55 その二つを
「今は霊性時代に入ったからね。分かる者がより増えて来てはいるんだが…まだ弱くてな。」
「……」
遠くを見るように話すカストルを、サダルは静かに眺める。
「数万年、数十万年そういう生き方をして、そう流されやすい遺伝子を構築してしまったから、どうしても人間はうまく生きれない。自分の芯で生きているようで、みな周りの既存環境や情報に流されて生きている。」
だから聖典で、神は既存時代を生きている人間を選ばないのだ。しないというよりは、選べない。彼らは身に沁みついた世界を好む。そのため世界は1代、2代と遅れるのだ。
「それに、優秀な者たちがギリギリまで理想郷に似せて作っても、だいたい核心の場でその惰性が出てしまうんだ。
高等宗教や世界を引導する国が落ちるのはそのせいでもあるな。それで、ギリギリまで理想郷を作って、最後の核心を与えない疑似平和世界が世界を牛耳ってしまう力を得るんだ。」
「それにしてもメンカルに傾向するのはともかく、ギュグニーに傾向する人はバカなんですか?」
「なんだ、いきなり?」
「ギュグニーの桃源郷を支えたり、そんな国に行ったところで、自分が一番最初に殺されるとか思わないんですかね?そんな駒みたいな人間。」
ハッサーレという中途半端な国ですら、サダルももがいて来た。
「……そうだな。よく分かっているな。まあ、利用できるうちは手駒にしておくだろうが。残念ながら、そういう圏内から抜け出られない人間もいる。霊性的なものだな。感覚が未熟なんだ。」
「一指導者、一政党がメンカルやギュグニーを持ち上げるんですよ。そこに理想があるなら自分たちがその国に行けばいいのに、絶対に行かない。自由民主圏で口だけ大きなことを言ってくだらない。」
「………。
君はもう分かっているだろ。彼らが現地には行かないのがその答えだ。」
「…」
「みんなも本人たちも分かっているさ。ただ、彼らは自分が他の人より優秀だ、特別だと思っているだけだ。どの世界でも、自分は特別だと思っている。」
「だが君は?ナシュラ…、いや『サダルメリク・ジェネス』君。」
「他人はどうでもいい。君が、今ユラスを取るのか…それが聞きたい。」
「………。」
「ユラス教はユラス民族を守るためのものだが、我々正道教の綱領は『愛』と『赦し』だ。宗教を越えて全てへの…愛と赦しだ。それは新教の時代から変わらない。」
「…はッ。」
阿保らしいと思って表情も変えず口角も上げず鼻で笑う。
「この時代になってまで何を言っているんですか?」
「……」
「まさか軍事力世界トップ3内の東アジアの方が、そっちの理想論を言って来るとは思いませんでした。ある意味ギュグニーより軟弱な理想です。」
「…お花畑だと言いたいだろうな。」
「分かっているのに言うんですか?」
エリスは何も言わずにただ様子だ見ている。
「そもそも私などに直接あなたが何度も話をしに来るほど、東アジアや正道教には人材がいないんですか?」
なぜトップが来るのだ。素直にそう思う。
「サダル君。今のが嫌味でなければ、君は少し自分を卑下するのをやめた方がいい。君も5億ナオスの頭じゃないか。不要な謙遜や卑下も人間の罪から生まれる典型だよ。」
「私は今はユラス人にはなれないし、誰かの支持も何も持っていません。」
謙遜?これが?と、カストルに無性にムカつき、冷たく言う。
「そんなもので世界が変わるなら、数千年前にとっくに平和はできてる。」
サダルは、この牧師たちはこんな話をしに来たのかと、めんどくさくなってきた。
「そうだよ。その通りだ。
本来それが当時理解できていれば、こんな数千年も繰り上げてまで戦争なんかなかったんだよ。でも、我々は最初に神の直系を相続するはずだった二人の兄弟を正統血統から失い、本来兄たちを助ける役だった後で生まれた三男が道を相続した。残念ながら、できなかったことを繕っていく繰り返しなんだ。
本来、世界を動かす力があったのは、アダムとエバから生まれ最初の息子たちだった。追放された長男と、死んでしまった次男だったのに。
そういう歴史を繰り返し…、躓いて倒れて、時に全て失い…分離していった分家の方が栄え…土を食ってでも耐え…、今もこうしている。
だから、正道教はまだ骨格が弱いんだ。長男次男である旧教新教を包括できなかったから、それ以外の人間でどうにか保っている状態で彼らより感性も知識も実態も骨格も弱い。兄たちが完全に戻ってこないからな。…前時代よりはいいが。
だから非常に不完全だよ。」
「自分たちを『セト』の代わりだと言いたいのですか?」
セトは長男と次男の代わりに人類の祖先となった三男だ。
「少なくとも役目はそう思っている。…思うことにしているよ。少ない人材と、分裂しやすい足場なのでな。旧教新教がいいところだけ持って行ってしまったから仕方ない。」
「………。」
サダルはいぶかしい目でカストルを見る。
「仕方ないだろ?
彼らが貧乏人やユラスやアジアランを放置するから、貧乏人の私たちが頑張っているんだ。そのくらいの自負は許してくれ。使命感でもなければやっていけない。」
カストルもいちいち反論をするサダルにめんどそうに言った。
「それとも、自分の力や立場だけを求められているようで、腹立たしいか?何もない自分を受け入れてほしいか?」
「…っ。むしろ放っておいてほしいのですが…。持っていない地位に執着されるから鬱陶しいです。」
さすがに年長者であるカストルに物は投げないが、初めて疲れ切った以外の感情を露わにする。
今度はカストルが眉一つ動かさない。
「さすがに、愛してくれとかは言わないのか。でも、もっと過剰な自信家だと思っていたから拍子抜けしているよ。」
サダルは、今までの10年をクソみたいに捨てたことが未だ自身で飲み込めないのに、勝手にいろいろ言ってくるのが耐えられない。
行きどころがなくて、ガズン!と机を流すように叩く。
「……」
少々音に驚くカストルだが、自分たちに向けているイライラではないと分かり、これも傍観する。
そして、時間なので立ち上がった。
「次の予定がある。」
「言いっぱなしですか?」
完全に怒っている。
「もう時間がないんだ。サダル君にお願いがある。
君はユラス教神職の資格を持っていないだろ?」
「………」
10歳そこそこでユラスから引き離されたのだ。持っているわけがない。
「ふたつ手に入れてほしい。」
機嫌の悪いサダルを無視して続ける。
「ユラス教神官の位置と、正道教神職の地位だ。
ひとまず3か月でどちらかだけでも手にしてほいしい。」
「は?」
「最終的には両方だ。」
「ちょと待て!」
「こんな話は他の人間にはしないし求めることもない。思うこともあるだろうが、時間がない。
理解してくれ。3か月後だ。」
「勝手に…」
「何度も言うが時間がない。サダル君が出遅れても、世界はもう止まらないんだ。
君が動かないのなら他の者をまた探す。でもそれだと、また何十年も遠回りになるかもしれない。
後は君で考えてくれ。」
そう言うと、カストルはエリスに空港までの時間を聞き、共に部屋から去って行く。
「はぁっ?」
憤りと、してやられた感でざわっと苛立ちが上がってくる。どいつもこいつも勝手に人生を押しつけていく。
そしてまたバジッ…っと、分からないほどに部屋の中が弾けた。




