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ZEROミッシングリンクⅤ【5】ZERO MISSING LINK 5  作者: タイニ
第三十六章 あなたはどこに

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36 かの、女たちの笑い声



「で、何?」

シェダルはかったるそうにチコに向き合う。


「…覚えていることはカウンセラーの人に話したけど。ギュグニーのことも話したし。」

「母親に関して知らないか?」

「………。」

考えるようにシェダルは黙り込む。


そして大きな椅子にさらにドシッと座り込み、ふと上を向く。


「……さあ。」


それからチコに向き直った。

「あんたは知ってるの?」

「……多少。最近情報が入って。」


「…マジ?」


「東洋系の強く出たコーカソイドの混血女性が出ている。顔も東洋系、髪は茶色かな。遺伝子調査でずっと先祖を探していてね。」

この情報はSR社が持っている。チコがバベッジの血だとは公表したが、テニアの存在や妻の名まではまだ中枢しかしらないしシェダルにも教えていない。


「…東洋系?ブロンドじゃないのか?コーカソイドなのに?」

シェダルが初めて虚を突かれたような顔をする。

SR社にいた頃に、世界地図も覚え人種の種類や分布の本や情報も読んでいた。


「……?」

変な感じがするチコ。

ブロンド?

どこから金髪の情報が?チコには初めての話だ。


テニアはチコの見た目は自分に似てしまったと言っていた。多分髪や目の色などの事だろう。テニアは混血で、色の見た目はコーカソイド系だ。アセンブルスやカウスも考える。シェダルの輪郭などがチコと似ているのも、繊細で顎の細いだろう母のアジア顔を受け継いだのかと思ったが……。



シェダルは今までの聴き取りでは、母親のことは覚えていないと言っていた。

「……ブロンド?」

チコは考え込む。

「……くすんだブロンド………」

その言葉はどこからでてきたのか。テニアは妻の髪と目の色を、茶色でアジア人風だと言っていた。確かにチコは、髪色の明るい目の大きなアジア人という感じもする。


レグルス・カーマイン。結婚したあとのレグルス・ジアライト。

彼女は髪をブロンドにしていたのか。それとも他の誰かなのか。


「何か知っていることがあるのか?なぜブロンドと知っている?」

アセンブルスが聞く。ブロンドではないはずだが。


戸惑うシェダル。

「…あれ?なんでだ?波模様みたいにきれいにうねったくせ毛のブロンドヘアだ。」

自分の発言へのごまかしや、演技ではなさそうに見える。


「……」

東アジアの人間も戸惑っていた。


「目の色は?!」

チコが聞くと、それまで余裕だったシェダルが本格的に焦ってきた。


「グレー?多分…顔も…派手な方に入る部類の人。美人て言うの?あれ?でも顔は分からない…。顔は…覚えていないけど…グレーの瞳に…くすんだブロンドヘアで…うねった…鼻も目もくっきりして……そんな女?」


「…っ?」

チコは戸惑う。テニアは妻について、チコよりはファクトに似た系統の顔だと言っていた。ファクトは一見一重にも見える奥二重なので比較的あっさりした顔だ。ミザルに似ている。ならば、テニアの妻も大きくはモンゴロイド系の顔に間違いないだろう。そうでなければ、ファクトに例える理由がない。


テニアの話と全然違う。整形をしたのか?拉致先でさせられたのか。




誰だ?


その女は誰?



母は一体誰なのか。


思わずあの指輪を、テニアから預かったペアリングを求めて自分の指を触ってしまうチコ。

その指に指輪はないが、無性に触りたい。


その指輪をしていた人は誰なのか。



チコも焦ってアセンブルスに確認を求めるように見る。

「アセン…。」

「いえ、東アジアの独立機関でもSR社でも…複数人の霊視でも…父違いの母が同じ弟でほぼ間違いないです。」


目の前の東アジアも頷く。

「お2人は高い確率で、御姉弟です。母親の稀なDNAを受け継いでいます。」


シェダルがいるのでここでは言えないが、母レグルスはバンクに遺伝子登録をしていない。

なので、生き残っている母方の親族とも比較をしていた。カーマイン家は大腸機能に特徴のある遺伝子を持っていることが分かっている。この遺伝が最西方の国ジライフから、ごく自然の中でわざわざ閉鎖国ギュグニーに偶然入るとは考えにくい。

もしくは外交官家系であるので海外生活で得た菌の働きかもしれないが、他の地域で見られない遺伝子のため、近い先祖のどこかでの突然変異したものである可能性が高い。



レグルスの姉たちの子?

レグルスの姉たちは、西洋系の美人だと聞いている。ジライフで探し出した写真もまさにそうだった。


長女は未婚で、次女は子をなす前に亡くなっていることは確認されている。情報に偽りがなければ。



「乳母とか?小さい頃いた研究所の女性職員とか?」


「…知らない。全然記憶にない。」

シェダルの記憶にないのに…どこか知っている女。




みんな息を飲む。



なら、くすんだ金髪の女は誰?


シェダルの幻想?母親?乳母?




知らない誰かが…間にいる。


レグルス・カーマインは誰?…





どこか遠くで…

女たちの笑い声が聞こえる。


近くで見てみると…数人の女たちが机を囲んで談笑をしている。



顔の美醜ではなく、その女たちは非常に聡明で、明るく、そして美しく見えた。


久々に手に入った少し高級な紅茶は彼女たちが貰えた。一つのティーバックで数人が飲む紅茶。




紅茶が入れられ、デバイスで何をか見ながら、


……また笑う。




ここはどこ?


そう疑問に思うと、今度は違う女たちに見える。





そこでも女たちは笑っていた。


1人の女が真ん中にいる。屈託のない、明るい優しい瞳。はつらつとした笑顔。



でも誰の顔も見えない。


笑っていると分かるのに、それが楽しそうだと分かるのに、それが誰なのかもどんな顔なのかも分からない。


1人だけ老紳士がいる。少し背の低い彼は笑顔で女性たちに小さなサブレの袋を渡し、そして部屋から去ろうとする。久々のお菓子。


「このお菓子はまだあるの?」

「大丈夫。子供たちの分もあるよ。それは君たちで食べなさい。」

わあ!と歓声が上がり、女たちは少しだけのそれをみんなで分け合う。



彼女たちは長いドレスを着て、長いルバを被る。


でも、女たちの間でだけは…時々その素顔を見せる。





だからここはどこなんだ?


そう思ってもう一度辺りを見ようとするのに、視界をずらせない。




ただ分かるのは、もう上等な紅茶も小さな袋のサブレもなく…


その女性たちの周り以外は真っ暗な絶壁に見えた。




底のない、暗く、歪んだ空間。


でも、円卓の周りだけは花が咲いたように日のほんわかな光が差す。



みんな笑っている。




でも、


でも。口角が震えている女が1人だけいる。



なぜって、そこは絶壁の淵だから。この円卓は抜け出られない。

ここだけが逃げ場。


ここから足を外せば後は落ちていくだけ。



なのに、ここにも…




裏切ったのは誰?




みんな笑っている。



だけど…。





ガバっとシェダルは突如、チコの方に行こうと机を乗りだす。


「?!」

カウスとアセンブルスが同時に抑えようとした。


が、今のシェダルの力は平均的な男性より少し弱いくらいだ。ここにいる誰よりも弱いので、チコは全く動じない。少し焦っているシェダルをじっと眺めているだけだ。



「チコ・ミルク・ディーパ。」

「………。」


「なんで俺を極刑にしなかった。終身刑にだってできたはずだ…。」

少し目の奥がいつもと違う。何も見ていない無機質な目と違う。何か、ギラギラして全てを怨むようなどす黒い光。


「……」

チコは何も言わず、表情も変えない。


「シェダル。黙って座れ。」

東アジアの男が言うと、少しだけ引く。


「お前をユラスからの侵略者に祭り上げた東アジアも…

若者を惑わす…異邦人の教祖に仕立てたユラスも、なぜ憎まない。」


「…過ぎ去ったことだから。」

静かにチコは言った。



「憎めばいい。」


「お前を死地に引きずり込もうとした俺を怨めばいい…。」



「……………」

「俺の父親が何もしなければ、お前は仲のいい両親と暮らせたんだ!軍人になって人殺しなんてすることもなかった。ただの娘でいられたのに。」


「っ?!」

カウスたちや東アジアが動揺する。これも初めて聞く話だ。

やはりレグルスは貞操を奪われたのか。


周りが構えるが、チコはなお、手で制する。

「…。」



ここは軍事施設だ。霊性に対する結界も張っている。


が、シェダルの様子がおかしい。何かに乗り移られたのか。



「自分の呪われた人生を怨むがいい!」


そして、やっとチコが口を開く。


「…この道はこの道でよかった。この道があって、この積み重ねがあって、今いる人と出会えて、今ある命が生まれてきたのだから…。この道でしか、出会うことも生まれることもない人々がいた。」


「だが、多くが死んだ。」



チコは強く言う。


「…それでもだ。どのみち…


どのみち過去には戻れない。」



シェダルは少し静まって、そして言った。


「でも、お前は耐えられない。今の現状に、お前の人生の足枷が居る。今、この今、それで苦しんでいる。族長夫人であるがゆえに…。たくさんの役割を負わされて…。


お前の体を奪ったのも…子を()せなくしたのも…


お前の夫、サダルメリクだろ。」



「…っ!」

チコは少し顔をゆがめるが、シェダルを黙らせようとする護衛をそれでも動かさない。

「チコ様…っ。」



「それなのに、お前が子を生せないと責められている。

不条理だ。


お前を不自由にした男が世界に同情され…、なぜお前が責められるんだ…。少なくとも、私は許せない。こんな不条理な話…………。


私だけが…お前の味方だ…。」



「………誰だ。」

チコは尋ねる。



しかし、シェダルは答えることなくスーと机に倒れ込んだ。



「チコ様っ!」

アセンブルスがチコに駆け寄り、カウスや東アジアの人間がシェダルに銃口を向けたまま駆け寄る。



しかしシェダルは、ここで起き上がることはなかった。




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