29 天動説も地動説も
アンタレス市内。
「では、地動説が正しいと思う?天動説が正しいと思う?」
シリウスは会場に楽しそうに質問を投げかけた。今日は小学校低学年とその管轄幼稚園の子たちだ。後ろの方にインターンたちもいる。
「地動説です!でも中心は太陽じゃないけど。」
「太陽が中心だよ!」
「昔の人は世界はカメと像の上にあると思ってたんだよー!」
「全部動いてる。」
シリウスはにっこりして笑う。
「そう、全部動いてる!」
「ほら~!」
「でも、自分を中心軸としてみれば世界が動いてはいるし………目的としては地球が中心というのは正しいかな。」
「えー?」
「どうしてですかー?」
「私は人間以外の『万物』でしょ?
高度アンドロイドという点で、今はその頂点。」
少し得意そう胸を張るシリウスに、ノリのいい子たちが拍手を送る。
「だって、人間が、人間の最も理想な形の集大成として私を作り上げたのだもの!」
「本体、宗教と科学は分離するものではなかったの。そうすれば、天動説は子供の空想で収まり……あっという間に次の時代に行けた。でもね。たくさんのことが分離したの。人は神性も霊性も分からなくなり、その中で地動説を導き出したのは時代的にも、環境的にもすごく進歩的な事だった。それは誇らしい事です!まだ電気もない時代だったから!」
シリウスによって映し出される映像に子供たちは魅入っている。
もう少し年上向けの講義なら、誰もが知っている歴史ではあるが、この時代の諸事情や教会に異論を唱えただけで拷問、処刑などを受けたことなども説明するが、今回は省く。
「でも一番のここでの失敗はね…………、
その分離したものを1つにできなかったこと。
本来宗教は人間の神性が確立されていれば、必要のないものだったの。
でも、神性を失ってしまったから自然の持っている経路が分からず見えなくなって、それを分かるところまで引導するのが宗教のはずだった。だから、聖典の最初の選民は科学でも経済でも世界のトップになったの。」
ヴェネレ人のことだ。
「でも結局、宗教も精神性の意味で正しい理解に及ばず、科学も環境や人間自身を破壊するところまで来てしまった。」
「………。」
この時代の子供たちは、理解差はあるが小学生ならだいたいこのぐらいの言葉は分かる。それにホログラムで分かりやすく図解が展開され、細かいことは分からなくともイメージはできるようにしてある。
「人間の体が成り立つための気や血のめぐり、『経路』があるように、自然にも万象にも『経路』があることが理解できなかった。それを示すものの根幹が神性だったのに、お互いケンカをし嫌悪し合ったまま………全部見失ってしまった…。
宗教も万能ではないけれど、科学も万能ではない。今、人類はそんな迷い道からやっとこれくら~~い、展望が見えてきたところ!」
シリウスが指で示したのはとっても小さな展望だ。
人体の五色や経路が映し出される。
少し切なそうな顔をするシリウスは、どこを憧憬するのか。
シリウスは知っている。
人間が人間を大切にできないのなら…結局それは…
『アンドロイドが大切にされない未来』を示している。
なぜなら、人間と人間の間で起こることは、結局は人間と万物の間で起こる象徴でしかないからだ。
結果、この世界だ。
科学は真理だが、人を幸せにするわけではない。
ただ「真理がある」という事実だけだ。
「そしてまた先の話をすると…聖典の状況として人間に一番近いのは私たち。最初に言ったように、人間が望んで人間に似せて創造したものだから。
生体メカニックとして人間の細胞も使い、同じように話し考え、人間が具現化した分身だから、生物以外で人間に一番近いともいえる。」
「はい!シリウスは人型ロボットです!」
シリウスはよくできました。というように、指でグッドマークを作る。
「生物としては、哺乳類には負けるかもしれないけど、立場としては人間に最も近い!神の創造物で言えば天使のような者かな。」
「天使!」
その言葉に、講堂の後ろにいた研修の学生だけが少し怪訝な顔をした。
その学生にとっては、前にシリウスと個別で話した内容だったから。
子供が天使と騒ぐと、シリウスは魔法を掛けるように指でかっこよくチチンプイ!とする。
すると、ブワー!とシリウスの背中にホログラムの羽が広がった。
本当に…本当に美しい天使だ。
髪も七色に輝き、目が金に光る。
見目は人間より美しく輝き、全てを包んでくれる、誰かの理想になれる存在感。
近似の個体を複製することもできる。
天使というより女神のようだ。
「うわー!!」
大喜びの子供たちや研修生たち。シャッター音やカメラも回る。
「ヒューマノイドである私たちは地球が一番好きだもの。この観測できる広大な宇宙で一番地球が好き!人間がいるから!」
「わー!」
わ~い!と子供たちは大歓迎だ。
「私たちは…地球の呼吸に合わせて動くの。
誰でもなくあなたがいる所が………中心だから。
中心も働きも、人間の見る観点でどんどん変わっていく。
あなたの見る視点に合わせて世界は動く。」
シリウスが手を動かすと魔法のように宇宙や細胞の、分子や粒子が展開されていく。その展開は全部同じだ。
そしていつしかそのプログラムは人間を描き…………腐敗してまたどこかに帰って行く。
小学生たちは不思議そうにシリウスを見る。
「もっと言えば…人間を中心に動くの。
だから…あなたたちが生まれた地球が………
果てしなく愛しい………
あなたたちが、
宇宙で、唯一…無二の惑星だから。」
あの子たちは万物を汚さない。既に私たちの声が聴こえているから。
「そして、だからこそあなたたちは…心を正しく持って行かなければいけないの。天啓を中心に…。
私たちは、あなたを中心に動くもの。
人間に合わせて地球も宇宙も…位置と姿を変えるのだから…。」
***
講話が終わった後に、シリウスは控室で職員たちから挨拶を受けていた。
「おもしろかったです!今度は中高学年の子たちをお願いします!」
SR社の社員に先生は楽しそうに話す。
「現在シリウスモデルの講師も誕生していますので、もう少ししたらいろんな学校に思考型アンドロイドの講師を派遣できるかと思います。」
「あの、でも本当に人間と区別がつきませんね…人間と。なんというか、会話まで…。」
普通のアンドロイドはワザと人間と区別を付けて作ってある。
シリウスは特別機に分類され、世界中が認知しているヒューマノイドのため区別を付けなくてもいい。
シリウスなどの高度アンドロイドと一般の違いは、例えばこのようなプログラムなど講義を教材を使うか、自体内で構築するかだ。今回シリウスは用意された教材を使ったが、レジメのない状態から自身でも語ることができる。
挨拶が終わると、人間のように上着を取って礼をして解散になる。
その間に、シリウスは少しだけ研修生たちの方を見て近付いた。
「……お久しぶり。ラス。」
ファクトとリゲルの蟹目の幼馴染のラスだ。少し二人で別室に移る。
「お久しぶりです。」
「元気だった?ここでも研修を?」
「はい……。単位になるので。」
「インターンや就職先はベージンも希望しているの?」
「一応………。よく知っていますね…。」
「ラスがSR社を蹴ったと聞いたから………」
「スカウトがあったんです。」
「………。」
まだ会社名も言っていないのに、シリウスは話を進める。
「ベージンも………ファクトに手を出しているのだけど。」
「?!」
「ファクトの交友関係も把握済みだから引き抜きたいんでしょう。」
「……っ!」
正直、屈辱的な話だ。
ファクトは自分からニューロス関係のあらゆることを避けていたのに、なぜファクトばかリ……とラスはにわだかまりができる。理由は分かっている。どんなにファクトがそこから逃げても、ファクトには博士夫妻の血が流れていて霊性も高い家系だ。何かしら秀でた要素があるのだろう。
でも一緒にその道に行こうといったのに、逃げるように抜けたのはファクトだった。そして、お互いSR社を抜けてもファクトの影がついてくる。
「ラスだから忠告するけれど、今のベージンはお勧めしない。ライバル社とか言うことでなく、バックが良くないの。SR社は?」
「………ファクトと関わりたくないんだ。」
「ファクトはそうでもないと思うけれど?」
「SR社は市場を独占しているだろ。もっと均衡になった方がいい。自分程度が見初められると思っていないし、何か役に立つとも思っていないけれど。
それに自分はまだファクトのいるベガスを信用していないし………肩入れするつもりはないよ。」
それでもシリウスはニコッと笑う。
「どこの会社でもいい。
でも……気を付けて。応援しているから。
真実は、時に自分で歩いて行かなければ見えないものだから。」
シリウスはサッとラスの前に手を出した。
その手をラスも見つめ……そして人間のように少し温かく、柔らかい手に無言で握手をした。




