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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十七章 準備された奇跡

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45 アナログデジタルとニューロス



美しい人形と言うより抜け殻。


サダルにはそう見える少女。



サダルにとってそんなどうもこうもないような少女が、初めての自分との試練になった。

これまでは周りが敵だった。



でも、今、向かい合うのは自分だ。





その日、やはり動くことのない少女はまた培養液の中にいた。少し手脚の肉部分が再構成される。

けれど、驚いたのはタイナオスの研究所ですらSR社に近い義体を作り上げていたことだ。サイニックに元々付いていた右足は、ハッサーレより明らかに高度な義体だった。


タイオナスは半分亜熱帯の密林、ユラスに続く山岳地域に低い山脈。荒れて遅れた国民生活。そんな地域ですら、霊性コントロールされている義体を作っていたのだ。ただの機械ではない。


人の『霊性』を受け入れたくない、受け入れられないように遠回しに教育されてきたハッサーレ生まれの者たちは、この違いが理解できなかった。不思議なことは精神状態、芸術、神秘、SF、そして科学であるのに科学で解明されていない()()()()()などは、曖昧な言葉で片付けられる。全てが科学なら科学で解明すればいいのに、科学的解明を目指さないのだ。


なぜなら、根の部分まで行くと答えが逃げていくからだ。


まるで生きているように、事実と解明が手元から逃げていく。カオスのように。

物質主義の科学者たちも、頂点にまで行った者はそれを認めていた。



なのに、ハッサーレより全てが未熟なタイナオスになぜ?




それは、タイナオスも物質主義国ではあったが、ハッサーレよりも緩い部分が多く、主張する主義とは違っても良いと思えば自分たちなりに受け入れていたからだ。


まだ若いサダルには南の事情が分からなかった。




サイテックの着けていた義体は人間に合わせて作られているというだけではない。義体がユーザーの動きの個性や人格を受け入れるのだ。


それがただのAIとは決定的な違いを生む。単純なAIはプログラムと情報によって学び、一見オリジナルな自分を作り上げる。自分の中に、自分の個体を、自分なりに、それが平面であれ立体であれ、他の物質に向けてであれ、いずれにしてもプログラムの世界で。


でも『北斗』は根本的に違う。


彼らは人の一部になるということに非常に柔らかい感性を持っている。宿主の動きや反応という個性に合わせて自分も宿主と一体化していく。もし人体に両手2点の義体が入っていたら、それも連動していく。機械のプログラムとは違う。感性のプログラムだ。義体が人間の体と霊性の間で調和を図って連動性を作っていくので、なめらかさが違う。


そして、完全なメカニックやアンドロイドに入れる『北斗』と、人間に入れる『北斗』は根本がさらに違う。


『北斗』、前者は基本人を殺さないように働く。でも後者は同じ本質を持ちながら、人間の選択に任せる場合が多い。



サダルはどうしていいのか分からなかった。

今ここでこの内容を啓発すれば、出身を疑われる。ハッサーレは目に見えるもので世界を完結したいのだ。


目に見えないものも、非常に合理的であるはずなのに。



もし、このサイニックという被験体に生きるとか、動きたいという思いや感性が欠如しているならば………。

どんなに努力しても、義体は反応しない可能性がある。連動性が強ければ強いほど。個体によっては宿主に補助はするかもしれない。でも、それ以上は何もできない。人間に近いのだから。宿主が動かないのだから。その一部なのだから。


一番ハッサーレ(ここ)で理解されやすいのは、精神衰弱のためと言い換えることだ。被験体がただ生きることを放棄していると。精神の病に陥っていると。深みを考えなければ、そういう理由も不正解ではないので通じやすい。



サダルは、ハッサーレ製の義体の足を手に取って眺める。それだって一見、本当の足のように滑らかに動く。でも、どれほど肉体と連結され、違和感のない、本人にメカニックの存在を思わせない足になっているかはまた別の話だ。


ハッサーレ製はどんなに頑張っても所詮アナログデジタルなのだ。アナログに近い扱いのデジタル機械。原始機器だ。


一方、SR社が引導するニューロスはデジタルを越えるマシーン。

少女の右足ですらタイナオス製の付け替えしやすい戦闘用だ。素材も東アジア製には劣るであろう。これがSR社の高性能機器だったらいったいどれほどのものになるのか。




もう1つの、サダルにとっての戸惑いと、安心があった。

それは、ハッサーレを凌駕する北斗と、ハッサーレ製の義体を両足に組わせたらどうなるのか。両足治験の指示は出ていたが、さすがにそこまではと一旦断る。左足は温存できる状態だ。


現在運ばれてきた少女は、右足はタイナオス製の北斗導入機器。左足は生身。

北斗がハッサーレに合わせてくれない限り、この子は真っ直ぐ歩くことはできないだろう。今のハッサーレでは、北斗が他社製品に寄り添うような性能に期待するか、右足の北斗を外して両足をハッサーレ製にするかしかバランスを調整できない。

だから怪我をしていた左足を切らなかったことに安心した。生身の足と北斗で今は手を出す必要がない。


少なくともハッサーレ製は体の動き、神経や脳波のみで霊とは連動していないので、自身の足というよりは体につけた杖や歩行器ほどの違いは感じるだろう。



インプラント型義足のきれいに埋め込まれている土台、フェクスチャーまで肉から取っ手しまうのも少女に酷(こく)過ぎるし、ひとまず左足は温存したい。フェクスチャーは右足の骨に固定してあった。



では結局、この子の体はどうなるのか。





空の人形のようなサイテックを眺めながら考える。


「ナシュラ。どうしたの?」

バターブロンドの女性の助手が、隣に立った。


「霊の存在は信じるか?」

「あら。かわいいこと聞くのね。怖い夢でも見た?」

「まあね。」

「私は信じるよ。亡くなった祖母がいつも近くにいるような気がするもの。」


助手はサダルのこめかみから頬まで手で覆い撫でる。

「今までの被験体に呪われたかな………」

「あなたでもそんなこと気にするんだ…。大丈夫。かわいいのね。全部この国の発展に繋がるから。」

「………」


ユラスでは霊世界を「信じる信じない」なんて次元ではなかった。当たり前に()()ことを前提で生活がなされていた。なので、見えるか見えない、体感するしないかだ。もちろん見えたところで別に特別扱いもされない。そんな人間は何千万人といる。


ただ、助手に真っ向から否定はされなかったので、リップサービスかもしれないが安心はする。ここもいつか、何かのきっかけで世界は一気に変わってはいくだろう。ニューロス義体を見た時の研究員たちの一部は、明らかにこれまで見たことのない技術に目が輝いていた。

ハッサーレは表向き自由国家で、完全な情報統制を完璧にしているわけではない。



外の連合国家はもう次の次の時代に進んでいる。

一つのきっかけで、ハッサーレは過去を打開する契機を得るであろう。



「ねえ、ナシュラ。」

「………」

美人の部類に入るだろう助手は困ったような顔をしている。ハッサーレも土地的に歴史の中でユラスの血が入っているだろう。少し見知ったような顔立ちだ。


「何を考えてるの?」

「……」

「…本当にきれいな瞳だよね。この娘…………」


答えはしないがその紫の目を見る。


「ナシュラ。」

サダルの頬と黒い髪を優しく撫でる手が、スッと高い位置にある顔を引き寄せ、唇が振れるキスをされる。

まだ舌は入ってこないが、唇がそっと唇を撫でる。


「ナシュラ。分かるでしょ。あなたが好きなの。」

「………。」

「この娘に見られているみたいで落ち着かない?ねえ、今日こそ…」



少女の何も映さない瞳が、開いているのに何も見ていない。


それとも紫の目は何を見ているのか。





助手がもう一度サダルに唇を寄せようとした。自分の中の何かが警告する。




『待って、その人は娘の夫だから――』




誰かの言葉がナシュラの頭に響く。薄っすらと、すぐ見失ってしまいそうな小さな声。



サダルは思い出す。




――サダル。いいですか。


あなたはお父様の孫なので、ユラスを引っ張る人間です。今週1週間も天に仕え、父母を敬い、町を愛し、立派にお勉強をしてください――




いつも、少しずつ違うあの文句。

たくさんの人前に行くと震えるのに、自分と緑の目の子供の前では、祭司のように家の中を偉そうに歩く母。


うっとりと自分たちを眺める、緑のあの目。



思わずガバッと助手の両手首を取る。

「?!」

助手は少し驚き目を丸くした。

「ナシュラ?」

「………。」


そして少し怯えたように優しくささやく。

「ナシュラ?」


「………あ、いや。まだ母がダメだって言っているようで…。」

「………。」

驚いた顔でキョトンと見ている。


ハッサーレはほぼ自由恋愛だ。事実婚も多い。古風な家族関係、血縁びいきがある一方、好きなように男女関係を作っている。再婚、再々婚も庶子も多く家族関係が混乱している。こんな場面で、成人した男から親の名前が出てくるのはあまりない話だ。それに、文化差を悟られるかもしれない。


「引いた?」

ため息がちにナシュラは言うが、助手は手を握り変えた。


「うんん。…大丈夫。ナシュラにもそんなかわいいところがあったんだって。」

「……」

「………私が全部教えてあげるから。ゆっくりでいい…。」


たいして乱れてもいない髪を、整えれくれる助手。


キスはしないが、助手はナシュラを抱き寄せ、大事そうに何度も何度も頬や髪に触れた。

「研究員を喜ばせることはやめよう。」

「…あら。」

ナシュラが助手に言うと、助手は一番近いカメラを見て笑う。警備員ではなく軍や政府、研究員たちが見るカメラだ。この部屋は事件がない限り、警察も見ることができない。



2人は部屋を出て、少し距離を取って一緒に歩き出した。


どこに続くかも分からない、長い長い、長い通路を。





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