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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十八章 自身が

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60 本来は返ってこないものなどない



サダルは答えない。


「サダル君はハッサーレの国外対応の外科の方にもいたから知っているだろ。」

途上国や紛争などで傷付いた人々を運んでくる外科だ。

「大人だって病気や加齢で粗相をしたりする。失禁だって尿だけじゃない。腸が潰れて便がはみ出したり、便失禁とかだってある。そういうまま運ばれてきた人たちもいるだろ。処理はしてあっても腸や括約筋がダメだとダメだからな…。


そんな姿を見せられて…たくさんの人に見られて、人生の全部が終わった顔で運ばれてくる人もいるが……神はそんなこと気にもしないよ。人間は神の子で………今、命が助かっただけで本当に感謝で…。


そういうケアもするだろ。」


「…………。」

ハッサーレではそんなケアはしない。ただ絶望だ。


するにしても、人にもよるだろうがこっちはいちいち醜態とも思わないし、そんな人はたくさん見ているから医療側は忙しくて個々人の患者に良くも悪くも思いは寄せない。なにせ、サダルやオルビーたちの医療はメカニック生体開発を前提としたもので、学ぶのも医療だけではないのだ。人体学や基礎工学、コンピュータ知識なども必須で、様々な状態の患者が来たら人間の仕組みを学べると、研究員として嬉々とした者もいた。

最初は嫌がる者もいるが、ほぼ慣れだ。人の心まで見てしまったら、前に進めない。心理状態は重要だが、次に向かうステップでしかない。いつも、国家が見ている。



あとは、個々人で心身ケアを学んでいる研修医たちはいたが、たいていの研究員は病状や処理が大変な患者が来たな、と思うくらいだ。研究室は医者よりひどいと言われることもあるくらい、情が欠如している場合もあった。


「………。」


「人間がそうでも……神は忘れない。

自分が作った命だから。


神はそういう存在だよ。自身のどんなみっともなさも認め、包んでくれる。


罪や悪は別に考えるが、個々人への尊き思いは変わらない。赤ちゃんのケアから、歳を取ってしまったその人の介護まで………全部やってあげたいと思うんだ。気持ちの話だけどな。」


実際の介護はそうはいかないが。口ばかり達者な年寄りや、逆に謙虚のようで頑固な者も多い。でも、これこそ他人ではない。いつか自分がそうなるのだ。


でも、本来は受け手もする側も、きちんと戻ってくるものがあるのだ。一方だけが消耗してしまう世界は本来の世界の仕組みにはない。


堕落した人間が地上を覆っているからだ。




「そういう本来の親友や親子関係に近い愛を知らないと………本当の『罪』とは向き合えない。


本当の安心を知らないうちは、人は愛の意味も罪の意味も分からないんだよ。

環境じゃない。それは二次的な問題で、心の安定だ。


永遠の安定のある場所。

自分は一人ではないんだという安心。

聖典にはそれがあるのに、人類は長らく見付けられなかったからな。


神は胎の中で死んでいった子供たちですら…一人も忘れてはいないよ。だから全て、洗い流したいんだ。つらい記憶は……」

サダルが見ていなくても、ポラリスは少しジェスチャーをつかうので、時々ファクトがチラ見をする。



「その人が無気力であれ何であれ、どこか奥底でもいい、懸命に生きようとしないと神は呼応できないが…、でも誰の呼びかけにも本当は答えている。

国を動かす様な事だけじゃない。胎内で亡くなった…たった一人の命にも…。その声にも…。」


「…………」

「神は全ての人に流れ込めるように、形を成さない存在になったから………同時に誰になることもでき、誰とも共にいることができるんだよ。」



退屈になったのか、ファクトがもぞもぞ動き出し、冷めてしまったレトルトコーンスープを見付けた。


そして…、顔を伏せているサダルの前に、不器用にマグカップとスプーンを持って行き…

死人のようになっているご飯も食べないお兄ちゃんにあげるのかと思いきや……その前でおいしそうに自分が食べだした。目の前の誘惑には勝てないのかそんな心、初めからないのか。何せ、自分の事しか考えていない3歳児男子。


「ファクト、こぼすから机で食べなさい。今は着替えがないぞ。」

ポラリスが抱き上げて机の前に連れて行くが、またサダルの前に戻ってくる。

「あ!動くな!こぼす!!」


サダルはサダルで、全く動かない。


「うぅ。しー。」

「は?」


そしてそこでいきなり、おしっこをしてしまう。

「わー!!そこでするな!!!」

持ち上げても遅い。むしろ自分にも掛かてしまうポラリス。


さすがに顔を上げるサダル。

「………。」

ボーとした顔をしつつも、この子も少し言葉が遅いな…と誰かと比べた。



「はあ………。すまん。シャワーを借りる。1回オムツが外れたのになんでこんなことに…。この前からオムツを履いてくれなくて…………」


サダルは少し体を起こし、その辺にあったタオル地のマットで軽くファクトを拭き床も拭いた。ついでにさっきこぼしていたスープも拭く。

持ち上げられているファクトは無表情だ。ただ、反省している様子は微塵もない。世界を見据えた無敵な顔をしている。


「サダル君、悪いけどそのタオル持って来てくれる?洗うから。」


ここまで死にそうな自分に頼むのか…と思いつつ、しょうがなく立ちあがってシャワールームに持って行った。この部屋にウエットティッシュなどないので、使い捨て出来そうなタオルを雑巾にして拭き直す。



風呂場から叫び声が聞こえるのを放置して、サダルは窓際に座って少しだけまだ明るい外を見た。



ポラリスたちはすぐに出てきたが、今度は親子ともども水浸しで、ファクトはバスタオルを首から巻かれててるてる坊主になっていた。

「はあ…、ごめん。浴室水浸しになった…。タオルとかは手洗いしておいたけど…。洗濯機回す?」

「大丈夫です。マットは清掃の人が持って行ってくれるので。」


「ごめん。今日はもう行くよ。祈りだけ捧げよう。祝祷するよ。

単位は全部取っているしね………。一旦、健闘賞だ。」

(せわ)しなく動く子供を押さえ込んで抱きかかえたまま、サダルの手を取ってしばらく祈る。


それから惨敗した顔で、ヨロヨロとそのまま玄関の方に行き、また叫んでいる。

「サダルくーん!ここにあるサンダル借りてくねー!!」



通路にも水が滴っているが拭く気力もない。


サダルは疲れ切った顔のまま、返事をせずに既に見えている月を眺める。




未来に誰かが眺める…いつかの月に似ていた。




***







その夜、サダルはサイニックが抜けた第Ⅳルームに許可を貰って入っていた。

監視にはアンドロイドのガージとファイナーが入っている。



既に隣の予備部屋には、アンドロイドと思われる数機が停止状態で一時納入されていた。



サイニックのメインストレッチャーを触ると、バシっと小さく何かが弾かれる。



そこに浮かぶ、しばらく前の風景の記録。


何かのホログラムか。


その記録の中で、サイニックは上半身を起こしている。ポラリスのうるさい呼びかけに、始めて声のする方に瞳を向けた。そして、女性が差し出す水差しから何か飲んでいた。飲み物が少し口横にこぼれ女性がふき取ると、サダルに声は一切聴こえないが、「飲めた!」とみんな和やかに笑ったのが分かる。


「…………。」



…………不思議だ。


これがサイコメトリーだろうか。空間や物質から残留記憶を読み取る力だ。今までこんな力はなかった。それとも誰かに見せられているのか。


何の嫌味かとも思い、そう思うこと自体が先ほどポラリスが言っていた、聖典の話の中の最初の過ちから引き継いだ惰性……傲慢さなのかとも思う。もっと違う形で言葉や出来事を受けとめるべきなのだろう。



そうすれば、あの燃えていた学習院の事実は違っていたのだろうか?


結局自分の考えや行動の結果なのだろうか?

もっと速く自分が母を説得すれば、もっと速くあの街から抜け出すことができたのだろうか?


でも、母の心が動くまであれ以上言うのは怖かった。



どこで選択を間違えたのだろう。



もしかして自分たちや母がいたから、街が狙われたのか?

母が緑の目の子を拾ってこなかったらあんなことは起こらなかったのか?あの大型スーパーや数か所の襲撃で、あんなにも人が死傷することはなかったのか?


あれ以後内戦が激化した。



自分たちのせいなのだろうか?自分たちがあそこで何も知らない顔で、好き勝手生きてきたから?


なぜ、ギュグニー側は緑の目の落とし子が生きていると知っていたのだろう。


あの子がそうなのだと。バイラの母が拾って来た子だと。

少なくともあの時点では、自分たちと軍以外知らないはずだ。ユラス人にも緑の目はいる。なぜあの子がそうだと分かったのだ…。



その時、死体だらけの荒野の、あのションベン臭い道化のような何が頭をよぎる。






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