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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十六章 あなたはどこに

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39 償い



チコ自身の確信と、カフラーの願い。



もしカフラーがカストル総師長の話に反対し、サダルを受け入れなかったら今のユラスはなかったであろう。


でも、カフラーは突然現れたサダルも、その状況も受け入れ………

軍人でないのに軍の実質上の総司令官となった、ナオス族族長サダルの部下になった。



カフラー・シュルタン・オミクロン、

オミクロン族長一族。



彼には全てを見て、選別できる位置があった。左傾国家から突然現れた人間に侍る位置でもなかったのだ。彼自身に地位があったのだから。



カフラーたちは、サダルのオミクロン軍人であったチコへの不敬を知っている。チコを物扱いした男だ。


けれどカフラーは一晩カストルと話し合い、その翌朝に族長ジル・オミクロンや族長一家にも頼み、オミクロン軍の権限を中央ナオス軍に譲ることを決意した。つまりサダルに譲るという事だ。


それは統一ユラス軍の始まりでもあった。


そして、経験不足のサダルを支える形で摂政の役目もした。





「………サダル………」

チコが言うも、サダルは顔を上げることもなく膝に置いた自分の指を触っていた。


「いい。それでも私はいいと思ったんだ。」

まだ大聖堂に入る前。チコはその時逃げることだってできた。その後だって逃げることができたのだ。この男の顔に泥を塗ったところで、あの当時のチコに痛手はない。まだ世間的に無名な、存在も知られていない一兵士であった。

統一アジア人でもあるチコはアジアにはすぐに亡命もできる。



でも、しなかった。


傀儡のように、紐で操られた女だと言われたのに。


チコは自身を知っている。確かに世の中も知らない、指示に従うだけの存在だった。それは分かっている。それでもカストルに付くと決めたのはチコ自身だ。ただそう決めたのではない。


ユラス軍に戻ったのも、カストルの方向性に明確な未来を見たのも、吟味した上での自分だった。




サダルは静かに憧憬する。


最初サダルはユラス大陸一国の、北寄りの研究機関にいた。


たくさんの人体実験の歴史を刻んできたアジアもあれこれ言えたものではないが、その場所は未だ現在、まだ時代錯誤のように被験者が軽視されてきた。


一見先進国家に見えるのに、メカニック研究だけでなく、医療や薬品、細菌、その他の研究、様々な分野で。




「チコが許しても………むしろチコがそう言ってしまったら………そうは言えない被験者たちが浮かばれなくなる…………」

例えば100人いる被害者の内1人が許したと言ったからといって、全ての人の心が収まるわけではない。むしろ泥沼になるだろう。


「……」

「サダル………。」

「…………」

「サダル!」

「………あ…。」

「何ボーとしてるんだ。この話をしたくて来たんだろ?」

「………」

「サダル。個人の負債と、担っている負債は別に考えろ。私たちの関係と、研究所も別に考えるんだ。」

サダルは的を得ない顔だ。


「相手の目的は関係性の破綻で。最後はアジアとユラスの破綻。その本当の最後は自由圏の破綻と家族性、人間一個人の破綻だ。」

「…………」

「国や研究所で起こってきたことの全てを負わなくていい。」

「………。」


チコはまだ目を逸らさず、サダルを真っすぐ見て話す。


「被害にあった当人や家族関係者たちに言えることは何もない。許されなくてもそれでも償っていくしかない。

でも……でも、それを言ったら世界中誰も許される人間なんていない。

誰もが誰かに負債を負っている。非人道行為…虐待や虐殺の加害者でなかった国も民族もいないんだ。」



とくに新時代の前、前時代ですら世界中でたくさんの虐殺があった。足の踏み場もないほど世界は血だらけなのだ。ただ知らないだけで。今ある大国の大部分は自分たちが加害国家だと知らない場合もある。知っていても実状までは知らない。記録上の歴史は、歴史を消したい者たちによって上塗りされたからだ。


奴隷労働、人間の輸出入、戦争利益や買春売春で得た軍事力、経済力で自分たちが栄えたとは知らない。何十、何百万という人間を、子供を売ったお金で栄えているのだ。

大国として君臨した国やその先祖は、まずどこも、何かしらの形で国規模でそのようなことを行っている。


小国は小国で、たくさんの個人の命を奪ってきた。時には簡単に人を埋め殺し、四肢を切ったり皮を剝いだり。一度きりの使い捨ての従僕として人を扱い、権威を表すために台にしては殺し、汚れない者しか触れないと一度性欲を果たしたら殺し、1つ仕事をさせたら殺して捨てる国だってあった。そんな世界が、時代が、これまでの時を大地を埋め尽くすように存在したのだ。



そして個人(かん)でも。


誰もか誰かを怨み、誰もが誰かに苦しめられて来た。その終わらないメビウスの輪………




もしそれを見ることなくここまで生きることができたのなら――


それは誰かが守ってくれていたのだ。


知らないどこかで。




「誰もが誰かの加害者で、誰もが誰かに守られてきたんだ。」

それが物理的な力なのか、霊性なのか、どの時代の誰になのかは分からないけれど。


「だから私は…、その誰かに返して行きたい。償いも………お返しも…………。

…………今はそう思うよ。」

「…………。」


「もう、もつれが解けないほどに糸が絡み合ってしまったから…。

他人の物でも自分の物でも少しずつ…………解いていきたい。」

「……」


「サダル!!」

それでも顔を上げないサダルに乗りだし、絡めている両手を取った。

「っ?!」


「サダル、目を上げろ。私だけじゃない。ジグレイトたちも同じ考えだ!」

ジグレイトはSR社の強化ニューロス被験体の一人だ。


「過去の清算はいる。私だってたくさん人を殺してきた!サダルに会う前から。

でも、それは未来を潰して同じ時代を繰り返すことのためにする清算じゃない。

グローバル世界になった今、戦闘で勝利を得ることの………その先はもう本当の破綻しかないから。」



今の時代が最後の戦闘の時代だ。

これ以上国同士で争っても、武器を呈しても、もう地球自体が破滅する未来しかない。文明未分化の時代から何十回何千回も、人間はほどんどの争いをさらに戦争で埋め尽くすことしかできなかった。



それは、男女夫婦の「アダムとエバ」.

兄弟家族の「カインとアベル」という一点から始まり、


段々と拡大され、そして宇宙に足場作る前に、既に破綻を迎えようとしている。




「研究やユラスやセイガまで背負ったらつぶれるぞ。」

サダルの顔を両手で上げさせる。

「っ!」

驚いて一瞬チコを見るが目は瞬きほどしか合わない。


ユラスだけでもオナス系国家で5億人。中心国ダーオ自体は首相が率いてはいるが、議長族長は別の部分で見るべき範囲が大きい。全てを抱えることは無理だ。


「闘争も多かったけれど…………

祖父たちの望みを引き継いだ直系ナオス家に、人が集まって来ただろ…。」


戦争も拡大したが、今、ナオス族の半分以上の有力者がサダルに付いている。オミクロンはもちろん。




ユラスの荒野に戦火が立っていたあの頃…………

あの道は間違っていたのか分からない。


でも、もうここまで来てしまった。



ただ、独裁勢力に内部の芯まで占領されなかったのは確かだ。

その為に一般人が知らない犠牲も多く払って来た。アジアの盾になって独裁国のアジア侵略を防いだのもユラスだ。ただ、内戦をしている大陸のようで………オミクロンがいなければ西南アジアは確実にだめになっていた。


たとえSR社が不法行為に手を染めていたとしても、ギュグニーやタイオナスに占有権を取られるよりはよかった………と思うしかない。



ここから、ここから進むしかないのだ――




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