31 過去から未来につながる廊下
夏の間はぼちぼち忙しいので、まだら更新になります。更新できない日は、その分できる日に頑張ります。
現在、ユラス大陸に返ってきたチコ一行。
「おかしいだろ??私でも仕事の電話しか掛けないのに、なんでファイがユラス議長の電話に直電するんだ??」
いろいろツッコみどころがあるが、チコが怒っているので黙っている周囲。
ユラスの慰霊塔に行った後に、正道教とユラス教に祈りと挨拶に行き、首相官邸にも挨拶と報告に行ったところである。
「ジーオ。そんで、なんでお前は私の予定をこんなに詰めてるんだ??」
「いえ。アセンブルス将補から、ユラスのためにたくさん予定を詰めて下さいと……」
「あいつ…。なんだなんだ?この敵陣に乗り込む様な予定は?」
「ユラス内に敵陣はありません。」
後ろからフェクダがまともことを言うので、またキレそうだ。
「……フェクダ…。貴様もここでの休暇をなしにするぞ……。子供に会いたいだろ?」
「うちの子はチコ様が優しい方だと知っています。」
「……。」
サダル反対派だった地域まで予定が入っている。
「……まあいいけど。」
何せサダルは南メンカルに行ってしまい今日はいないらしい。気楽だ。
チコはユラスに到着したこの日、濃紺の昔の騎士の正装で挨拶回りを終えてから、高校や大学などで現在の簡単なベガス構築の構想を説明し、オリガン大陸やリューシア大陸での政治的な動き、そこでのユラスの任務や成果など説明していく予定だ。
ベガスの話はカーフを呼んで説明させたかったのに、マイラの件でカーフまで危険と浮上したため、チコと仕事をすることが禁止になった。
「………。」
居た堪れない…。
そして、ユラス最大国家ダーオ2番手の大学、シェアト大に到着し、今後ユラスが目指すべき世界とそこでの役割について講演をする。ユラス大と違って、サダルがいなくなってからここでは冷遇を受けていたのに、今回はバカのように好待遇だ。
この大学はサダルと婚姻を結びたかった、ソライカの親族が学長である。チコに平手打ちを食らわした女性だ。敷居も跨げないくらいひどい扱いを受けていたのに、深い謝罪の礼を受けて一番奥の応接室に通された。学長は当時と別の叔父である。
チコに傾向する若者たちに、チコ・ミルクは異邦人の侵略者で悪鬼と判を押し、そちらに行かないように学生たちに言い聞かせナオス族を分離させた。それは、これ以上派閥を作ってはならないと忠告したカストルを無視した行動であり、事実上アジアとの分離活動でもあった。
すでにサダルが当時首相と共に終戦をさせていたが、後処理がまだであったのだ。
カストルが、『ユラスの内戦は、ユラス人がユラス人だけでまとまっている内は本当には終わらない。必ず風穴を開けなくてはいけない。強大国が自国しか見ていなかったら必ず衰退する』、と民間に説いている途中であった。
お互い風通しを良くしなければ、
『アジアは発展の惰性』によって、『ユラスは石化した感性』によって腐り弱体化していくと。
そして、アジア上陸後サダルを失って逃げるようにベガスに留まり、そこをまとめる「チコ率いるユラス」はアジアにもただ恐怖と脅威を与える存在となった。カフラーたちの死によりオミクロンとも亀裂ができ、学者や政治家も手を引き、仲介者の多くがいなくなったからだ。
あの時まだ、チコたちはアジアでもユラスでも少数派で、有志で精鋭の者たちだけを集めてカストル総師長の指示に従っていた厳しい時代だった。
カフラーの死後。
誰もがボロボロであり、それでも誰もが強い意志に燃えていた時代。
この大学に、苦い思い出に、胸が詰まる。
アジアとの共同宣言への協力を願いに来て、ひどく叩かれた記憶。
サダルがいた頃、学生本人たちが希望したため、何人かの学生に海外派遣の願いをしに来た時だった。でも、その時にはすでに半数の学生たちがチコたちを避け、異端の女教主、学生を懐柔する魔女と侮蔑の目を向けていた。
あの時と同じ廊下。同じ応接室のドア。
当時は中に入れてもらえず、このドアの前で話した。わざわざここまで連れてこられて。
議長夫人はユラスの有望な青年たちを、身内を死なせた、殺したと言われて反論はできなかったし、膝を折って床に頭を下げた。この前まで慕っていた学生や教授たちも目を逸らし、遠巻きに逃げて行った。
海外で勉学をしたいと明るく誓った同じ目で、今度は遠巻きに蔑む顔をしていた。
なのに今、入れなかった応接室の一番いいソファーに座り、向こうが頭を深く下げている。
勝利感やうれしい思いは湧かず、複雑だ。
カフラーたちが死んだのは事実だ。家系がサダル派でない青年たちも亡くなっている。
「学長、顔を上げてください。過去は……ユラス分裂の過去は過ぎ去りました。
私も償えない申し訳なさを皆様に持っています。こちらこそ、頭を下げてお願い申し上げます。
ユラスの学生や青年たちが、世界を愛し、その引率ができるような時代を作っていきましょう。」
元々この学長は、考えの差はあれチコたちにも温厚な対応をしていたが、強烈な兄や従兄弟たちには逆らえなかった。ソライカなど比ではないほどの蔑み具合だったのだ。
サダルの帰還とベガス構築のモデルが世界で展開されると同時に、チコたちへの評価がユラス内でガラッと変わったのだ。とくに今年に入ってからはそれが大きい。
内部ではなく、諸外国からの評価が上がってきたからだ。つまりユラスは、諸外国よりサダルの意図を理解していなかったのである。自国の誉れに囚われていたからだ。
でも、少なくとも、聖典信仰の若者たちは過去の慣習に縛られてはいなかった。そういう生徒は点々とはいた。
元々霊性の高かったユラスの若者は、親でも世間でもマスコミでもなく、ユラス教でも正道教でもチコそのものでもなく、自身の意思と判断、感性においてVEGAやベガス構築モデルを支持したのだ。
その後、ベガスからザルニアス家のメレナや藤湾大の学生も到着。
シェアト大の大講堂において具体的なまちや国の再建に関する現在の目的や進行の説明をし、観念的な話はチコに譲って今日の講話を終える。
彼らの反応は分かりやすかった。
未だ大人たちの中に燻るものはあるにしても、青年たちはこのユラス大陸で、ずっと解くことのできない閉塞感に一つの答えを見つけたのだ。
もう時代は次の段階に移行しつつあると。
地球の全てが、商社や道、ネットで繋がってしまった今、もう閉鎖の時代は終わったのだ。むしろ遅すぎて、再化石化するほどに時間を腐らせてしまったと。一民族で固まることも、ただ誰かが世界を支配しまとめる時代も終わっていくのだと。
アンタレスは人間本来の崇高性を失い、ユラスは他者を愛する柔軟性を失った。
そこに天は微笑まない。
誰もが主役であり、誰もが特別であり、誰もが尊ばれる時代に移行するのだ。
ユラスの誇りは、神から与えられた自分たちの崇高性だけを誇るためのものではないのだと。
かつて、聖典正統信仰最初の王国時代。
かの二人目の王が主のために、自身の権威も尊厳も捨て、灰を被って許しを祈ったように。
神は、天のために、世界のために、
自身のゆえに、地に伏して灰を被る者をいつか自身に包み込むであろう。
***
全てが終わって、シェアト大の校内の聖堂周りを案内されて歩いていた時だった。
「チコ様。」
限られた人しか入らない一角に美しい女性が現れた。
南海でチコに平手を上げたソライカであった。
「……ソライカ……。久しぶり。元気だったか。」
しかし、ソライカはの目には怒りがにじんでいた。
「………未だユラスに帰らないつもりだと聞きましたが、どういうことですか?」
「もう少し時を見ようと。」
「………。」
お互い黙る二人。
でも、先にソライカが声を上げる。
「私を、私を外国送りにして楽しいですか?それは何の権利で?」
「…?」
「そんな顔して、裏ではほく笑えんでるんでしょ?!!」
チコはまだ聞いていなかったが、ソライカはその母と兄の内の一人、その他の一部親族とも話し合い、アジアの反対側ウェストリューシアに遊学することになったのだ。事実上チコへの接近禁止だ。
だが、それには他にも理由がある。
ソライカにとって、親族たちに婚約しろ、結婚しろと言われたのはサダルで2人目だ。
子供の頃からソライカは、地位を得たかった男性親族の駒のように扱われていた。その勢力はサダル祖父の思想とは反対の完全ユラス主義で、それが世界を良く導くと信じていた。いわゆる既存の保守ユラス国家である。
サダルメリクは当初、ユラスでは存在さえ認識されていなかった。そのサダルが十数年前、突如アジアから戻って来てナオス族族長の位置に上がり、数億人を抱える全ユラスの議長になってしまった。
そこでソライカの一族は始めに狙っていた男性から、ソライカの相手を独身のサダルに乗り換える。
だが、サダルはあっという間に結婚してしまった。ソライカはあきらめようとするも、上位クラスの噂では、初夜もままならないほどサダルは結婚相手と相性が悪いと聞く。おそらく何か政治的役目が終わった時点で離婚すると。元々異邦の女だ。そんな女にオナス族長家系の遺産を渡すはずもない。
数年後サダルがタイナオスに捕虜という形で軟禁され、夫婦仲も壊れていると聞きつけ、いつ戻るかも生きて帰れるのかも離婚するかも分からない議長をさらに6年待ったのだ。
そして、すっかりおかしくなってしまった。
つまり、療養だ。
サダルとソライカの母と兄、それから叔母たちに他の族長、精神科医や牧師も共に話し合い、ソライカをまず親族から引き離すことをが必要だと判断した。
ソライカはチコやサダルと距離を置き、一部親族とも距離を置く。
ユラスの狭い世界に十数年翻弄されたソライカには、今までの人生に一度距離を置くことが必要だった。
「私を精神病者にして、情緒不安定にして………許せない…。」
「………。」
何となく状況を把握し、ただソライカを眺めるチコ。
急に足を速め、チコの目の前までやってくる。
「ソライカ様、そこまでで。」
フェクダが間に入る。
「どきなさい!!」
「これはチコ様の決めたことではなく、族長たちとソライカ様の親族で決めたことです。」
ユラスの補佐も言い聞かせる。
「全部あの女のせいでしょ!!私は行くと言っていないのに!!本人の意見は尊重されないの?!!国際弁護士に訴えてやる!!」
「…どうぞ。でも、ウェストリューシアにいた方が断然自由を得られますよ。」
「っ?!チコ様!人の影に隠れて出てらっしゃい!!卑怯者!!強制的に送られると国際社会に訴えれば、あなたたちの負けよ!!」
ソライカは、興奮収まりそうになかった。
●チコに平手打ちを食らわせた女
『ZEROミッシングリンクⅡ』20 ユラスの激情
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