちが偉いんだ。大体どこの軍も大将が強いという事は知っているが、アーツでは番長が最強である。


「あのね、ファクト。こちらのガイシャス少佐はチコさんの昔の上司で、チコさんをとてもよく見て下さったの。」

サラサが嬉しそうに話す。

「あ、そうなんですか?!ありがとうございます!!」

「こちらこそ。」

手を出されるので握手をする。



離れた所で見ている男子どもがうるさい。

「あいつ、なんの星の元に生まれたら、あんなに役得感満載の人生になるんだ?」

「あいつはただ生きてるだけだろ。十四光チート恐ろしすぎる。」

「十四光を余すところなくホカホカ浴びている。」

「おい、ファクト待て!」

外に行こうとすると、先輩たちに羽交い絞めにされた。

「お前の運を少し譲れ…。」



そこにチコについて入って来た護衛のフェクダが現れると、突然ガイシャスが立ち上がった。

「フェクダ!」

「ガイシャス!」

フェクダも呼ばれた方を見る。


ガイシャスが駆け寄って抱き合い、軽く口にキスをした。

「?!」


「おおおおおーーーー!!!」

「もしかしてフェクダさんの奥さんすっか?!」

周りが湧く。


「ああ、妻のガイシャスだ。よろしく。」

二人で礼をすると拍手が沸き起こり、もう一度ガイシャスを抱きしめる。そこに事務局の奥から小中学校くらいの女の子たちが出てきた。

「父さん!」

「お父さん!!」

フェクダは抱きついて来た二人に頬にキスをされた。


「え?お子さんですか?二人も??」

ローが驚いて聞くと、二人は恥ずかしそうに礼をした。

「もう2人いるんだがな。」

「4人?!!」

ニッコリするガイシャス。

「後の2人はダーオで寄宿舎に入っているから。」

「お父さん!私かわいいカフェ見付けたの!あそこ行きたい!」

子供が横で小声で急かす。

「いいよ、フェクダ。1時間後に戻って来い。サイナー、ナナス。少しの時間でごめんな。」

「いいえ。チコ様、ありがとうございます!」

娘たちがそれぞれチコの頬にもキスをする。

少し話して、それからフェクダ家族は楽しそうに去って行った。



「基本ユラスは夫婦が近くに住めるよう所属させるから。」

チコがため息がちに言う。

「やっとだな。」

「ならこっちに住むんですか?」

「ああ。」

「安心しました。あんな人がフリーでうろうろされたら困ります…。」

河漢で変な苦労をしまくっているタウが安心する。

「もしかして今回来た女性たちの何人かも旦那がこっちに?」

「4人はそうだな。」

「なるほど。」


「うらやましい…。あんな奥さんに、あんな娘さんたちに…。」

アーツのうらやましいが止まらない。




***




一方、今日あれこれあったレオニスとマーベックは結局一緒に夕食を取っていた。


改めた感じではなく、退勤そのままの軍服で近くのカフェレストランに。

あの場にいた面々に、チコの気分が満足するから1回くらい食事でもしておけ、とお金を渡されたのだ。


「…なんかウチの上司に巻き込んでごめんね…。」

「…いえ。大丈夫です…。」

海外異動、初日からこんなことになるとは思ってもいなかったに違いない。


「ここはかなりイレギュラーな部署で、臨機応変にいかないと大変だから。個人の我儘もいろいろ入るし。」

かなりの我儘である。

「……」

マーベックが少し震えていた。

「え?…大丈夫?」

「あ、はい!大丈夫です。議長御夫人にお付きの方とこんなふうに食事をするなんて…、その、あの……緊張してしまいまして………」

「…緊張?。」

ん?と考えるレオニス。ベガスにいると忘れがちだが、一応チコ付きの人間は皆ユラスのハイクラスやエリートである。チコだって、ただの婚活オバちゃんではないのだ。すごい婚活オバさんなのである。


「私…、地方から来て…少佐にスカウトされるまで配属も地方だったので、こんな都市に来てそれもちょっとびっくりしていまして……。訓練でダーオなどにいたことはありますが、ずっとキャンプ状態で………」

「………。」

「あ、買い物とかで上京したことはあるんですが、こんなにたくさんの都会の人と過ごすのは初めてです…。」

「…いくつ?サイコスターだっけ?」

「26です。サイコロジーと、テレキネシスです。爆ぜさせるくらいの事しかできませんが…。」

「まだ若いね。気を張らないでね。私も出身は地方だし、あまり都会にいる気分もないし……とりあえず食べよう。」


出てきた海鮮丼に「??」になっている。

「醤油とわさびをかけて。こっちの甘酢ソースでもいいんだけど。」

「え?これが噂の刺身ですか??わさび?食べていいんですか?」

ほぼ海がないユラスは、都会や一部地域でしか刺身は食べない。食べるとしても、養殖サーモンの真空パックなどだ。マーベックは箸も非常にきれいに使いながら、一つ一つ楽しそうに刺身を食べている。


わさびを試しにそのまま食べて、びっくりしているので思わず笑ってしまった。


自分より上官に囲まれ、運転手としてもあれこれ動いていたレオニスは、久々にむさい男たち以外と食事をしたのであった。




***




その夜、道場にいる時間にチコからファクトに会いたいと連絡が入る。



月夜のエクステリアのベンチに座る二人。


「ファクト、あのことだけど…。」

「…あの事?」


「サダルがって話…。」

「…ああ。」

少し考えて、頭に響いたあの声を思い出す。



『お前の体を奪ったのも…子を生せなくしたのも…』



「…………。」

なんとも言えない思いになる。

「ファクト…。」


だけどファクトは聞きたい。

「………チコの健康体を奪ったの…?」


「奪ったとかいう言い方はするな。もともと大怪我で運ばれてきたんだ。」

「そうなの?」

チコはコクンと頷く。

「両腕も潰れていたり、もぎれそうだったから……。」

ぞっとしてしまう話だ。だが、ムギの言っていた内容と少し違う。


「腹部の治療だってサダルやそのチームと同じ判断をする医者だっていたような状態だったんだ。」

「………。」

男子学生相手に言い方に気を遣ったのか。でもきっと子宮などの事だろう。


「それに…動揺しなくていいぞ。」

「…俺動揺してる?」

「この前はすっごく動揺してた。」

「…そっか………。」


「それでも、もしサダルに非があっても、サダルと生きていくってちゃんと決めて、夫婦で納得してるから。」

「……そうなんだね。」

正直ファクトにはまだユラスの事情も、大人の事情も、ましてや夫婦の事情など分からない。ただ、この二人が、自分たちだけで納得した生き方はできないというのも確かだろう。


「サダル議長の事好きなの?」

「は?!」

戸惑って思わず立ってしまう。


「……そんなこと考えたことも聞かれたこともなかった!」

聞かれたこともあったかもしれない。でも、チコの記憶の中ではもう全てが曖昧だ。昔は、何も、サダルのことも世の中のことも知らなかったのだから。

「え?考えてよ。ちゃんと愛しているっていう意味で。」

「考えたことない!」

好きか嫌いかとかくらいは考えるが、愛し合って結婚など根底にもなかったのだ。

「ユラスの将来も大事だけどさ、……長い人生なんだから分かり合える家族がいないって、いつか疲れ切っちゃうよ。今はよくても。

そういうのって、大変な立場の人ほど本当は必要なんだから。」

「…………」

まじまじとファクトを見てしまう。




ファクトは思う。


研究の罪科というのか?

サダルだけがそうしたのではないのだろう。もしかして………ポラリスとミザル。父や母だって何かに関わっているのかもしれない。自分は父や母の、どんな重荷を背負っているのだろうかと時々考える。


サダルを責めることはできない。でも、それとチコの未来は別に思いたい。いや、それを負いながらも分かり合える夫婦であってほしい。

「………。」

「どうしたんだ、ファクト。いきなり仙人にでもなったのか??」


「ウチは父さんが幸せそうだからさ、チコにもそういう人生を送ってほしいよ。」

「…………」

「できればお互い愛し合える関係で…、幸せになってほしいから。」



チコから反応がないのでふとチコの方を見てみる。


「…?」

街灯の逆光で一瞬よく見えなかったが、目が慣れて驚く。

「チコ?!!」


チコが泣いていた。


「チコ?!!」

思わず駆け寄り、目の前で止まる。

「………チコ?」

「………。」


紫の目からあふれ出す涙。


「ウソ…なんで…。」

しばらくして自分の涙に気が付き、チコも戸惑っている。

ベガスに来て何度か泣いているが………ポラリスとサダルの前以外では初めてだ。しかも外で。立場上、よろしくはない。


でも、涙が止まらない。


「チコっ。」

「………」

「ちょっ。大丈夫??」

「…なんで、なんでお前ら親子はっ…」


道場を抜け出して来たのでカバンもタオルもない。

ただ分かるのは、抱きしめてあげることはできないという事。


始め見た時は越えられないような大人なお姉さんに見えたけれど……抱きしめてあげたい………。


でも、それは自分の役目ではないから…。



「あ、え、えっと…。」

ユラスの男性たちが同じように思う理由が分かってしまう。

でも、じっと耐える。


たくさんの、たくさんの過去を含んだ、きっとそんな涙。もう、チコすら、それが何の涙なのか分からないのかもしれない。


「はあ…。」



すると、少し離れた所で控えていたフェクダとパイラルが駆けてきた。

「チコ様?!」

パイラルがサッとチコを抱き寄せ、大き目のタオルで涙をそっと拭う。二人の間にいると、チコが小さく見えた。


「………チコ様………」

そんな姿を初めて見たのかフェクダも固まっている。

「…ファクト?何の話を…。」


「フェクダ…いい。幸せになってほしいって…言われただけだから………。」

「…!」

「ファクト…ありがとう…。」

「…………」

少しだけ笑って、何も言わないファクト。



それだけ言うと、チコは早めにマンションに戻って行った。





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