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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十八章 自身が

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58 ムカつく奴ら



サダルが神学の勉強を始めてから2か月と3週間が過ぎた。


単位は全て取っているし、必読書も完読。ユラス教神官の資格を取ってから今度はアンタレスの正道教教会にも通っている。それまでも第3ラボ内にある礼拝堂で週2度の礼拝にも参加してきた。


なのになぜか卒業させてもらえない。


5人の運営や教授などがいる中でサダルは反論した。

「別に、仏教徒であろうがユラス教徒であろうが、単位と実地、論文を提出すれば卒業できるはずです。」

そうなのだ。別に何教でも卒業自体はできるのだ。無神論者でもできる。ただし、無神論や一部条件を受け入れない他教の場合は、牧師やいくつかの資格のない卒業にはなるが。


「君はまだ内性的理解ができていないだろ。」

「そんなもの他の生徒だって分からない話じゃないですか?2年通ったところで誰が理解していると?誰が自分の生きてきた土台や信条を越えられると?」

正道教の一般教導科は2年コースがある。


「何度言えば分かるんだ。他はどうでもいい。()()問うているんだ。」


「はっ。」

表情はそのままに思わず鼻で笑うサダル。みんなカストルと同じことを言う。鼻で笑う…というより、無表情なのでただの舌打ちに見えるが。しかもそんな悪態が似合っているからタチが悪い。


「我々の綱領は『愛』『赦し』そして………『犠牲』だ。」

「…………。」

もう笑う気すらしない。そんなことを言うp牧師を冷めた目で一瞥する。



「プレイシア課程で3カ月で組む約束はしてあるはずです。そもそもあなた方の代表の総師長が3か月内に牧師資格を取れと言われたのですが。」

「それは総師長が言ったことで、でも勉強を始めたのは君の勝手だろ?」

「…?」


「別に逃げてもいいし、無視してもよかったんだぞ。」

「…………」

「総師長が今まで同じことを言って、本当に認定の牧師になったのは三百人ほど声を掛けて10人ほどしかいないよ。しかも、大体2年か4年コースで卒業している…。総師長を何か煽ることでも言ったのか?」

「……は?」

ブチ切れそうである。


「あのスケジュールを組んだ時、無理だって言っただろ。なのにそれを組んで進めたのは君だ。」

「それに聞き違いか記憶違いをしている。どちらかだったぞ。3か月内は。」

湧き上がるものをぐっと堪える。

「……あそこでタダ飯食って生きている訳にはいきませんし、どちらが取れるか分からないので………。」

「はあ?でも相談もなく亡命状態にされたんだろ?タダ飯食えるだけ食って、のんびりしていればいいのに。」

「君ならしばらくの間、引きこもっていても誰も咎めないだろ。」

「………。」

言葉のないサダル。


「まさか本当にこれをクリアするとは、総師長も思ってなかったんじゃないのか?」

「そうだな。さすがにユラスとかと3足の草鞋で3カ月で卒業されたら、学校の方も変な前例つくっちゃうからな。」

「……」


グシャっと、目の前にあったプラコップを潰してしまう。かなり冷え切った冷め顔で。


しかしサダルは、一旦冷静になり、少し考えて潰したコップを丁寧に机に置き直す。


「あなた方の綱領は『愛』に『赦し』だという事ですが、ずいぶん楽しい話ですね。原則では卒業できるはずですが、させてあげないという上に、私にだけ訳の分からない要求をするとは。

あなた方を『愛し赦せ』というのが課題ですか?」


「…………。」

数人の牧師や教授たちが顔を見合わす。


そして一人があっけらかんと言った。

「そうだね。それはいい。私たちの愚鈍ぶりも赦してくれたらありがたい。」

「そうかっ。こんな私たちを赦すという事を、卒業課題にしてもいいな!」

「ははははは!」

そして大笑いしている。

「……」


「ここに『愛』や『英知』はなくて?」

淡々と問うサダル。


「ないよ。」

「……。」


「正道教の本部って性格悪いって有名だからな。人が足りなくて、ほとんど兼業してるし。」

「おいおい。私のことか?」

「お前もだよ。」

「お前だよ。信徒にはっきり「嫌いです」って言われてただろ?この前!」


「………………」


「『愛、愛』言っている新教が他者を受け入れないから、信仰者の余り者の我々で運営しているようなものだし。」

「よく信徒から、愛が乾ききってるとか言われるな。」

「『ここが世界で一番冷たいです』、とかもけっこう定番。」

「戦場にも入って行くからね。優しいだけだと死んじゃうし。」


正道教は他の信仰を持っても、相互理解という事で全てを受け入れているので、世界人口自体は非常に多い。


「しかも、切羽詰まっていつも大変なことになっているから余裕がなくてね。総師長も殆どアンタレスにいないし。」

「サダル君、もしかしてAA型?」

「…………」

「ここ、みんなBB型だから、あんまり根詰めるとストレスでやばいよ?」

「総師長だけO型だったと思うけど?」

「総師長はBOじゃなかったか?」

「まあ、中途半端にAOよりAAの方が振り切ってていいんじゃないのか?」

「AAって…。遊び部分がないと辛いだろ…。」

遊びとは、物の余裕部分のことだ。

「ハハハ!それは言えてる!!なにせBBの溜まり場だって知っただけで、この前1人逃げたもんなー!」

まだ、サダルが血液型も明かしていないのに盛り上がる面接官たち。



ダンっ、と立ち上がるサダル。


そして、およ?という顔をする運営陣を後に、無言でここを去った。







そういうことがあったのが、今日の午前中。



2か月と3週間、ほとんど屍状態でヴェネレ教、ユラス教、正道教の教理や規範、歴史を頭に入れてきたのに、最後がこの様だ。


はっきりいえば最後にあいつらに椅子でも投げつけてやりたかったが、ユラス教にもある「礼を重んじる」「目上を敬う」などの『五常』が入っていたサダルにそれはできなかった。


それに、歴史を学んでいるので、彼らやその前世代がアジアが戦争になりそうだった前時代前後を、防いでここまで越えてきた歴史を知っている。アジア内の対戦と、北方国との戦争は正道教の人間たちが間に入り動いて防いできたのだ。殉職者もそれなりにいる。


それは宗教学者や政治家たちもみんな知っている話だ。

たとえ不足があっても、神がそんな人たちを尊ばないはずがない。


言葉を2、3間違えようが彼らの業績は天と地を変えた。



でも、サダルは疲れていた。


ここに来て一気に勉強を始めた感があるが、元々サイニックの件であれこれ調べていたし、ハッサーレのメカニック世界に限界を感じ、北方国の様子を見ながら、霊性を信じない国でどう切り口を見出すかずっと右往左往してきた。

足の踏み場がないような場所に。自分の存在があるかも分からない場所に。それでも次の世代が飛躍できる足場を作るために休むこともなく。




疲れた時、甘えさせてくれそうな女性はいくらでもいた。


あのバターブロンドの助手だけではない。

自由恋愛の国。いつの間にか付き合っていつのまにか別れているカップルも多いため、仕事ばかりしていないで恋愛をしろと言われてきた。それなりの女性たちにも誘われた。そうすれば、余裕もできて新しいアイデアも感覚も生まれると。


手を出すのは簡単だった。見た目が好みの女性もいいたし、実際そういう女性に抱き着かれ髪を梳かれた。確かに疲れていたからスッキリしたかった。一度全てリセットするように。



でも、自分の中のユラスの血が言っていた。


ここで貞操を失ってはいけない。




聖典歴史が語る。


夢を見た彼。

異邦の国で飢饉を収めるために総理にまでなった、かの選ばれた末の子は…………


自分の元にやって来た父母兄弟の一族の来訪を待てなかった。自分を井戸に落とし込めた兄たちでも待っていなければならなかったのに。


その民族の中にいた、主を尊ぶ女性を待つことを。



そして後。神がどんなにその名を呼んでも、末の子たちは答えることもなく横暴を繰り返し…たくさん民の血を流し、彼らは歴史の中に消えていった。


最も先に選ばれ、最も天と地の権威を継いだのは末子の彼だったのに。





待つんだ。今はまだその時は来ない。


母親がああだったせいか、容姿は望まない。あんなふうに誰もが寄って来るような苦労は自分もしたくないし妻にもさせたくない。商店街にいた優しかった夫人たちのような人がいい。気さくに笑い、時に怒って、他人の子も面倒を見てくれた人たち。



少なくとも生涯と永遠を誓い、家族や家庭を思い、主の懐で憩い合える、

数千年の未来を共に見つめることのできる、


そんな心性を持つ誰かに出会うまで――



サダルは床に座るとそのまま雪崩れ込むように倒れ込んだ。




***




それからどれだけ経ったのか分からない。



誰かが自分の頬を触っている。


ペチ。ペチ。ペチ…ペチペチ…。

と変なリズムで延々と叩かれる。


薄っすら目を開くと、朝焼けなのかと思うピンクの光が部屋に差し込む。


そして、ひたすらペチペチ叩いていた手は…いきなり

バジ!と最後の一発を食らわせた。


「っ?!」

サダルはっと起き上がった。

「朝?!」


「夕方だよ。」

どこかで見知った声が聞こえる。


「ゆーが!」

もう一人答えたのは目の前にいる子供だった。黒い髪に片方が二重の大きめの瞳の男の子。

「おっき!」

起きたという事なのだろう。


「…?」

「おとーた。おっき!!」

その子供は、どこを見ているかも分からないほどの、考え足らないような顔で走り出す。


「おっき!」

「おう。起きたな。」

台所から声がしたのはポラリスだった。子供はその場で延々とジャンプをしている。理性ゼロだ。


その、理性のないような、でも目を爛々とさせたヤンチャな顔をした子供は、今度はあっちこっち走り回っている。

「おとーた!」

お父さんと言おうとして言えないんだな。とサダルは思った。


何か昔を思い出して、変な気分になる。




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