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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十六章 あなたはどこに

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37 チコ、本当に大丈夫?



「クラッキングされていないか確認しろ。」


ソファーに寝かされているシェダルに対して、東アジアの者が派遣されたSR社に指示を出す。

これまで、システムそのものを()げ替えるなどの違法行為以外で、SR社の義体が乗っ取りされたことはない。


しかもシェダルに着けられている義体は、最新の物。軍とSR社で直接監視管理しているし、まずハッキングはあり得ない。


「DPサイコス…。精神や心理層に侵入されたのか?」

「そんなことができるのか?それこそ恐ろしい能力だな…。もしそうなのだとすれば…ミツファ氏は?確認した方がいい。」

響が能力を失ったことは全員が把握しているわけではない。

「………。ミツファ氏は暫く能力の不調で休んでいる。」

「そうか…シェダルの深層の記憶とか…?」


ここで数人が思う。


SR社以上の処理能力の頭脳。

今シリウスに対抗できるものはない。



だとしたら…


…シリウス自身…?



そこに、SR社とユラスの間の内情やある程度チコの事情を知る、東アジア側の議員が入って来た。

「…チコ殿は大丈夫か?!」

「大丈夫です…。少なくとも見た感じは…。」

「情報の洩れは?」

「今のところ結界を確認してもガードは外れていませんし、あの時室内にいたのは元々ある程度の事情を知る者だけです。」


「チコ殿、シェダルはシャプレー氏が預かりますので、一旦この場は大丈夫です。」

「……………」

「チコ殿?」

「……あ、ああ。分かりました。よろしくお願いいたします。」

「………。」


大げさな反応はしていないが、チコはどこか虚ろだ。

アセンブルスがユラスに連絡している間に、カウスがパイラルにチコを見るように指示を出す。そして、ユラス勢がここを引き上げようとしていた時だった。




「あの、訪問客です。」

東アジア軍から話が入る。

「客?」

こんな時にこんな人様の陣営に、訪問客とは誰だろうか。


チコが揺れた瞳のまま目を上げると、その名を知らされまた動揺する。

「心星家のご子息の心星ファクト氏です。」

「?!」

「っ?」

誰もが驚く。ここは一般人の分かる場所ではない。そして、今のスケジュールは誰にも知らせていない。


「なぜ?」

「チコ様が呼んだわけではなくて?」

「…いや?」

報告に来た者たちが首をかしげる。

「チコ様を名指ししておりますが、お招きしますか?」

「……お願いします。」

なぜファクトが?


一度ベガスに戻ってからでもいいが、東アジアとしても今起こっていることを把握しておきたいのだろう。この状況に謎の訪問者が来たならば、東アジアとしても一緒に話を聞いておきたい。ユラスもそれに配慮し、ここで会うことにした。




暫くすると、面談室にファクトが通された。

いつもの簡単なTシャツとフラットなボトムに片肩から下げた大き目のボディーバッグ。間違いなくファクトである。


先のシェダルの件もあるからだろう。ファクトは銃器使用や武術が使えることだけでなく、サイコスも確認されているので、後ろでいつでも動けるように軍人が構えている。



いつもの如く何食わぬ顔で飄々と来るかと思ったら、少し不安気な顔をしていた。

「ファクト?」

チコも不思議そうにファクトを見る。


気の抜けたような顔をしているファクトの頬を思わず触った。

でも、ファクトはその手を掴んでそっと下げた。

「チコ……大丈夫?」

「………ファクトこそ大丈夫か?調子が悪いのか?」

「…俺は大丈夫だよ………。チコの事を聞いているんだけど。」

「何を?」


ファクトは周りをキョロキョロした。

「大勢の前で言っていいのかな…。」

先の議員が聞かれたくないのかと事情を察する。

「我々は向こうに行こう。ただし、カウス君とアセンブルス君、それからうち側の人員も一人同伴させてもらう。みんなチコ殿の事情は知っている。」

ファクトはそれに頷くと、必要な人員以外は席を外した。



「ファクト…、ファクトだよな?」

「……チコ何言ってんの?やっぱおかしいの?」

「……は?」

先のシェダルを見たばかりなので、変な状態で現れたファクトが何かに乗り移られたのかと不安しかない。でもセキュリティーを通ったなら、本物ではあるだろう。あまり喋ることもないファクトに余計にこっちが不安になる。


「なんでここに来た?なぜいると分かったんだ?」

「…さあ、ここにいるって誰かが教えてくれたから…。敷地の外で待ってた。」

アセンブルスとカウスも顔を見合わす。誰が?


ファクトは少し周りを見渡し、カウスたちに隠すようにチコに近付き小声言った。

「チコ、先の大丈夫?」

「だから、何が?」

「…。」

「何だ?言えっ。」


顔を寄せ、小さな声で囁く。

「議長が…。チコの肢体を…胎を…」


「?!」


ファクトはそれ以上言わなかったが、もう十分だった。はっきり聴こえたアセンブルスが一瞬反応するも、無言を貫く。

チコの目が完全に動揺していた。

「…っ?!」

「ごめん。外で待ってたら聴こえたから……。」


ファクトは伝心の能力を持っている。

「………。」



チコは言葉を失った。内容にだけに驚いたのではない。結界が張ってあるのに、重要軍事施設なのに…なぜ外にまでそれが聴こえるのだ。ファクトの力?そこまで強いのか?でも力があるのと、これとは別だ。

それとも…やはり誰かが誘導している…?


黙っているが、先から状況を見ている東アジア軍人も伝心の能力を持っていた。2人の会話が小声でも内容は把握している。しかし彼も、全く動揺せず全て無言で聞いていた。


「ファクト、よく聞け。大丈夫だ。」

「…………。」

「それに関して私は()()()、婚姻を結んでいる。ファクトが心配することじゃない。」

「…そうなの?」

チコははっきりと頷く。


「でも、シェダルが………」

「シェダルのことも心配するな。」

「シェダルさ、誰かに乗っ取られてる?憑りつかれていたというか…。それとも心理層?」

「………。」

チコは、やっぱりファクトは敏感だと思う。霊視で視覚的状況まで見ていたわけではないだろうが、ここでの様子を声だけで察している。それに、ファクトは響と一緒にシェダルの心理に近付いている。もしかしたら深層上で何かが繋がってしまったのかもしれない。


「ファクト………いいか。サダルに対して絶対に揺らぐな。今サダルが見ている方向性は、世界に必要なものだ。やり直せない過去に躓くな。お前はそういう性格じゃないだろ?」

チコも乗り出し、ファクトの手首を握って確信めいた顔で言う。

「…………でも、それでチコは大変で…これからも…。まだ解決したわけじゃない…。」

サダルといる限り、子供のことは言われるであろう。



「ファクト!前に言っただろ。自分でしっかり考えろ。周りの言葉に…私の言葉にも揺らがなくっていい。

どんな過去の事実があるかは、今はもう重要じゃない。事実があるうえで、何が必要か自分と、そして霊性に尋ねろ。


今聞いたことも事実だが…目に見えない事実がそれ以上にたくさんある。

過去には戻れない。私は今を進む。」



ちょっと距離が近いと気になるカウスたち。

が、それも次のセリフで吹っ飛んでしまう。


「チコ………。俺さ、多分テニアおじさんの奥さん………知ってる。」


「…え?」

「俺、何度かその人に会ってる。」

「?………。どこで?」

「………分かんないんだけど…。何だろう。虚ろなんだ…。」


ファクトの中で全てがまとまらない。


「なんかさ、俺のことを義息子って言ってた気がする。だから………チコの親かなって。誰だろう……。」

「………ファクト………」

チコはファクトがまだ見ぬ母に会っていたのかと驚くが、それが実体の世界ではないと思い直し、少し気が抜けた。



ファクトがこの部屋を移ると、眠りこんでいるシェダルがいたのでじっと見る。

「………。」


あの、底のないような、黒い目が見えないその顔は、それでもやっぱりどことなくチコと似ていると思った。




***




その日の夜、11時にチコは素直にマンションに戻った。

そして、あの色褪せた小さな袋に入った指輪を出す。


それはきっと、間違いなく母レグルスの指輪。


ソファーに足を乗り上げたまま深く座り…上に掲げてホワイトゴールドの静かな輝きを眺める。

「レグルス………カーマイン………」

会ったこともない母。


父も、母も分かった。探せば親戚たちもいるだろう。


不思議だ。

2年前まで………自分は生まれも分からず、家族も親戚もいないのだと思っていたのに。


ならシェダルの言っていたブロンドの髪の女性は誰?

本当にいた人?

シェダルの母親は違うのか?


シェダル自身は本当に弟なのか?

それともテニアの記憶が違うのか?


そう、テニアにもう一度聞きたい。母はどんな人だったのか。茶髪のだったのかブロンドだったのか。


ファクトは幾人かの女性が、チコやシェダルの心理層で見えたと言っていた。

多分、ほとんどが誰かの母親だったと。ベガスに来てユラス文化に近付き、直接ユラスに行ってファクトは確信する。そこで見えた女性の多くは………


アジア圏の文化じゃない。西南アジアにも近いかもしれないが………

ユラス寄りだ。

チコやカーフ母のカイファーが使っていたようなルバを被っていたと言っていた。



『チコ様…。』

デバイスから声がする。カウスだ。

「何だ?」


『議長がいらっしゃっています。』

「サダル?」

『ベガス空港の方に来ています。このまま直ぐにお通ししてよろしいでしょうか?』

姿勢を正すチコ。本当にユラスが近くなったと思う。行き来があっという間だ。

ベガス空港と言っても、倉庫と修理場や入管、監査施設など最低限の施設だけあるだけの離着用の広場だ。


長距離高速移動は、これまでは技術があっても、文化差、格差、協約や国同士、国内の諍いなどで建設や手続きに時間が掛かっていた。でも今は、移動手段の進化と統一アジアと統一ユラスとの間で結ばれた協定で全てが速い。


もともとサダルとチコは、東アジア籍も持っており技術者枠などでアジア人と同じ扱いを受けていたが、軍まで移動するとなるとそうはいかなかった。


けれど、ここ最近のベガスの発展で一気に世界線が変わったのだ。



『今日のことだと思いますが、私も同伴しますか?』

「…………。」

『チコ様がこちらに来ますか?メイジス補佐も来ています。』

「いい。サダルをこっちに通してくれ。」


アセンブルスが今事情を話しているという。

女性兵は退勤してしまったので、チコは少し身を整え周りを整理し、気持ちを切り替えて少し待つことにする。


指輪と共に…ポラリスに貰った胸のオパールのネックレスを握りしめた。



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