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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十四章 触れても届かない手
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5 パイの心



異世界から現れたような、光の女神の様なモーゼスは、神々しさを失わずにシェダルの鼻の先で話しかけた。


『なぜ泣くの?』

立った一筋の涙を、優しく拭おうとするように動く。



「うるさい。ウイルス。」

シェダルが睨み手でよけると、パチンと弾けるように後ろに下がる。長いスカートの様な、模様の様なものに隠れてなかった足が出て来て妖精のように辺りをきれいに舞う。


『ひどいわ…。ウイルスじゃない。シリウスに毒されたのね。彼女こそあなたの世界のウイルスなのに。』

「シリウス?ただの俺の監視役だ。」

『あなたの義体はシリウスチップでしょ?せっかく私だったのに……。彼女はセキュリティーが強すぎて私も入れないの。』

「シリウスが何であれ、俺には関係ない。お前のベースよりは楽というだけだ。それに、元のベースだってお前じゃない。『北斗』だ。お前はあのクソったれたラボの三流野郎どもの理想体だろ。」


『三流?』

それを聞いてめきめきと炎を後ろから発し毒蛇の女神のようになるが、それもサーと流れいくつかの平凡な女性に姿を変えていく。


「怒ってんのか?別にお前を三流って言ったわけじゃないだろ?あのラボのじじいたちだよ。」

『違うわ。私をあなたの中から否定するからよ。』

「別にシリウス信者になったわけじゃない。よく治療してくれる病院(ラボ)に行くのは当たり前の話だ。」




AIの描いたものなのか、既存データのバンクを参考にしているのかモーゼスはどんどん形を変えていく。それはだんだんゆっくりとなって、1分ほどで変わっていく。


でも、その中にシェダルの気にくわないものがあった。


きれいな長い黒髪。

東邦で特徴的な量が多く固めの髪質。ただ、くせ毛ではなくストレートだ。目は深く碧い。


「………?」

モーゼスはその女性になった時のシェダルの変化に気が付いた。


まるで人間のようにシェダルの前に歩いて来て、長い髪がどんどん伸びていく。その長い長い髪で裸体になった胸や肢体を覆う。公共の場のシステムは、裸体を表せないようになっているからだ。


「この女性が好み?」

『…やめろ。』

完全に目が座っている。

『怒らないで。私はあなたの好きな女性になりたいの。』


どんどん伸びていく黒髪は、地面では川や滝になって美しい山岳を作っていく。


『人間の子なら黒い目?』

シェダルの底の見えない黒い目と違って、全てに希望を見出したような明るい光をともす瞳。


目を黒く変えたモーゼスに明らかに嫌な顔をするので、モーゼスは「おや?」という顔でまたシェダルの近くに来た。


『嫌いなの?好きなの?』

「…お前のことが嫌いだ。」

それでもモーゼスはにっこり笑い、白いドレスになり女子大生のようにもなり、道でベビーカーを押す今時の母親のようにもなり、会社員のようにもなり、優しい微笑みをみせた。



『大切に思うものは、自分の懐に収めてしまえばいい…。獲られる前に…。』



「……」

シェダルは表情を変えない。


『タイムリミットね…。』

黒髪の女はシェダルの頬にキスをすると、流れるように元の音響のホログラムに変わっていった。



この空間にはシェダルしかいなかったが、ミュージアムの職員が見に来る。

「あのー、何かおかしなことありませんでした?」

「…別に、何も。」

「…そうですか。アーティストの方ですか?」

「アーティスト?」

「あ、違うならいいです。誰が残したのかな?保存データにない曲だったから…。分かりました。」

「…。」


シェダルの方からここを去って行き、ミュージアムを出て庭の水場を眺める。


するとそこで、知った感覚に出会った。




***




「あれ、パイじゃん?何?もう来たの?」


ファーデン・パイの座っている飲食店ブースにガタイのいい数人の男たちが来た。イベントの資材貸し出し会社や警備会社の男たちだった。近くの椅子を引っ張って来て無理にそのテーブルに座る。


「……。」

「なんで無視すんの?」

「あっちいって。仕事前なの。」

「お前の出番は夜だろ?まだ4時台だぜ。」


パイはもしかして今年はサルガスが来るかもと期待したのだ。

ベガスには子供が多かったから、昼間の部に来るかもしれないと。手術をしたばかりの奥さんがいるので、夜は来ないだろう。

友人に、ベガスに行った人間も少しイベントに来ていると聞いたから、一目でも見たかった。


「なあ、俺と付き合わね?」

「………」

「もしかして、お前あれだけ盛大に振られてまだツィーなんて追いかけてんの?だから俺のこと避けるの?」

ツィーとはサルガスのことだ。

無視してそこにあった水を一気に飲む。

「………。」

「さすがに既婚者はダメっしょ!」

みんな笑い出す。

「……………」

パイは何かに頼りたいが、コップも空になって手持ちぶたさだ。プラコップを潰す。


「パイ。あんなさ、移民も仲良く暮らしましょう!なクソ真面目な場所で、クソ真面目なお仕事している、いい子ちゃんでクソ真面目なツィーなんてほっとけよ。」

「そうそう、パイちゃん。こいつの方が絶対おもしろいぜ。」

「……」

「ねー、なんでそんなにツィーが好きなの?もしかしてあいつに処女あげちゃった?感動したの?」

「そんなもの、上書きするぜ!俺が。とか言ったら俺になびく?そういうの憧れる?」

そこで、男たちがまた大笑いしている。


「あの、やめてほしいですが。」

スタッフが言うが、「分かりましたー!いい子にしています!」と茶化してどかない。体格が違うし、1人は警備の腕章を付けているので口が出しにくい。


「…ユンシーリも戻って来てなんか盛大に振られたらしいな。なんで今更あいつがモテるの?見た目なんて俺らと大して変わんないだろ?」

「俺聞いたんだけどさ、お前ふるってくらいだからツィーの相手はすっげー美女かと思ったらさ、すっげー普通のすっげー冴えなさそうな、すっげー真面目そうな女だってさ!」

「まじ?何がよかったんだろ?」

「あいつも真面目な感じになってて草。」

「そういう女を手籠めにする趣味なんじゃね?」

「パイちゃん、迫ってドロドロ展開にしちゃえば?そんな女どうにでもなるっしょ?」

「…バーカ。迫って振られてんだよ!迫り方下手くそなの?俺が面倒見てやるって!」


「…うるさい……」


やっと話し出したパイに注目する男たち。

「オー!やっと発言したー!!」

拍手喝さいが起こる。


「パイ、行こ。向こうに。」

スタッフが誘うが男が腕を握る。

「まだ時間あんだろ?どっか行こうぜ。」


それにパイが切れる。


「……。私を何だと思ってるの………」

「おっ?何?」

「それにツィーをバカにしないで……。ツィーの相手も、ツィーの選んだことも…。」

そこだけ泣きそうな感情を丸出しにする。

「………。」

意外なセリフに沈黙する男たち。


パイは手をバッと振り払って行こうとするが、バカだと思っていたパイが結構なことを言うのでもっと相手にしたくなる。そんなことが言える女だと思わなかった。

「………パイ。マジで俺と付きあお。」

「…。」

パイは完全に怒っている。


男がもう一度パイの腕を握るのでそこで、そこで少しケンカになった。

「…触らないで!」

「いいじゃん。少しどっか行こうぜ。別に何かしよとか言わないからさ。ただその辺歩くだけでいいから。」

「やめて…。放して。」

「やめろ!」

スタッフも止めるが相手が悪い。体格を見ると何かの武術をしている感じだ。パイはきつい顔で反抗するがビクともしない。周りの仲間の男たちは、動かず余裕の顔で見ている。


ここまで言って、横にいるのも嫌だと言う態度にイライラしてきた男は急に強く迫った。

「おい。別に一緒に飲むか歩くかしよって言っただけだろ?!」

「放してよ!」

「こいつっ。」

スタッフが別の巡邏を探そうと思った時だった。



「やめなさい。」


そこに現れたのはたまたま会場を歩いていた響だった。



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