3 大房、春のダンス祭り
春の○○祭り。
二文字に収めたかったのですが、思いつきませんでした…。
その週末。
響はマンションで非常に迷っていた。遊びに行くOKを出したのに、考えてみたら大房だ。
アーツに、ナンパ。タラゼド姉妹。危険ワードがあり過ぎるのではないだろうか?でも、タラゼドの妹ローアも大房にサロンを出したので行ってみたい。子供のイベントって聞いたし。と、悶々と考える。
「………。」
鏡の前で自分で切ったギザギサの髪に触れる。
髪の量も多く髪先をすかないといけないのだが、短い髪をすくのは難しくざっくり切って段々になっている。美容院には行っていない。行くとだいたい楽しい美容師さんたちが「わー!もっとかわいくしてあげます!」とか気合いを入れてくるからだ。
いい感じかな?これで眼鏡を掛けて地味なダボダボ服で行けばいいか……。今まで1個に縛っていたけれど、これこそドン引きな後ろで2つ縛りにしようかな。と、男性が逃げそうなスタイルをいろいろ考える。
という訳で、土色の地味な格好で響は久々の大房に降臨。
スポーティーな格好や露出の多い大房では目立たないだろうと思ったが、よく見たらストリート系女子もダボダボしている。ただ、自分は垢抜けない系文学女子な格好だ。
「せんせー!!」
「ルオイ!」
騒がしい音楽が流れる中、タラゼドの末妹のかわいいルオイが手を振ってやって来た。
「先生…。」
「どうしたの?」
「……目立ってますよ。」
「え?」
「大房のここにいなさすぎる格好で……。」
「え?ほんと?でも、地味女子でしょ?」
くるっと回ってみせる。男子に相手にされなければいいのだ。シンシーたちに囲まれていた時は別にモテなかったのに、なぜこんなことになったのかと思ってしまうが、シンシーたちの世界はお嬢過ぎて、モッズでクールに見えた響は近寄りがたかっただけである。周りの男性も別世界過ぎて腰が引けていたのだ。
「一緒に歩くの恥ずかしい?」
もしかして女子も逃げる?
「それは別にいいけど、知り合いにかえって聞かれそう。誰?どういう知り合い?って。」
「…そう?」
ローアや他の妹たちは子供たちのメイクなど手伝っているらしい。
しかし驚く。完全に子供のイベントかと思いきや、周りには結構な美女やなかなかセクシーな女性たちがたくさんいる。
「…。子供のダンスじゃないの?」
「あの辺は中高生じゃない?」
「え?!」
そうか、中高生も子供か!と納得する反面、響の学校では考えられなかったような大人っぷりだ。大房は黒人や南系の混血が多いのもあるせいか、背も高かったり体にメリハリがあったり、もう子供に見えない子も多い。
「それにゲストで大人チームやプロもいるだろうし。あと、先生や音響や照明とかスタッフも多いしね。」
「…なるほど……。」
屋台も出ているし、親なのか兄姉なのか、子供もファンキーな大人たちと歩いている。そして、こんな女性たちが集まれば男も群がってくるという、アホな方程式。
ただ今回、超地味な文学女子、響は無敵なのである。誰も寄り付かない。
「響さーん!」
「ファクト!?どうしたの?」
ファクトもラムダと来ていた。ファクトは串焼きを食べながらポテトも食っている。
「俺の知ってるチビッ子たちも出るから見に来いって。去年は行けなかったから。」
「…なるほど…。」
「僕は初めてだよ。」
ラムダはこの祭りさえ知らなかったようだ。何せ、ダンスをする知り合いなど、これまでいなかったのである。アカウント越しで出会ったイベント友達だけで、ファクトの様な友達すらアーツに来るまで皆無であった。
「…つか、響さん…。なんで髪切っちゃったの?」
「かわいいでしょ?」
「…なんか痛々しい………」
「ファクトっ。」
いきなり女性にそんなことを言うファクトを腕で押すラムダ。失礼過ぎるのにファクトはまだ喋る。
「自分で切った?」
「そう!」
「なんで?」
「…なんだっていいの。そういう気分だったの。」
「おい。ファクト。」
「ひっ!」
その声に響はたじろく。
…信じられないことに、なんとウヌクまでいた。ベガスにいた期間にスパイラルはすっかりなくなり直毛になっている。
「なんで!!」
「…響せんせ?」
こいつら誰だと目をあっちこっちさせるルオイたちに気が付かず、ファクトが答える。ルオイたちが知っているのはファクトだけだ。
「あー、そうだ!ウヌクも一緒に来たんだ。」
「なんでってば?!」
ウヌクは響を見て、笑顔もないのに長々と説明する。内部テンションは上がっているのだろう。
「日曜学校の子供にダンスか楽器させよーかと思って、今の子供の流行りを見に来ただけだけど。もうすぐ、幼児の部が始まるし。それにここ、俺の家の近く。歩いて5分。
先生こそ、その眼鏡何?コスプレ?俺んち行く?2人で飲む?」
「…。」
唖然としてしまうが、響と一目で分からなかったようなので、これはこれでOKである。
「…行きません。変態。」
「ファクト、このお兄さんは?」
「あー。大房の友達。」
ルオイたちにお互いを紹介する。
「えっとアーツの元店長のウヌク。こっちはカメラ小僧のラムダで…。こちらはタラゼドの妹たちだよ。ルオイちゃん。」
「…タラゼド?あいつこんなに妹居るんか?!」
ビビっている。
「どうも。」
怪訝なルオイと、楽しく答える従妹たち。
「私は従妹でーす!」
「私もー!」
「…。」
「ちょっとウヌクさん。女の子たちだからって、眺めないでください。」
「眺めてないんすけど。そこまで獣じゃないです。」
驚いただけである。
「先生こそ、なんでそんなダサい眉してんの?」
「え?これが今の私の美的センスをくすぐるから。」
響は下手くそなウインクをする。
「ウヌクも失礼なこと言わないでよ。」
ラムダから見ると、響は前ほど垢抜けていないくらいの違いしか分からないし、女性に失礼な男たちに縮み上がる。ありえないほど、ウヌクは響をじろじろ眺める。これ系の男たちはネジがないのか。
「…。先生ー、俺がかわいく眉から全部書き換えてあげるから、ウチに行こ。」
「……あの。うちの響先生にいろいろ言わないでくれます?これが響先生のトレンドなんです。」
そこで、今までになく睨みを利かせて間に入って来たのはルオイであった。
「……。」
ああ゛?という顔でお互いを見て先にウヌクが口を開く。
「大人の世界に口出さないでくれる?」
「私も大人ですけど?」
「響さーん!俺の友達の子供たちが出るからステージ行こうよ!!」
これはめんどいと、ファクトが響を引っ張ってステージを見に連れて行くことにした。
ウヌクはめんどくさそうな顔でルオイに言っておく。
「安心して。響さんとはちょこまか遊んでるだけだから。」
「はあ?」
「2重3重にもステージがあって、あんな人に手ぇ出したくない。」
「何それ…。」
チコやチビッ子や…イオニアやキファや…噂のお兄様や、大学の人々や…普通と言えないこの関門を突破せねば近付けない女性などごめんである。
「結局誰にも相手にされなくなって、あぶれてくることがあったらちょっと頑張るかも。でなければパス。」
と言って、去って行く。
「ちょっと!あんな奴が日曜学校の子供の先生してるの??何?最低!!」
地団太を踏むルオイであった。
ちなみにウヌクは、子供礼拝の時間は子供の見張り番だと隅でダラけて、先生役だけ頑張っている。
そんな訳で、数か所あるミニステージ観客席の1か所にファクトと座って響はポテトを食べる。ラムダは撮影係を頼まれたので、近くで撮影スポットを確かめていた。
「先生、どうしたの?
サイコスの事、そんなにショックだったの?なんであんなキレイな髪…。」
「……。」
男性に声を掛けられやすいという、自意識過剰の答えはしにくい。でも、普段女性の髪形などあまり分からないファクトたちでも、気になってしまう大きな変化だった。
なにせ、モッズ美女。黙っていればクール美人が、地味系文学女子になってしまったのだ。かわいい地味文学女子ではない。地味を越えて芋っぽいと言うか。なぜ?みたいな。
「ナンパ防止?」
「…。」
言われてしまった……と赤くなる。
「え?マジ?」
何だか響が切なく見えるファクト。
「…。先生!辛いことがあったならこれも食って下さい!!」
買ってあったポテトのチーズ3種かけもあげる。
そして、ファクトの兄貴分たちの子供のステージが始まった。
「では3番目のステージ、チーム『アムレート』!シャングアン・スクールの皆さんでーす!大きな拍手でどうぞー!」
すると、音楽と共にステップしながら10人くらいの子供たちが出てくる。幼児の中でも4歳くらいだろうか。
ラムダはなぜか、進行のお姉さんも激写。ウヌクは後ろの方で見ている。
「こちらは、R&Bをメインにヒップホップも入りまーす!でも、ちょっと変化も見せるのでお楽しみください~!」
「かわいい~!!!」
ほとんどの子は頑張っているが、1人は手を振っているだけで、1人はその場でぴょこぴょこ跳ねているだけ。もう1人は指を加えて立っている。
「かわいいねえ!」
響は大喜び。
「バレエを見た時のこと思い出す!」
「あの、上手な子が友達の子!」
中間くらいの身長のセンターの子が、まだ子供なのにすごい機敏に踊っているので、あちこちから歓声がする。
「上手だね!」
しかし、指を加えていた子は他の子が近付くと、それをのろく避けて横になって寝転んでしまった。親らしき女性がステージの端で「起きろ!」と煽っている。仕方なく先生が中腰で横から出て来て、リズムに合わせて起こし、無理やり動かしていた。
「自分と似た子がいて安心した?」
「…。」
ファクトの言葉に、自分がダンスが下手だったことを思い出してブスッとする。
そして、曲調とステップが変わると、たどたどしくも1人がブレイクダンスを始めた。これがなかなか様になっている。変わりばんこで友達の子も含め3人が披露。会場周りに大きな拍手が起こった。友達の子はその中でもずば抜けて上手で、既に逆立ちして踊る力もあった。
「サイコー!!」
歓声が上がり口笛が鳴る。
退場したのでステージ下手に行くと、次の子たちが待っているし、終わったチーム・アムレートも先生から何か説明を受け、円陣を組んで締めの掛け声をすると、ハイタッチをして親の方に向かって行った。
「とうさーん!!」
「ミオ!サイコーだ!!ファクト、オレの子どうだったうだった?すごい?」
「すごい!ミオ、かっこよかったぞ!」
走って来た子供を抱き上げてあげるがファクトにひどいことを言う。
「とうさん、だれこれ?」
「ファクトだろ。」
「あんなに遊んでやったのに俺を覚えてないのか?薄情者だな…。」
「ミオの事、来るたびにグルグルしてくれたのに…。ミオに蹴られて出血もした兄ーちゃんだぞ!」
「…まあ覚えてないか。ああ、ラムダが写真撮ってくれたから後で送るね。全員の撮ってくれたから。」
「サンキュー!」
顔を出さなくなってもう2年近く経っている。まだ3歳前だったので覚えていなくても仕方ない。
響も横で拍手で迎えてあげると、兄さんと向かい合う。
「ファクト、こちらは?」
「友達のお姉さん。」
「こんにちは!」
兄さんは子供を抱いたまま礼をした。
「こんにちは!かわい…カッコいかったです!頑張ったね!」
「……がんばらなくてもこれくらいできる…。」
ミオ君はちょっとカッコつけてかわいい。お父さんがグリグリ頭を撫でた。
「大房の娘じゃないよね?ゆっくり楽しんでいってね!」
「はい、ありがとうございます。」
そこにルオイたちが掛けて来た。
「せんせ~!!私たちのも見に来てください!!!もう少し大きい子の部に2人。6年生に2人。中高生に3人出るんです!」
「うん、分かった。じゃあファクト、リゲル。私行くね。」
「分かった。また後で!」
予想通り、ルオイの親戚たちは中高生…どころか小学校高学年でもう大人過ぎる。小中学生でも、響と同じかそれより背が高い子もが多い。スウェットやズボンもいれば、超ミニキュロットや、ブラ見せなどの子もいて響は恥ずかしくなってしまうのであった。
まだ4時前だが、夕方に近付くほど増える人。よく見ると酒やバーベキュー、焼き肉系の店も増えている。
向こうでは、新機種お披露目のように、ベージン社から売られた、現代版簡易アンドロイドのベージン社『モーゼス・ライト』を広場で披露している人たちもいる。
高性能アンドロイドやニューロスではないので、一般所持はできる機体だ。高性能でないと言っても、一昔前のアンドロイドを思えば、一見人間と分からないほどの姿であった。ダンス祭りらしく、簡単なダンスを披露し、人々が見入っていた。
あくまで子供のお祭りだが、夕方から親子やチームでこのまま夕食を食べたりと、日の暮れに合わせて大人の時間になっていくのだった。