24 血の大地2 血と労苦のお金に責任を持てるのか
「いずれにしても、血と労苦の染み付いたお金の責任など、自分には取れない。」
その意味の分かる者は幸いである。
この人類歴史には、全ての物に人の血が付いている。
そして涙が。
カノープスは、自分たちや身内の作った組織や財団などへの寄付とは別に、優秀な組織には惜しみなく金を出していった。
同時に投資を惜しまず途上地域にも研究所を作り、品質の妥協はしなかった。有能な者がいればSR社や自分の支配下に置かず組織の独立もさせた。とにかく世界に金をバラまき、中間搾取する現地の政府や人間に工場や農園を任せず、住宅建設を支援し病院と学校も作り、たくさんの非営利組織も支援した。VEGAもその1つだ。
資産だけでなくSR系列が赤字になっても、SR社からの社会貢献金も増やしていった。
全てを義信からしたのではない。それを持つカストルの指示に任せれば、自動でその流れができると知っていたからだ。カストルが繋がる歴史の縦線も、カノープスには見えていた。
少し変わっていることと言えば、前時代の資産トップたちとの違いは、足元からも支援や改革をしていったことだ。SR社の周りも明るくしたのだ。
儲けや利益の流れも変え、全系列の社員にも利益を与え、研究所や関係企業、下請けにもお金を使ったので内輪からの批判や、SR社自体に対する批判は分裂した。
元々、資本家の過剰な資産など、自分のお金とは思っていない男だった。どうせ世の中の指標でしかない。
なので、資産をため過ぎないようにSR社の儲けを少なくしても全体に還元する。つまり、昔のアジアや西洋企業にあった、ある程度みんなが儲かり生活保障も増やす家族型の経営に変えていったのだ。
そもそも、資本家も自分の懐に入れる何千億円、何兆円というお金を、はじめから社員や関連する会社に支払っていけばよかっただけの話である。前時代以前の資本家たちはそれをしなかったのだ。
けれど、霊世界が一気に広がったように、新時代は賢い人間も増えている。彼らに敵意や離反心を持たせるよりは好意を持たせに取り込んだ方がいい。
カノープスは委託、中抜き、下請けへの法律も変えた。
そして、「大丈夫だ。損はしない」など豪語したように、その後生まれた息子シャプレーと共に、世界トップクラスの利益をまた生み出したのだった。
なにより、北斗チップから前進し、シリウスチップと、世界発の独立型ニューロスOSすら先陣を切る。
一方カストルは、相変わらず低評価を受けていた。
カストルの話は全てが目に見える実世界論ではなかったので、分からない人には分からない話であった。だからカストルは、いちいちそういう人間相手に荒波を立てたくなかったのだが、宗教総師長に選ばれてしまったので仕方ない。
人類が底に落ちて行かないように、運気の波が上を向くように、回りくどく根気よく指導するしかなかった。
「東アジアが封建的になったら、ゆくゆくは誰もアジアに協力しなくなるだろう。閉鎖的な世代は、次の時代を展開させていく力を失っていく。
そして、アジアは世界の引導を失い、若者の質で他大陸に負け、次世代がいなくなる。」
カストルは知識でも感性でも最後の時代を理解していた。カノープスと同じように霊性でアジアに汚水の匂いを感じていたのだ。アンタレスの内に留めた過剰エネルギーが、腐り始めている。
「その国を知りたかったら、若者たちの文化を見てみるのが良い。
巷にあふれているもの、若者の個々の部屋にあるものが、10年後、20年後のその国だ。それはどんな未来を築いていくのか。
自堕落か、怒りか、憎悪か、暴力か、情望か、希望か………」
若者が愚痴を言い始める文化は腐る前兆だ。まだ、苦しみと叫びの方がいい。懸命に生きている人には、いつか変化が訪れるから。
「人として最も強いものはなんだと思う?
正道を貫けることだよ。例えば人を愛する優しさ。
優しさだけでなく強さ。人を敬う心。理解しようとする心。
だいたいそういうのは守れないがな。不遜な人を見れば憎むだろう。正論を言ったり、逆に世の中に、親に、同世代に楯突いてみるのがいいと思っているだろう。
でも、本当の愛は、全てを越えるんだよ。ただ、人を愛す、許すと言う話ではない。小さな一点を見ているだけでは、時代も心理も世界も………何も見えないんだ。
いつか、世界は、
今と全く違う未来を見るようになるよ。
今の人類には全く想像することもできなかった、新しい未来が。」
カノープスの資産解放。形のある資産ばかりではないが、それでも世の中を変える力はあった。
世界中のユラス共同体から集められた資金と共に、時を待ち、終戦後首都再建にも費やされることにもなった。
しかし、経済大国から流失したお金のニュースでアジアが持ちきりだった時、ユラス議長サダルメリクと、アジア人ではないかとされるチコ・ミルクが結婚をする。
ユラス側だけでなく、国交樹立で正当化する気かとアジア側でも批判があり当時は大変であった。
チコは、もう民間人にもなれず逃げ場はアジアしかないのにそこにも入れず、当時亡命者や移民が押し込まれたようなほぼ廃墟のまち、アジアとも言えないベガスだけがチコの足場になった。
それでも当時のチコは満足だった。
アジアでは基本、誰も死なないし殺さなくていい。食べ物もあるし布団で寝られ、シャワーもできる。少し整備すればトイレも普通に使える。自分に付いて来た小さな子たちを、戦闘とは違う形で守ってあげられる。
これまでの移民問題を洗い出し、教育に関してはユラス式に進めることを決め、自分の信頼を失ってまでユラス存続に力を注いてくれたカストルに心から感謝した。
けれど、本当の新しい時代を作るのは、カストルや自分たちの次の世代だ。
過去を追慕しながらも全て手放し、
まっさらな世界を見ることの出来る者たち。
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ニッカと二人、ファクトは夜空の下でその風に当たる。
「チコにとっては、やっとここまで来たって感じなのかな……。なのに、カーフもムギもすぐに危ない場所に行こうとするから心配でたまらないんだよ。」
ファクトは投光器で空気が明るく照らされた空を見て言う。
「…そうだね。」
ニッカはそれ以外何も答えない。命がけで獣道を越えてきた自分…………兄も心配なのだ。
でも、まだ獣道の向こう側で多くの人が虐げられ、死んでいる。それはいつまでも自分の中でくすぶる。
この東アジア、アンタレスも、そんな犠牲で経済を成り立たせてきたのだ。
ギュグニーの鉱物が北から南メンカル経由で世界に格安で輸出されていた。直接他の独裁国家に輸出される物もある。ギュグニーの労働は搾取でしかない。死ぬまでただ働く者もいる。
ニッカも、空気が明るく照らされた夜の競技場の方を見た。
ギュグニーは暗かったのに、ここは必要によって夜も明るい。こんな時間にスポーツもしている。
歩くことも、電気を付ける自由もある。
「……ニッカって、すごく普通……という言い方はよくないかな。まともな人だね。」
「へ?」
「ほら、俺の元いた学校の蟹目もうるさい奴多いけど、それ以上に大房が強烈で、ここにいる人たちもちょっと普通じゃないだろ?なんかどの人も大変というか。」
そこに自分は入っていないファクトである。
「……そうなのかな?」
急に言われてちょっと分からない。
「その中で、普通で常識的なニッカがいると、ホッとする。いきなりどこかに行って目上の人を困らせたりしないし。チコも心配症だけど、チコはチコでみんなに心配かけるし。」
「………」
そういう話か。
ニッカも出生はギュグニーで、そこから逃亡してきた、特殊な経歴の持ち主だがそれは言わないでおく。
チコもまだ、一般にはギュグニーの出であることは知られていないのだが。
「……………」
二人で星を見る。
何度見上げたか分からない、南海の夜空。その先にチコがいたあの空。
どこまでもどこまでも、星空が続いて行くような気がした。




