32 一度外に
「チコ様!妻として責任を果たすつもりもないくせに!!サダル議長に寄り添う気もないのでしょう!」
「………。」
チコだけでなく、学長一行も戸惑っている。
「………ソライカ。」
「叔父様!私は海外送りにされるんですよ!!」
「落ち着くんだ。」
フェクダがチコに近付こうとするソライカを軽く押さえる。
「ソライカ様、離れてください。」
「どきなさい!女性に触るなんて失礼な!!校内にまで侵入してきて落ち着くなんて無理だわ!!」
「ソライカ、我々が呼んだんだ。それに親族でも話し合った。ソライカは一度ここを離れた方がいい。」
「叔父様までひどい!世界に助けを求めれば、誰かが助けてくれる!私の意思でないことが分かれば!!」
そこに、ソライカを止める声がする。
「おやめください。ソライカ様。」
その澄んだ声に誰もが振り向いた。
かつて、同じく議長夫人の座を狙っていたビジター家のディオだった。
礼をすると静かに話し出す。
「ソライカ様、お下がりください。私が証言します。チコ様に非はありません。」
「ディオ?あなたどういうつもり?」
「ソライカ様には一度ここを離れて落ち着く場所が必要です。」
「この女は妻としても責務を果たさず、ユラスに住む気さえないのに?サダル議長だって嫌がっていたでしょ!」
ディオはこのサダルが嫌がるということへの質が違う事を知っている。サダルとチコは行動の良しあし、好き嫌いの問題ではないのだ。いずれにせよ、好き嫌いで判断する領域の地位ではないが。天が判断する地位だ。
「ソライカ様、まずチコ様へのその蔑称をおやめください。」
サダルの側近が耐えがたくなって言う。
「じゃあ何?ユラスの母にもなる気がないのに?議長夫人と言えと?それとも族長夫人?ジェネス夫人?ナオス夫人とでも?」
「そのどれもだろ。」
「?!」
学園側やソライカ、そしてチコが驚く。空港からそのままここに到着したサダルであった。
「え?なんで??」
「……。」
ソライカの登場よりビビっている自分の主をフェクダはため息がちな顔で見る。
学園側が礼をした後、ディオも深く礼をした。
「お久しぶりです。」
サダルも礼をするが、そのまま本題に入る。
「サダル議長…。」
突然のことに固まっているソライカに、サダルは話しかけた。
「ソライカ。すまない事とは思っている。でも一度ユラスを出るんだ。見る世界も、人間の世界も狭すぎる。」
「サダル議長もあの女に唆されているんだわ!アジアの傀儡に!」
「ソライカ、向こうで話そう。きちんと座って。」
「サダル議長まで、私を懐柔しようとするの?!ユラスが狭いですって?!」
「夫婦の問題はお互い納得がしている以上、他人が介入することではない。」
当たり前のことだが、今はその話も通じない。
「人は思考だけでなく、経験において多角的でなければ世界は見えない。」
サダルは血気ばやるソライカの両手を取って、落ち着かせる。
「放してください!!まず私の外国送りを解いてください!!」
泣きそうになりながら怒るので、サダルは収め付けるように軽く抱き押さえる。
「フェクダ。チコを見ていてくれ。」
そう言ってソライカをそのまま引っ張って、学長たちとどこか館内に入って行った。
「………。」
呆気に見ているチコ。
「フェクダ………お前動揺していないな。知っていたのか?」
「チコ様以外全員知っています。」
「~っ。」
外に残ったサダルの付き添いやその他の面々。ディオはどうするか迷って、聖堂門の前にあるガゼボに座った。大学側の人間がカフェドリンクを持ってくる。
「ディオ、ありがとう。」
「いえ、私こそ、今日の講話を聴かせていただきました。感謝しております。」
「……あ、そう?ありがとう。」
「………。」
「………」
「………チコ様。私……婚約しましたの。」
「…?!」
ディオはニッコリ笑う。
「誰と?」
「ザルニアス家のハイザース様です。」
ジョアの少し年の離れた従弟だ。
「………そうか…。よかったな…。ん?ハイザース??」
「ええ、ハイザース様です。」
元、自分の部下である。マイラのように職業軍人にさせないで、退役してからは家も出て海外のザルニアス家系列会社の役員を務めている。
「………そっか。なんか不思議な感じだな。あ、おめでとう。」
「早いうちに入籍もします。なので私も………ユラスを出ます。」
「……そうなのか?向こうにもおめでとうぐらい言っておかないとな。」
突然の話で何を言ったらいいのか分からないし、気が抜ける。
「やっとチコ様とこんなふうに話せるようになったのに、少し残念です。」
「……そうだな……。」
「………」
「…………」
「…チコ様、私、少しソライカが羨ましいですわ。」
「え?ソライカが?」
かわいそうにしか思えない。ただ、あそこまで面倒を見てくれる周りがいるのはまだ幸せなことであろう。
「ずっと想っていて、最後にサダル議長に抱かれていたじゃないですか。ちょっとうらやましいです。」
「そういうものなのか?」
柔らかい女性を抱きしめる方が好きなチコにはよく分からない感性である。女性の方が柔らかい布団のような香りで安心する。
「私はサダルの方が羨ましいけどな。」
「………。」
ディオは少し意味を考える。
「女性に好かれてうらやま………あ、何でもないんだけど…。………でもソライカは執着だろ?」
恋心というより、植え付けられた使命感と執念である。
「執着でも十数年ですからね………。」
そして、ディオはチコ統治の6年間にあったことをサダルに謝罪しに行った時を思い出す。
「………でも私はこの前……初めて警戒を解いて握手してもらえたのでそれだけでも満足ですが。」
自分の手を見て何か深く憧憬していた。
「ふーん……」
ずっとずっと前、自分より一回り大きなカフラーに抱き上げられた時、兄や父親のようで安心した。
きっとこれが、カフラーの言うような父親という存在なのかと………
そんな安心する気分なのだろうか………。と、思っていると、いろいろ悟っているのか少し後方にいるフェクダがまたジト目で見る。自分の夫が他の女性の手を握っても、女性を抱き寄せても嫉妬の1つもないこの女主人。しかもサダルの方をうらやましいとか思っていそうだ。
「なんだ?カウスみたいな顔するな!」
「………アセンやカウスがあんな顔をする理由が分かります。」
全然話に付いて行けないチコを哀れに思う。
「はあ?何が言いたいんだ??」
横で聞いていたディオがクスっと笑う。
「チコ様って、そういう方だったんですね。」
「ハイザース様もチコ様を慕っておられたそうですよ。」
楽しそうにディオが言う。
「っ?!」
マイラの件以来、笑えない冗談にチコやフェクダたちがビビってしまう。
「素晴らしい上官に出会えて幸せだったと言っておられました。」
「…そうか。」
ホッと安心するチコを穏やかな顔で眺める。
「私たち、似た者同士ですので話も合いましたの。」
「………そうか………そうなんだな……」
『慕っている』の深い意味が何なのか、恐ろしいこの頃である。
●泣いたディオ
『ZEROミッシングリンクⅢ』74 暴走ファイ
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