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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十八章 自身が

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53 それは直線か曲線か。 規則線か自由線か。

ルイブの話より長くなるとは思いませんでしたが、過去の話がもう少し続きます…。


映像で見ると一瞬の世界なのですが、やはり小説は難しいです。状況説明をシンプルにできなくて…。


大房のおかしい人たちは、この頃まだ幼小中学生。そんなチビッ子サルガスたちが、この時代の同じアンタレスのどこかに今いるんだなー、と空想だけでお楽しみください。




「今後どうしたい?」


カストルが聞いてもサダルは曖昧な返事しかしない。


「………しばらくどこかで、何もなく過ごしたいです…。」

人生でそんな時間を過ごしたのは、母が死んだ後、数日だけだった。


「サイニックは本当に君が見ないのか?せっかくSR社にも来たのに。」

「……ここで働く技量がありません。」

「今までトップで来たのに、ここでは下だからか?それでいいじゃないか。何でも見習いからだ。ハッサーレとは違う技術が見れるんだ。」

勝手に連れ出したのに、ワザと嫌味に言っているのだろう。でも、それもどうでもよかった。

「……どちらにしても、ここで働ける能力は持っていません。」


「………。」

怒るかと思ったのに、まさかの自信喪失なのか無気力なのか、カストルも予想外だった。だいたい中枢の位置で指導側に立っていた若い人間は、下の位置を与えられると怒りだす。わざと謙遜しているように見せて暗に反抗する者もいるが、そういう感じでもない。


焚きつけたいが、乗っても来ない。


このところイキってくる若者や、岩より思考が硬い中年、やたら声がデカく反抗的、攻撃的な人間ばかり扱っていたカストルは、非常に困ってしまう。


何のやる気も見せないので、仕方なくカストルは長髪を隠すことと監視が付くことを条件に、一部の街での外出自由を許した。あの感じだと、郊外の田舎ではかえって目立ってしまうと思ったからだ。


しかしサダルは、しばらく与えられた施設内のヴィラだけで過ごしていた。




***




「彼、大丈夫なんですかね?」

チュラが休憩の合間にポラリスに聞く。


「どうかな。…というか、まさかナオス族長だったとはな…。」

この事はシリウス研究に関わる人間の一部にしか伝わっていない。連合国、しいてはセイガ大陸全土に関わる大きな話だからだ。シリウス計画もその一環で、サダルは表向きには研修で来て実質亡命という形になる。


「ずっと部屋にこもっています。でも、彼、目立ち過ぎますよ。

ハッサーレでもあまり表には顔出しをしなかったみたいですね。ニューロスのど真ん中のチームに入れるにはまだ役不足で、いきなり過ぎて贔屓感が強い。見習いにするにも悪目立ち。彼自身、ニューロスみたいな()で立ちをしていますから倉鍵に研修生として入れたら絶対に目を付けられますよ。」


「んー。困った。3年前の会議の後も、あれは誰なんだ、あの彼は今回は来ないのかってけっこうウワサになってったからな…。アジア人の中でも目立つかな…。」

そう、彼は誰なんだとあの後、聞きまくられたのだ。


倉鍵の研究所は、半分は広報役である。グループ事業全体の理解のために、研修生や新人は最初に短くても1カ月ほどそこにいることが多い。ニューロスだけでなく、化粧品や生活品事業の広報も関わって来るため、あまり目立つ人間は行かせたくない。


「それに彼、サイコスターです…よね?」

「………。」

「この前のリフレッシュルームの壁。ショートしてたそうです。外部から来た人間がこんなことしたの、うちの会社で初めてですよ。」

しかも、ニューロスを扱う一番セキュリティーの厳しい第3ラボで。


「ナオス族の血が強いと結構出るらしい。しかもバイラだしな。」

「超危険人物じゃないですか。テロですよ。下手したらデータおじゃんですし。報告書にも何もないし…聞いてないですよね?あれ、本人知ってるのかな?無自覚かな?」

実際データは複数個所で保存されているし電気対策もしているが、いろんな所で電気を起こされたらたまらない。緊急時に手動に切り替わるが、繊細に電気系統が入り組んでいる分、直すのも大変である。

「うーん。ところでナシュラ君。デバイスしか持ってこなかったけど着る服とかあるの?」

難しいことは触れずに飛ばすポラリス。


入国検査では小さなカバンだけで、デバイスとそのケースに入ったカードやメモリ数枚、手持ちサイズの共通語とヴェネレ語、ユラス語の聖典、ヴェネレ聖典とユラス聖典、あとはミニケースしか入っていなかったらしい。

ミニケースの中は少しの遺灰と骨の欠片だった。



「今は社内にある服を着てるし…、何かあったらスタッフに聞くように言っています。」

泊まりや患者、被験者のために下着からスウェット、Tシャツとコンビニに行けるくらいの格好なら何でもある。

「お金は?」

「オミクロンに来た時点で、ある程度のお金は海外に移したそうです。亡命ってことはその時点で分かっていたんじゃないですか?税務署がわざわざ来ていたくらいなので、けっこうなお金を移したとは思うんですが、本人は暫くの生活に困らない程度しか移していないと言っていました。1千万くらいかな。」

「うわ~。それでもハッサーレからいろいろ言われそうだね…。」

「ハッサーレからも税務官が来たいと言っているそうです。」

「…。」

それって税金の話以上に、ナシュラの状況を把握し拘束したいだけなのでは、と思う。いくらでも金持ちがいる世界で、たかが1千万くらいの送金で海外にまで税務官が追いかけて来るわけがない。税金の話なんて国内で勝手にデータ処理すればいいだけで、全て言い訳だ。既にいち税務官が動く次元の話ではないのだ。来るとしたら絶対に税務官でない。


そして思う。

彼がナオスの生き残りと判明すれば、生き残っている他の親族と分配するにしてもけっこうな財産が入るかもしれない。ただ、一族がいろいろ事業もしていたし、なにせ戦争の中。膨大な負債の場合もあるだろう。

でも、あの裁量と性格なら借金があったくらいの方が、返済という生きる目的が出来たので頑張って生きそうである。生きる意味がないみたいな顔で過ごしているので「借金ありますよ。返してくださいね。」と言ってあげたい。


案外それがいいんじゃない?と思う博士2人であった。借金があればだが。




***




サダルは内戦もなく、ハッサーレほどの制限もないこの場所を不思議に思う。


あんなに必死に何かを撒きながら生きてきたのに、こんなに簡単に自由を得た。一緒に来た部下は送り返され監視役は残ってはいるものの、東アジア側からサダル残留の微妙な言い訳を与えられ困っているらしい。



部屋の窓際に座ると風に緑の香りがする。


森林に囲まれた大きな第3ラボから見える風景は不思議な感じがした。

ユラスにこんなに大きな緑の森はあまりない。ハッサーレは針葉樹の方が多いし、ここまできれいに芝は育たない。



葉が細やかに美しく揺れる。


ユラス教の聖典は現代でいう旧約までしかない。


サダルは本棚にあった共通語の聖典を取って新約部分を読んだ。だいぶ昔に読んだ記憶しかなく、字が上手く読めない母が、子供の頃に父がこういう本を読み聞かせてくれたんだと、時々絵本を聞かせてくれた。うまく読めないので半分母のオリジナルである。


その物語の元の話で、新約を何度か読んでいるが納得がいかない。



それがかなり「はあ?」と言いたくなる話なのだ。こんな話だっただろうか。


正直、そのせいもあってかなりイライラしていた。



『罪のない者はいない』とか本当に何が言いたいんだと思う。


自分に罪がないとは言わないが、ダーオからハッサーレまでの道のりでクソみたいな奴はいくらでもいた。そいつらに比べればずっと自分はマシだと思う。


『だからあなたも人を罪に定めてはいけない。赦しなさい。』


部屋中ぶっ壊したくなる。正直腐った奴らなど死なない程度に銃でぶっ飛ばして、少しずつ撃ち殺してやりたかった。

幼い時代の逃亡中、落とし込めなかった奴らはまだ平然と夫であり家庭の父親ズラをして、平穏に起きている者もいる。子供や女性に手を出していたくせに。

ユラスで各地を襲撃した奴らは、尻尾だけ切って自分たちのテトリーでぜいたくな暮らしをしたり、また賛同者を集めているのだろう。


「………。」

頭にくるので、聖典を窓際に伏せた。



あれもこれも思い出して、本当にイライラする。


ハッサーレは完全な無信仰ではないが、無神論気味、もしくは逆に聖典そのままに信じている人間が多い。


まだ中学生の頃、聖典や神論から数学に現れる定義をレポートにしたところ、同級生だけでなく先生にまでそんな神話を信じているのかと笑われて終わった。オルビーと数人の友人だけでも…同情かもしれないがレポートに関心を持ってくれたのが救いだったが、ユラスでは神性や霊性は研究室、宇宙科学に直結すると言われる真面目な議論が、ハッサーレではあくまでいち信仰、いち物語で終わっているのが馬鹿にされたこと以上にショックだった。


自分が間違っているのか?

でもたくさんの科学書や数学書を読んだ。それらだけでない。たくさんの著名な本を読んで確信している。より科学や数学が発展しているのは、明らかに神学を()()()()()先人たちなのだ。


どこかの奴らが言う「一神教」とやらのおかげで世界が赤化されなかったのに、未だ『唯一の神』にぐちぐち言う安全圏の人間たちにも反吐が出る。

それを信じてユラスはみな武器を取ったのに、それをかえって貶める、聖典を過度にそのまま信じる原字主義、理想主義にも腹が立つ。聖典の中の預言者や救い主も「例えだ、例えだ」と言っているのに、この時代のどこの誰が『蛇が一番賢い』と思うんだ。蛇が賢いと思っているなら、蛇を教師や指導者にでもしていればいい。

どこの誰が、死葬られて何年も経った人間が『生きていた頃のままに生き返る』と思っているんだ。思うわけがない。


一部の人間がそう思っているだけなのに、一部が全てのように言って、未だ揚げ足取りをし合っている。どちらも過剰思考主義と言いたい。そして、前者も後者も同じだ。象徴的な一言に縛られて揚げ足を取っている。


まあ、宗教人が戦争を大きくしたことも、根本的には間違っていないが。独裁者、無神論者は信仰側の不足から生まれたのだから。


机に伏せた聖典を軽く叩く。



イラつくが、この部屋に吹く風は優しい。



少し先で、細かい葉が大きく広がる樹々を眺める。

今は宇宙より、大きく広がる枝に成るこの葉の一つ一つが果てしない。


そして、目の前にある環境植物をじっと見る。



人間には出せないような鮮やかな緑。


大きな笹のような葉っぱの真ん中に鮮やかな黄緑が走る、ドラセナをじっと眺める。

その葉をじっと眺め続け、葉脈に圧倒される。


そのさらに奥の、奥の、ずっと奥の世界を見ていくと…規則的な何かが見えるが不思議だ。


物理的な実世界は不規則なのか規則なのか、自由線を描いているのか規則線を描いているのか分からなくなる。ただ、それが規則的なのか不規則なのかは分からないが、強力物であるほど円を描く。



自然は直線か曲線か。


規則線か自由線か。


植物は、自由に伸びていると思いきや、縮小すると正しい法則の線が見えてくる。でもまた縮小するとやっぱり自由だ。なのに、一定の形になる………




さあ、ここに一本の直線の道がある。



この直線をずっとずっと進んでみよう。

ずっと、ずっと。果てしないほどずっと、ずっと。


君はどこに行くと思う?



そう。


なぜかいつか、

君が人間なら、そこに人間がいるなら、また戻ってくるのだ。


君のいた場所に。


戻ることも反ることもない直線を進んでいたはずなのに。


なぜ?




「………。」

サダルは自分の右掌に作った小さな宇宙なのか、ミクロなのかも分からない核の世界を眺める。


ハッサーレにいた時は他人に見せることはなかった力だ。


ハッサーレなら「超能力だ」と言い、ここの人たちなら「霊性だ」とも言うのだろうか。一部の人にしか見えなければ霊性であろう。でも、どちらにしても現実だ。どちらも、本来誰にでも存在する人間の力なのだ。



その時、来客が来る。

『入ってもいいかな。』


カストルだった。

その後ろにエリスとか言う、あの若い男もいる。


小さなダイニングテーブルに向かい合って座り、エリスは少し後ろの木の椅子に腰かけた。



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