51 たった一夜で
ちょっと気が付いたのですが、細かい年代、時系列まで考慮すると、初期に小説で決めた各キャラクターの年齢がズレていくかもしれません(*´Д`)
頭の中では絵の映像しかなかったので、今、小説を書くというということの深さを知りました。
プロットとかいうのも超大雑把で、全部風景や絵でした。やっぱり年齢がおかしかったら、できるところはその時に、もしくはもう最後に一気に直します…。(奇跡的にすっぽり当てはまってほしい。願)
ストーリーにはそこまで影響はないと…思います(反省)
そうして、もう一つサダルにとって決定的なことが起きる。
その次の日、サイニックが大怪我をしてハッサーレの研究所に運ばれて来てから2週間と少しが過ぎた。
これからことについて話し合いがしたいと昨夜SR社から話が来たので、体がだるかったが仕方なく起きるサダル。2時間も寝ていない。大型のリフレッシュルームは寝る場所にもなり、大きなソファーがあったので明け方頃にそのまま寝てしまったらしい。今までになく体が重い。
そこにポラリスが楽しそうにやって来た。
インターフォンが鳴る。
「……はい。」
『ナシュラ君!おはよ!入ってもいい?チュラってもう一人の博士と朝食持って来たんだけど!サンドイッチ!好き?』
「……。」
髪をかき上げて「何なんだ?」という思いになる。
『ナシュラくーん?』
「…誰ですか?」
このテンションはあの博士かと思うが、今の自分と違い過ぎて面倒なので冷たくあしらう。
『知らないとこに来て疲れてるだろ。軽いもの持ってきたよ。』
「………。」
『好きにドリンク飲めるけど分かる?その部屋。冷蔵庫もカフェマシーンもあるけど?』
「…………。」
『あのさ…』
うるさいと思うが、いつまでも喋るので、外の通路に人がいたら目立つとしょうがなく起きてロックを解除する。
カシャと音がすると「入ってもいい?」と聞かれるので、「どうぞ…。」と、嫌そうに言うとそれでも楽しそうに入って来た。
「ナシュラ君おはよー!」
「…。」
「元気?」
見れば分かるだろ、とは言わずに「どうにか。」とだけ答える。
「このソファー、ベッドになるんだ。伝えておけばよかったな。」
「…聞いてましたけど、これでいいので。」
一緒に入って来た少し若手のチュラは、長身長髪の男に一瞬ひるむ。同じくらいの背丈だが、ジムに通っているチュラよりなんとなくガタイがいい上に、ものすごく不愛想だ。いや、既に怒っているのか。
「おはようございます…。ポラリス博士の見習いの一人でチュラといいます。」
めんどくさそうだったが、サダルは挨拶の時はしっかり立ち上がりきちんと挨拶をする。
「引継ぎと付き添いで来ました。ナシュラ・ラオと申します。」
そう言ってお互い握手をする。
「あれー?上司を置いて先に挨拶しないでくれ!」
「え?先生と仲が良さそうなので、てっきりもう挨拶済みかと。」
「昨日あの状態で、そんな訳ないだろ…。」
何せミザルに存在を無視されている状態だ。邪魔だったのだろう。ポラリスは改めて挨拶をし、やたら楽しそうに握手をした。
「3年ぶりだな。やっと会えたよ。……申し訳なかった。」
そこだけ少し神妙になった。
「若いからと思ってメンチカツサンドにしたんだけど…軽いのがよかったか?」
サダルが無表情で黙っているので、答えを待つポラリス。
「コーヒーだけでいいです…。」
「えー!!切ない!」
「………。」
「食べないと死んじゃうから、一個だけでも食べたらいい!」
「…。」
「あと、シャワー使いたかったらチュラに聞いておいてくれ。ここのアメニティー好きなの選べるし、めちゃくちゃ香りがいいから!質も!持ち帰っていいよ!!」
「……はあ…。」
返事がてきとうだ。
「あれ?髪の手入れしてそうだけど、そういうのこだわりない?」
「…本当は切りたいくらいです。面倒なので石鹸でもボディーソープでも何でもいいです。」
正直今はシャワーをしたい気力もない。
「えー!!天然でそのストレート?!!ウチの里桜ちゃんが嫉妬するよ!!美容院ジプシーだって言ってた!!」
また嫌そうな顔をするサダル。チュラも、忙しいのになぜ上司は社員のそんな情報を知っているんだといつも思う。
「…なんで伸ばしてるの?!」
「………」
二人の温度差が激しいので横で見ながらも、チュラは割り込んで本題に入る。
「本日朝9時に少し話し合いがあります。今後の事と昨日ラボに入った女の子、チコ・ミルク氏の事についてですね。」
「チコとは…、サイニックの事ですか?」
「…彼女、サイニックとも呼ばれているんですね……。オミクロンの軍が昨夜本名『チコ・ミルク・ディーパ』と教えてくれました。」
「………。」
「最初に彼女を預かったタイナオスの傭兵隊長が、彼女の名前入りの布を持っていたそうです。おそらく母か誰かが、彼女を手放す時に体に巻いたのかな。」
細かい話は個人的にはどうでもいいのだが、一応彼女の出生は知っておきたい。元々何人で、なぜそんなに各所で重宝されているのか。
「…その布は?」
何か霊視できるのではないか。
「様々な移動で傭兵時代になくなってしまったそうですが、口頭で部隊長や一部の人間だけに伝わっていたそうで、そこに書かれていた年からすると、多分13歳ほどです。」
「…13?!」
14でも子供だが、13なら中学生になったばかりの可能性もある。
「…っでも…。」
ラボで測った時は、寝ていても身長が166センチ以上はあった。
「背は高いですからね。まあそのぐらいの子はけっこういます。ただ、科学でも生年月日まで分かりませんからね。そこは逆に霊性師の方が得意分野です。」
14歳と大して変わりはしないが、小中学生の1年差は精神的に非常に大きいであろう。本当は15、6歳かそれ以上ではないかと思っていたくらいだ。
「…。」
何か気持ちが揺れる。
「…大丈夫?どうかしたのか?」
ポラリスが不安そうにのぞき込む。
「あ、そうだ。彼女、チコ。食事を食べたぞ。」
「っ?」
「今日の朝…スポーツドリンクを薄めたのをスプーンで少しと…。重湯…えっと、お米を柔らかく茹でたものの上澄みなんだけど…。ハッサーレにはなかったかな?」
信じられない顔でサダルは見る。
「自分からですか?」
「動かないからスプーンを当てたらだけど…。ちゃんと口を動かして…。」
「………。」
「Ⅱ週間そこそこだし、ずっと点滴で栄養は入れてたし、ゼリーや流動食もチューブだけど毎日少し入れていただろ。だからそこまで負担はないと思うけど。胃だけ傷めないようにしないとな…。」
サダルはガバっと立ち上がる。
「あの……今行けますか?」
ポラリスもチュラも驚く。
「え?あ、……は、女性に入浴を任せているから、ニューロスも女性型しか入れない。」
「………そうですか。」
視線が定まらないままサダルはもう一度座る。
なぜ?
反応すらしなかったのに。
「心配だった?」
「………。」
心配というより、さらに負かされた感が募る。
そもそも、心配するような関係でもない。担当ではあるが、患者ではない。自分は正確には職業医師ではなくメカニックの開発者だ。
「どうやって起こしたんですか…?」
「え?名前がチコ・ミルクだから、『チコちゃーん、ご飯食べましょー?』って、何度か話しかけただけだが。」
…?
ポラリスの言う意味が分からない。
「反応がないから、ちゃん付けで子ども扱いして怒ったのかと思って、『チコさん』に変えたんだけど。…あの年ごろって微妙だろ?」
…??
ますます意味が分からない。
「体力付けたら、会いたい人に会えるよって…。」
「……」
「ちょっとかわいそうだったけど、それから何かしたそうで…多分指を動かしたかったからじゃないかな…。少し眼球が動いて手がなかったのがショックだったのか、唇も動いて…。
…ってまあショックだよな。」
起きたら手がないのだ。そして…まだ全身は見えないだろうが体が数か所損傷している。
「少しお話してから……って、あ、一方的になんだけど、そしたら数匙食べてくれた。」
「………。」
サダルは信じられない。
体だけ正常に動いているようなほぼ昏睡状態だったのに。
「何なんだ…あいつは…。」
ぼそっと漏らした苛立ちの言葉が聴こえ、サダルの言葉に驚く博士二人。
「あいつは本当にただ不貞腐れしていただけなのか?」
「…えぇ。」
その言い様にちょっとビビってしまう。
サダルはサイニックに対する罪悪感と苛立ちが混ざって、ムカつきが抑えられない。
ハッサーレでやってきた方法で何も解決できず、ここに来たら朝日が昇って起きてみたら全てが進んでいる。しかも特別な処置は何もしていない。
子供の頃から隠れるように生きて来て…いつ外に出たらいいのかも分からず、こんなに簡単に外に出られたのに何をしていたのか。
目立ち過ぎてはダメだ。でも弱すぎてもいけない。
正体を知られてはいけない。でもトップで開発は進めないといけない。
何かがかみ合わない。でもそれを真正面から言ってはいけない。あの国で神秘はファンタジーでしかない。
だからあの国は、物理で開発できた物理の手の届く場所にしか行けないのに。
10代という最も長かった時代、声を潜めて必死に自己のエネルギーを押さえ、そうして耐えた時間があまりに無駄に思う。
なんなんだ?
批判を浴びまくっても一部の人間はついてくるだろう。ハッサーレでカルト扱いされても「霊魂を信じて下さーい!」と叫んで、するべきことをすればよかったのか?見えないものを見える次元まで昇華してしまったアジアが、先に開発の先頭に立ってしまった!と言ってしまえばよかったのか?
それだって北方の国を配慮したのだ。この国で何かをしても、全部北方の国に持って行かれるかもしれないと。ハッサーレの中枢に北方国が入り込んでいるのを知っている。下手をすると殺される。
腹の底にずっと、ずっと溜めてきた怒りがどこにも消化できないままだった。
もっと、もっと前のたくさんの怒りも。
サダルは落ち着かなくて立ち上がる。そして少し歩いて壁に怒りをぶつけてしまった。
「クソがっ!!」
ダン!と横を向いたまま肘上から拳を打ち付ける。
すると、バジーン!と何かが弾け、バジバジバジ!と音がした。
「っ?!」
「ひっ?!」
博士二人が青くなってもう一度ビビる。電気系統がショートしてない?
「…。」
何か言いたいけれど、咄嗟には声が出ないポラリス。
「すみません…。今日出掛けることはできますか?」
「あ…。まだ許可がないと駄目かも。」
「なら昨日のカストル総師長を呼んでいただけますか。」
「え?カストル先生呼んじゃうの?こっちから??」
あれでもカストルは、旧教で言う教皇や法王、いや宗教総師なのでそんな人たちをまとめているすごい人なのである。
「今日は東アジアにはいないと思うけど…。」
それを聞いて、サダルはドザッとサイドのソファーに座り込む。
何か考えているようで直ぐには声を掛けられないが、それでもポラリスはこの部屋にいる。
「ナシュラ君…。カツサンド食べてねー。会議でお腹が鳴ったら恥ずかしいよー。」
「先生…。サダル君は食べたくないんですよ…。」
よくこんな男に話しかけられるな、そんな怒らせそうなセリフ…。ヤバい趣味なのか……と、無視されるポラリスを一応止めておくチュラであった。




