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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十八章 自身が

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57 『愛』を越えられない



「おーい。チコちゃーん。」


リハビリの時は動くが、基本寝ていたり座っているだけの『チコ・ミルク・ディーパ』。


そこに何度も声を掛けるポラリス。

「起きたらどうだい?」

「………」

「あ、起きてはいるか。心が寝たまんまだと、ウチの副社長に好き勝手されるよ。」

もう1人の女性の助手が軽い日除けをして、ストレッチャーにもなる半寝の車椅子を動かす。


チコには無理をさせないでいろんな植物を見せてあげることにした。


「タイナオスやティティナータの方から来たのなら、そんなに東洋の花や木は知らないだろ。こっちは冬に雪も降るんだ。あ、アルマーズも雪は降るか。降雪量は少なくても冬はここより寒いかもな。」


「…それとも何かな?中学生だもんな。街とかに連れて行ってあげたいんだけど、許可が下りなくて。」


何も反応のないチコに延々と話しかけるおじさん。ただ、まだ若いと思いたい。何せ3歳児の父だ。


助手の子が薄いピンクと少し紫のサルスベリの花を少し取って、花をがキレイに見えるように整える。そして虫がいないかだけ見て目の前に持ってきた。

「チコさん、きれいでしょ?匂いはするかな?」

それからそっと頬につける。

「くすぐったい?」


「サルスベリってね、ほら見て。長く咲くから百日紅(ひゃくじつこう)とも書くんだけど、木がツルツルで猿も滑りそうだからサルスベリって言うんだって。これは南の方でもあるんじゃないかな。」


「ルリアス、向こうにも行こう。ラリキーは?」

「副社長がシリウスの方に来ていたので、今日は7棟機の前でずっと出待ちしています。」

ラリキーはヴィラの管理人が面倒を見ている大型犬だ。

「なんだ?あんないつ出てくるか分からない主人を何のために待つんだ。ライキー奪還に行くぞ!」

「全然面倒を見ていないのに、なんで副社長が好きなんですかね?ホントに。」


聞いているのかも見ているのかも分からないチコ・ミルクに構わず、二人はあれこれ話しながら賑やかに車椅子を進めた。



紫の目はただ、ただどこかを眺めていた。




***




それから2カ月後。


チコ・ミルクは新しい最新の手足を与えられたが一向に積極的意思を回復する様子はないため、タニアに送られることになった。タニアはここよりさらに自然が多い中規模のラボがある。


その間何度かオミクロンの人間が顔を出し、チコをオミクロンに託したティティナータの傭兵にも報告をしているらしかった。



一方サダルは行き詰っていた。


SR社社員や派遣員でもないし、ここを出たいと伝えたが、まだ隠れていてほしいというのと警備上の理由で第3ラボを出られない。



何もすることがないので、神学校卒業を目指すことにした。


あれから暇過ぎたとの、『愛せ、赦せ』とうるさい新約の書に納得も反論も見付けるために、百回近く読んだがイライラするだけである。旧約は既に子供の時点で数十回読んで全体の流れを知っているので、復習で済む。



ユラス教に関しては、アンタレスユラス教会の中核だけに正体を伝え、一般の経営陣や教授などは知らないまま。それでも、教理や経典学習などは3週間も経たずに一気にクリアした。


その間サダルの部屋はひどく散らかり、数十冊の経典や教科書、近代書、政治、思想などが積み上げられ、ローテーブルに座り込み、オンライン以外はTシャツにスウェット。外出は礼拝と学校に呼ばれた時だけ。

あまりにサダルが、部屋から出てこないので周りは心配だった。仮眠をしている間に軽い掃除や植物の世話をする世話役が、一瞬躊躇するくらい部屋も雑多雑然としている。様子見に入ってくるのは、人好きなポラリスとチュラくらいであったが、サダルは疲れからか話しをする前に寝てしまったり、呆けていて会話にならなかった。



完読型速読が出来るため、1万ページ以上の基礎書も子供の頃以来もう一度全部読み込み、レポートも書いた。ほとんど寝ずで補足や課題もこなし、3週間大学に通うことを許され一気に学士を得た。



部屋から出て一息するポラリスとチュラ。


サダルは会話しているうちに両立膝で寝てしまったので、その場で横にして布団を掛けて部屋を出た。

寝顔も眉間にしわが寄っていてかわいそうだが、仕方ない。


ポラリスは少しだけ気分が緩和するよう、霊性を当てておいた。



「彼、プレイシアですよね…?」

プレイシアは他の人間よりも頭がよく計算力や記憶力など優れている者の事である。この研究所の職員もほとんどがそうだ。

「そうだな。」

「なにしてるか分からないんですが?いくらプレイシアでもあんなに読めます?油取り紙よりは厚いみたいな紙の本でしたよ?ヴェネレ経典解読教本…。」


ユラス教は、聖典正統血統のヴェネレ教を基にしているためヴェネレ教も学ぶ。正道教は全ての宗教を視野に入れているため、大きな高等宗教や民族宗教全てを網羅しないといけない。どの教理もまんべなく学ぶが、さすがに一つの宗教にここまで力を入れることはない。ヴェネレ教も学べば実質3宗教学んでいることになる。


一応チュラもプレイシアであるが、あそこまでではない。

「彼、何に自信をなくしてたんですか?十分じゃないですか?しかもソーライズですよね??」


ハイプレイシアは重ならない複数の分野でプレイシアな領域を持つ人間の事だ。

ソーライズはハイプレイシアでありながら、日常生活知能や能力、コミュニケーション能力などに大きくは問題のない者、もしくはその複数の分野を生かして高度な生業(なりわい)が出来る者である。

ただ記憶力や計算に秀でているだけでは、いくつ能力を持っていてもプレイシアともソーライズとも言わない。

逆に自閉症含む発達障害であっても何かしらバランス力があればプレイシアになるし、どんなに才能があっても重い精神病や犯罪、内外の強い攻撃性傾向などあるとプレイシアとは言われない。


この時代はプレイシアやソーライズが百年前の4、5倍はいると言われている。つまり、一般のサヴァンはもっといる。サヴァンと違うとことは、バランス力であろう。


「チュラだってソーライズじゃないか。」

「私は、ここまでのハイプレイシアではありません…。」


サダルは今分かっているだけで、運営経営力、メカニック技術者、聖職業知識の3分野を持っている。

医療に関してはサイボーグや義体と関わるとメカニックに統合されてるため、完全に確立された専門医能力がない限り4分野とはみなさない。どれもまだサダルの技量は分からないが、これでサイコスまで持っていたら、これは目立つ。


「…まだハイプレイシアかは分からないけどね…。今の勉強も結果が出るかは分からないし。がんばっても百点満点中、十点ぐらいかもしれないし。」

「いや、ナシュラ君は容姿も目立つし、自分では全然評価していないけどハッサーレでそれなりの実績も立てているし、神官職なんてなくてもいくつか出来が悪くてもカリスマになれますよ。産業分野では小さくても国を動かしたことには変わりないですからね…。」


「あの威嚇力。ヤクザとマフィアのプレイシアだな。」

「先生テキトウな事言わないでください。せめて族長のと言って下さい。」

「いいな。ナシュラ君。私も一つくらい譲ってほしいよ。威厳がないとか言われるんだよね。」

「何言ってるんですか?!先生は天才型じゃないですか!早く仕事してください!!」

ポラリスは何かといって、研究室を抜け出す。今回チコ・ミルクとナシュラの登場はそのサボり理由にもってこいであった。

「えー!さすがに私も、神学校卒業には2年掛ったよ!毎日通ってたわけじゃないけど…。…使命感も含めて天才はミザルだろ…。」

「…そうですね。天才ってやる気と運も含みますからね…。」


頭が良いから世の中で評価されたり、人類に実績を残せるわけではない。今あるそれなりの能力で、しっかりと何かの結果を出した方が実績も残せ、世の為にもなるだろう。




サダルはユラス教聖堂内で、儀式や実地をクリア。

プレイシアで組んだカリキュラムで学士を取った時点で、ユラスのバイラであることを明かし、過去の論文などを提出した。




しかし、行き詰まったのは正道教だった。


サダルは知識はあるが旧教も新教も正道教も知らない。

ハッサーレにもあった旧教系教会には顔を出していたが、細かい教理までは知らない。そもそも頭にくるのだ。


ユラス教は宗教的儀式、供え物、規範を重視するが、正道教はその上に『()()()()』を求める。



そして、まさにカストルの言ったとおり、


他人ではない、『自分がどうなのか』ということを突き詰められる。



しかもそこまでは、()()()()()()()()()()という。


旧約以前、つまりヴェネレ教時代に『愛、博愛』をの世界を構築できなかったので、一旦、国や世界、過去から来る世界も捨てて、『()()』の救いまで戻るのだ。


それが旧教からの時代である。

神自身も一旦万物を、自身の鮮やかな衣を捨てて、修道の時代に戻るのだ。



ただ唯一、()()()()()()()()()()()()()()()()という世界を見付けるために。



多くの賢人たちは『あなた方が救い主の言葉を体現すれば、世界は全て聖典信仰に帰途していたであろう』と言ってきた。でも、そんな旧教新教もそれが出来なかったのだ。

そして、そう言った賢人たちも言いっ放しであった。世界に責任を取ろうという者も、概念を越えようという者も非常に少数派で影響力が及ばない。



例えば、地動説を唱え、苦しみの中で科学世界を変えていった新しい世代。


彼らが正当とされ、新しい時代に認められた時、今度は逆の現象が起こる。その時代を継いだ新世代が数百年後、今度は「霊性時代」に突入した新しい世界を認めることができなかったのだ。



つまりそういう事だ。また同じ時代が起ころうとしている。

そして人類の次の先駆者たちが、その大きな群、大衆に怯え、必要な発言を濁し変わり目になれないのだ。

かといって、命と社会的地位を捨て「霊性時代が来た」と言っても、現実主義、進化論信奉者たちに駆逐されてきた。




正道教の講師は言う。


『君は新しい時代に乗れないでいる。愛を解せない者はもう次の波に乗れないんだよ。


これまでは、反抗、半社会的姿勢やアウトロー、アンダーグラウンドな世界が好まれた。人間の思考性がそうだったからだよ。

でも、もう、世界は人間がそこに行き着くと地球が持たないことを、地球自体が分かっている。

家庭も個人も崩壊する。』


いちいち愛という言葉を出してくるので、生ぬるくて気持ち悪くて、イライラして仕方がない。そういう事をいうヤツほど中身がない。だいたいそいつ自体が気持ち悪い奴だった。



「クソ!」

サダルは、サイコスを飛ばしはしなかったが、部屋に籠ってイラつきを押さえる場所もなかった。




※この頃のシャプレーは、ニューロス部門では社長。グループでは副社長なので、社長でも副社長でもある。

全体の社長は父であるカノープス。

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