35 シェダルとの対面
「ファイはどこだ!!ファイ!出てこい!!」
珍しく寮のラウンジに来たチコは激オコっていた。
「あれ?チコさん、ユラスじゃなかったんですか?昨日行ったばかりですよね?もう逃げてきたんすか?」
「黙れロー。ファイがどこかと聞いている。」
「ファイは今日はいないっすよ。女子寮で食べてるんじゃないですか?」
シグマが答えた。女子寮は3LDKや4LDKでキッチンが付いているのでそこで食べることの方が多い。
「呼べ!」
「はい?」
「私からと言うなよ。ファイを呼べ!!土産があるからな。」
「分かりました。」
シグマがファイの番号に掛ける。
「あ?ファイ、部屋にいる?…うん。渡したい物があるんだけど、こっち来れる?男子寮の方の食堂…。」
「チコさん、ファイ10分後に来るって。」
「なんで10分も掛かるんだ??」
下町ズたちが説明する。
「女子はめんどいんです。」
「どうせ朝からダラダラして準備もしてなかったんだろ?ボブだと朝起きたら爆発してそうだしな。」
「ファイこのとだから、今起きたんだよ。最近朝トレサボってるし。」
「Tシャツに何か履いていれば、でもどんな格好でもいいだろ!!今起きても5分で来れるだろ?!」
そうはいかない乙女の気持ちが分からないチコである。
そしてチコはドカッとカウンター席に座る。
「チコさん、何か飲みます?朝食は?」
アストロアーツ元店長のシャウラが聞く。
「………アイスコーヒー。無糖をお願い。」
「カウスさんは?」
「仕事中なのでいいです。」
そこにやって来たこの男。
「あれ?チコ。おはよ。しばらくユラス巡りするんじゃなかったの?」
不思議そうな顔をするファクトである。
「………。」
チコはファクトの顔は見るが、嫌そうに返事は無視を決め込む。
「…チコ?」
お?何かあったのか、この二人にも、と周りは思うが、一部人間は知っている。ファクトが全然言う事を聞かないので怒っているのである。
「チコ…。シュラト大だっけ?観たよ。」
「…シェアト大だ…。」
無視するつもりが話してしまうチコ。
「…何で知っているんだ?」
「いろんなところで有名だよ。でも、議長を愛してるんだなって安心したよ。父さんだったらキスは口にしそうだけど。二人とも何ブリッコしてるの?」
「……」
「藤湾大のみんなも怒ってたよ。あんな楽しそうなイベント、なんでシェアト大なんだって。」
「…あんなのイベントでも何でもない。流れでそうなっただけだっ。…つうか、イベントでもないだろ??」
2回言っている。
シャウラがアイスコーヒーとファクトの朝食を出した。
「なんで、シャウラに作らせているんだ?シャウラの方が忙しいだろ。ファクトが先輩に作ってやれ。」
「チコさん、ダメですよ。こいつ放っておくと、プロテインバーに野菜とか言ってキュウリに塩振って切りもせずに食べて、炭水化物取っていないとか言って砂糖一口食べて終わりとかです。せめてパンとか食べればいいのに、目の前に白砂糖があったからとか。その前はレタスにマヨネーズを直接かけて食べてたな。」
「…。」
信じられない顔で見ているチコ。
「…砂糖はないだろ。戦闘中や潜伏中でもあるまいし…。」
「え?だってオリーブオイルや蜂蜜もひとさじ舐めたりするじゃん。それと一緒。栄養!一応キビ砂糖や黒砂糖食べる時もあるけれど、その時はたまたま白砂糖だっただけだよ。」
「…。」
これまで義弟がどんな生活をしていたのか心配になる。
「食堂に行け…。」
「普段は食堂も使ってるよ。」
住民や客人は無料で食べられるの食堂のことだ。しかし、チコの食生活もあまり褒められたものではない。誰かがきちんと面倒を見ないと、ファクトと似たようものである。周りが準備しなければ外食もしないので、ある意味ファクトよりひどい。
「おはよー。シグマ?何?」
そこに準備を終えて現れた元凶ファイ。
シグマが親指でカウンターを指すと、怒っている人を目撃。ファイがそのまま帰ろうとすると怒っている人に後襟を掴まれた。
「ひえっ。チコさん…。おはようございますー。何ですか?なんでもう帰国してるんですか?」
「何がおはようございますだ…。ファイ、お前だろ?サダルに何を言ったんだ??」
「…」
みんな、ファイが何をやらかしたんだと不安になる。
「それを言いにワザワザ帰って来たの?」
「そんなわけないだろ!仕事が入ったんだ!」
「じゃあ仕事に行ってください!チコさん怖い!!」
「…。」
ファクトが横で黙って見ているので、チコはファイを端に連れて行く。ぱっと見、恐喝でもしに行くようだ。
「やだ~。怖いよー。」
「何が怖いだ。言え。サダルに何を言ったんだ??」
「…何も言っていません…。」
「噓をつくな…。」
「…チコ様が挨拶回りごとにキスしてくれますが、多分出だしはきっかけがないと出来ないので先にお願いしますと…。」
「はあああ???!!!」
「口にって指定しておけばよかった。」
また首根っこを掴まれる。
「いいっっ~!!やめてー!!」
なんだと周りが注目するが、ファクトにしか聞こえない。
「それだけだよ~。まだ44回分もあるのに、早く済ませたらいいじゃないですか~!」
「なんで、サダルがファイのそんな条件を飲むんだ??」
「私が議長のお願いを聞いたお礼だって。何でもいいって言うから!」
ますます分からない。
「何だ?!そのお願いって言うのは!?」
「秘密で~す。」
「ああ??」
「言わないって約束したし。」
なんだなんだと周りは聞きたいが聴こえない。
「ふふ。妬いてます?疑ってる?」
「妬くとか言う問題じゃないだろ??」
「私も女ですから!」
「ふざけるな!そんなことはどうでもいい!!」
「ふふふふふ。」
ゴン!と
遂にチコに拳骨で頭を叩かれる。
「ひどーーーーい!!私にその気がないと思ってるの?議長も私の萌え範囲なので、油断しないでください!」
ゴンっ!
「いったーーーー!!!!」
本当にどうでもいいことを言ってくるファイにムカつくのである。
「もういい。カウス、行こう。」
「チコさーん!あと44回だよ~!!!あ、お土産は?!」
楽しそうなファイを無視して、チコはどこかに行ってしまった。
「また嘘ついた~!!」
***
チコが、呼ばれたアンタレス東アジア軍に到着した時、そこにはシェダルも待っていた。
「………」
「……。」
大きな机越しに、護衛に囲まれて向き合う2人。
カウスにパイラル、アセンブルスなどユラス軍数人と他、東アジア軍の護衛やニューロス数機も見張っている。
「…。」
シェダルはブスッとした顔でチラッとチコを見る。
「………体調は?」
「は?体調なんて気を遣う余裕があるんだ。あんたの四肢、抉ったんだよ?」
「……いちいちあれこれ怨んでいる暇はない。怨んでいたとしても細かいことに構っている余裕はない。」
「そうなんだ。怒らせたかったのに無駄骨だったね。俺のしたこと。」
「っ…」
ユラス軍が苦い顔をする。
「あんたの拉致命令も出ていたけど、仲間内を荒そうっていうのも目的だったから。」
「………」
「あんたらも間抜けだよな。国のトップが揃いも揃って護衛もできないなんて。しかもユラス中央軍のさ。」
「おい。反省はしているのか?」
東アジア軍がシェダルの言葉を止める。
「してます。でも、何のために護衛を付けていたのか分からない失態だから、忠告しておいただけ。夜中に1人でフラフラさせるなんてさ。危ないだろ?気を付けろよ。」
「……それは私に責任がある。」
チコもシェダルの言葉を止めた。チコは煽られても動じない。
「でも、残念ながら内部分裂はしなかったな。」
「……」
何も話さなくなるシェダル。
単独行動を願ったチコの失態でもあるが、実は東アジアとしてはこれをきっかけに離れていた唯一無二の高性能ニューロスサイボーグ、チコと関係を取り戻せて元は取ったと思っている。
これ以上の施術を拒んでいたチコに、新しい技術も試せた。チコ・ミルクはとにかくニューロスや新技術への浸透性や一致性がいい。強化性の義体を管理しコントロールする才能もずば抜けている。女性ならではの柔軟性と感性だろう。
そして、不安定要素ではあるが、シェダルもアジアの懐に来た。
「なんで会わせるの?」
シェダルはチコに会わされたことが不満らしい。
「最終確認だ。お互い双方に危害を与えないこと、連合国群にも不利益を与えないこと…」
ザーと一覧を読み上げていく。
「二度目はないからな。もう一度犯罪行為を犯した時の項目をよく見ておけ。それに今回は、チコ・ミルク氏が寛容に見てくれた上での対処だ。そこをわきまえるように。」
「…。」
シェダルは仕方なさそうに頷き、上等で重厚な会議椅子を子供のように少し回転させる。
「議長夫人もこちらに同意でよろしいでしょうか。」
出された紙と電子書類に2人ともサインをする。
チコの下手くそな字と違って、シェダルは非常にきれいな字を書いていた。
初期はひどい字だったが、アンタレスにいる間にクセすら美しく感じる達筆な字になっていて、知らなかった東アジアの人員が驚いていた。
誰もがシェダルの人物像がつかめない。
少し言動がおかしいのは育ちのせいか、もうすこしまともな環境で育っていたら優秀な人間になったのだろうか。そんな感じもするし、そうでないような気もする。
異常なのか、正常なのか。異常性を含む正常者なのか。
その後、チコはシェダルと対の面談を希望する。
ユラス兵数名と東アジアの指揮官クラスのみ部屋に残った。




