38 揺れあう二人でも
いつもの如く…修正を続けています。
あんなに修正したのに、また時間を置いて読むと「自分何言ってるの?」という文章が本当に多く、申し訳ないばかりです。必要な過去更新を見直す度に、おかしなところがたくさん出てきます。すみません(´;ω;`)
少し曇った月のぼやけた夜。
連絡があってから5分ほど後、慌ただしくサダルと、そして予想外に部下たちまで来た。
普段は閉じている土足のまま上がれる玄関横の客間を、警備していたクラズが開ける。一応勤務中で何があるのか分からないため彼らは靴を脱げない。
脱ぎやすいフォーマルなオフィサーシューズやデジタル系の軽量ブーツ、編み上げ以外のブーツなどの人員もいるが、ベガス陣も合わせると7人も来てしまったので全員脱がすわけにはいかない。
なんだ。この大所帯。
グリフォが来たいと言ったがチコが断ったため、お客様相手に彼女たちの真似をしてみる。ここは自宅だし。
「みんな何か飲む?コーヒー淹れようか?」
「?!」
ギョッとするユラス側の部下たち。サダルも少し驚いている。
「えっ?いいです」
「とんでもないです!」
「何かあれば私がしますので、お座りください!」
議長夫人にさせるわけにはいかない。しかも今は仕事の延長だ。
「そう?」
一方、白けた顔で見るベガス陣。なぜ今更そんなおもてなしを。
「じゃあ、アイスコーヒー下さい。」
くれと無遠慮に言ったのはカウスだ。
ホットよりアイスの方が難易度が高いし、簡単なスティックタイプアイス用があることをチコは知らない。どうせチコが豆から淹れると理科の実験のよう慎重になって、氷の出し方も分からずあちこち水だらけにするに違いない。薬品や火薬、爆薬などの扱いはうまいのに、なぜかこういうことは緊張してしまうらしい。おそらくよくできたパイラルたちと比較してしまうためであろう。
「チコ様、いりません。ご自宅ですので私たちはすぐ撤退します。カウス、飲みたいなら冷蔵庫の物か水でも飲め。」
「………。」
アセンブルスに言われておもしろくないカウスである。せっかく普段怒鳴られている上司にお茶を淹れてもらう機会なのに。
サダルの側近メイジス以外、ユラス側の人間がここに来たり、こんなに大人数の男が入るのは初めてだ。あまり広くないマンションなので、ガタイのいい男が客間に揃うとむさ苦しい。しかも、全員都市系の軍服を着ている。この家で事件でもあったのかという感じだ。
せっかく場を和ませようと思ったのに、おもてなしもしなくていいのでチコもおもしろくない。
「ファクトがチコたちの位置を『誰』に聞いたのか、新しい情報を持っている者は?」
全員顔を合わせるが、誰も知らなさそうだ。
「本人は頭に響いただけだと。」
誰もが共有している以外の新しい情報はない。
ただ、そんな声に従ったということは、それ以外に確信めいたものがファクトの中にあったに違いない。この時代、霊視や霊言は珍しくない現象なので、いちいち言われたとおりに動くことはないのだ。
そして、確認したところシリウスも違うらしい。嘘を言っていなければだが。システムにも異常や変化はなかった。
今日はさすがに一人にさせない方がいいと、ファクトはユラス駐在に泊っている。
「響は?今ベガスにいるだろ。」
サダルが聞いた。
「…ファクトやシェダルに関わりたくないそうです。先ほど再度連絡したのですが。………多分ミザル博士に念を押されたみたいですね。ファクトに関わるなと。」
「……そうか。」
急ぎの重要案件になるかもしれないが、長期的な視点も含めると段取りを取った方がいい。響に対しても、ミザルに対しても無理は禁物だ。
その他最終確認だけ取って、サダルとチコ以外は引き上げることになった。
玄関で見送るチコ。
「あの、チコ様。余計なお世話かもしれませんが、もっと予算を出すように言いますのでせめてこの倍のマンションに住み替えてください。我が家の方が2倍ぐらい大きくて申し訳なさすぎます。」
「先の客間を除けば、首都の私の1人用マンションより狭いです…。」
少しリビングやキッチンなどをみせてもらったメンバーたちが申し訳なさそうに言う。
「カイファー女史が不満を言っていた理由が分かりました。」
「え、いいよ。こっちは公金だし、普段は私しかいないし。来ても女性だけだし、私がここでいいって言ったから。そこ玄関の前にフロアラウンジもあるから警備や管理がしやすいだろ。位置もいいからさ。住み替えるぐらいなら自分で買うよ。」
服も私物も自前の物はほとんどないので、クローゼット室も要らない。しかも、基本夫がいない家前提で語られるので、みんな不甲斐なく思う。
「今度、妻を呼びますので環境を変えてください。」
元貴族や富豪、自営業、管理職系のユラス女性はかなり強い。お金の使い方も暮らしの揃え方も手際がいい。
族長レベルの生活をさせるには、本当にこの人には奥さんが要ると思う一同である。
「いいってば。それにこっちがこれ以上住みやすくなったらここに根が生えそう。」
「………。」
それも困るユラス側。でも、族長どころか議長夫人を警備面以外は普通な、小さなマンションに住まわせるなんて居た堪れない。東洋思想も入っているユラスは孝心が強いので目上の人間、部族の母に当たる人間に自分たちより慎ましすぎる暮らしはさせられない気持ちになる。
「こんなに話し込むなら、やはり駐屯に行けばよかったですね。申し訳ありませんでした。行くぞ。おじゃましました。」
「お邪魔しました。」
「失礼いたしました。」
「………。」
やたら丁寧に挨拶をして出ていくユラス側を見て、なんでこんなお宅訪問みたいになってしまったんだと、何とも言えない気持ちのチコである。
***
「…………」
「…………。」
静かになったリビングで、ソファーに斜め合って座ったまましばらく何も話さない二人。
チコが落ち着くので、白熱色の光だけがリビングを揺らす。
「チコ…。」
先に口を開いたのはサダルだった。
「申し訳なかったと思ている。」
下を向いたままだ。
「だからそれはもういい。今更仕方ないし分かっていたことだ。」
「……でも、式の前までそれを知らなかっただろ…。」
そう。チコの施術をさらに推し進めたのがサダルと知ったのは結婚式当日の、ユラス中央教会大聖堂で人が揃った場所に入場する直前だった。サダルは、意味が分からないと口が震えていたチコを思い出す。
「でも、あの時すでに正道教の結婚の祝福は受けていたしな。もう前に進むしかなかっただろ。」
あの頃サダルはまだ地方軍から信任も受けていなかったし、カフラーか誰かがチコを引き取ると話が決まるだろう前後だった。地方軍もいきなり来たサダル派と慎重派、反対派に分かれ始め大きくは二分し、ユラス軍中が不安定になっていた。
でも、どんな理由があっても、チコ自身も前に進むと決めていた。
カストルが天理に正しく世界を見ていると確信していたからだ。




